「胃に管を入れてまで」―話せない患者の声をどう聴くか、胃瘻をめぐる意思決定
第117回医師国家試験 B問題 第28問
国試問題にチャレンジ
82歳の女性。発熱を主訴に家族に連れられて来院した。誤嚥性肺炎の診断で入院となった。Alzheimer型認知症があり,食事のむせこみで頻回の誤嚥性肺炎の既往がある。肺炎のため2週間前に入院し,肺炎は改善したがADLが低下したため現在は全介助の状態である。認知機能障害のため嚥下訓練も進まず胃瘻の造設を検討することになった。認知症症状が悪化する前には,「ボケるくらいなら死んだほうがまし」,「胃に管を入れてまで生きたいと思わない」と発言していたという。息子は胃瘻を希望しているが娘は反対している。現在,意識は傾眠状態で,呼びかけに反応しない。 この患者の胃瘻造設に関する意思決定について適切なのはどれか。
- a.患者を介護する家族が決定する。
- b.病状説明を行って患者が決定する。
- c.患者にとっての最善な治療方法を医療チームが決定する。
- d.患者の推定意思を尊重し家族と医療チームが話し合って決定する。
- e.院内に設置された委員会が家族と医療チームの意見に基づいて決定する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
本人が意思を表明できない場合の治療方針は、厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」に沿って決めます。家族等が本人の意思を推定できるときは、その推定意思を尊重し、家族等と多職種の医療・ケアチームが話し合って方針を決めるのが基本です。家族だけで決める、医療チームだけで決める(パターナリズム)、最初から倫理委員会に委ねる、といった方法は適切でなく、倫理委員会は合意できない場合に検討・助言を行う場です。進行した認知症では胃瘻でも誤嚥性肺炎を完全には防げないことを踏まえ、判断の軸は家族の希望ではなく本人の意思に置く必要があります。意思決定能力が保たれているうちにアドバンス・ケア・プランニングを進めておくことが、本人の価値観を尊重した医療につながります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・82歳女性で、Alzheimer型認知症がある。 ・食事中のむせこみから誤嚥性肺炎を何度も繰り返しており、嚥下機能の低下が明らかである。2週間前の入院で肺炎は改善したが、ADL(日常生活動作)が落ちて全介助になった。 ・認知機能障害のため嚥下訓練が進まず、経口摂取の再獲得は難しい。そこで胃瘻(経皮内視鏡的胃瘻造設術〈PEG〉などで腹壁から胃に通すチューブ)による栄養が検討されている。 ・認知症が悪化する前に「ボケるくらいなら死んだほうがまし」「胃に管を入れてまで生きたいと思わない」と話していた。胃瘻のような人工的栄養を望まないという本人の価値観がうかがえる。 ・現在は傾眠状態で呼びかけにも反応しないため、本人から今の意思を聞くことはできない。 ・家族の意見は割れており、息子は胃瘻を希望し、娘は反対している。
何が問われているか
診断(誤嚥性肺炎を繰り返す進行した認知症患者)は問題文に示されている。問われているのは医学的判断ではなく、本人が意思を表明できない状況で、誰がどのような手順で治療方針を決めるかという倫理上の手続きである。
考え方
厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(2018年改訂)では、方針決定の手順を次のように定めている。 1)本人の意思が確認できる場合:医療・ケアチームから十分な説明を受けたうえで、本人がチームと話し合い、本人の意思決定を基本として方針を決める。 2)本人の意思が確認できない場合: ・家族等が本人の意思を推定できるときは、その推定意思を尊重し、本人にとって最善の方針をとることを基本とする。 ・家族等が本人の意思を推定できないときは、本人にとって何が最善かを家族等とチームが十分に話し合って決める。 ・家族等がいない、または家族等が判断を医療・ケアチームに委ねるときは、本人にとって最善の方針をチームが慎重に判断する。 3)チーム内で方針が決まらない、または家族等と合意できないときは、複数の専門家からなる話し合いの場(倫理委員会など)を設け、方針についての検討や助言を受ける。 本例では本人は意思を表明できないが、元気だった頃の発言から胃瘻を望まない意思を推定できる。そのため、家族と医療・ケアチームが、この推定意思を中心に据えて話し合い、方針を決めるのが適切である。息子と娘の意見が分かれているときも、「家族がどうしたいか」ではなく「本人ならどう望むか」を軸に話し合い、合意を目指す。
選択肢考察
- ×a. 患者を介護する家族が決定する。
誤り。家族は本人の意思を推定するうえで重要な情報源であり、話し合いに加わる当事者である。しかし、方針の基準になるのは本人の(推定)意思と本人にとっての最善であり、家族の希望ではない。家族だけで決めると、介護の負担や家族自身の感情が判断に入り込みやすい。また本例では息子と娘の意見が対立しており、「介護する家族」が決めれば一方の意見だけが通ってしまう。
- ×b. 病状説明を行って患者が決定する。
誤り。本人の意思が確認できる場合は、十分な説明を行ったうえで本人が決めるのが原則である。しかし本例は傾眠状態で呼びかけにも反応せず、進行した認知症もあるため、説明を理解して判断する能力(意思決定能力)がない。説明して本人に決めてもらうことは現実にはできない。
- ×c. 患者にとっての最善な治療方法を医療チームが決定する。
誤り。医療チームだけで「最善」を判断して決めてよいのは、家族等がいない場合や、家族等が判断をチームに委ねた場合に限られる。本例には家族がおり、本人の推定意思を知る手がかり(認知症悪化前の発言)もある。家族を外して医療者が一方的に決めるのはパターナリズム(医療者が本人に代わって善いと思うことを決める考え方)であり、本人の価値観を尊重するという原則に反する。
- ○d. 患者の推定意思を尊重し家族と医療チームが話し合って決定する。
正しい。本人が意思を表明できず、家族等が本人の意思を推定できる場合に定められた手順である。本例では、認知症が悪化する前の「胃に管を入れてまで生きたいと思わない」という発言から、本人の意思を推定できる。この推定意思を最も重視し、家族と多職種の医療・ケアチームが話し合って方針を決める。家族内の意見の違いも、この話し合いの中で本人の意思を軸に調整していく。話し合いの経過と結論は診療録に記録する。
- ×e. 院内に設置された委員会が家族と医療チームの意見に基づいて決定する。
誤り。倫理委員会などの院内委員会は、チーム内や家族との間でどうしても合意できない場合に、方針の検討や助言を行う場である。最初から方針を決める機関ではない。本例はまず、本人の推定意思に基づいて家族とチームが話し合う段階であり、はじめから委員会に決定を任せるのは手順として適切ではない。
人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセス(厚生労働省ガイドライン、2018年改訂)の要点
・医師だけで決めず、多職種からなる医療・ケアチームで話し合う。 ・本人の意思は変わりうるため、話し合いは一度で終わらせず繰り返す。 ・「家族等」には法的な親族だけでなく、親しい友人など本人が信頼を寄せる人も含まれる。 ・本人が意思を伝えられなくなる前に、自分の推定意思を代弁してくれる人を決めておくことが望ましい。 ・話し合った内容はその都度文書にまとめ、記録に残す。
アドバンス・ケア・プランニング(ACP、愛称「人生会議」)
今後の医療やケアについて、本人が家族等や医療・ケアチームとあらかじめ繰り返し話し合い、意思決定を支援する取り組みである。認知症のように意思決定能力が少しずつ低下する疾患では、能力が保たれているうちにACPを始めることが特に大切である。本例の「胃に管を入れてまで…」という発言は、正式なACPではないものの、推定意思の重要な手がかりになる。
進行した認知症患者への胃瘻について
・胃瘻にしても、唾液の誤嚥や胃食道逆流による誤嚥は防げない。そのため誤嚥性肺炎を完全に予防することはできない。 ・進行した認知症の患者では、経管栄養によって生命予後や生活の質(QOL)が改善するという明確な根拠は乏しい。日本老年医学会の立場表明やガイドラインも、人工的水分・栄養補給の導入は本人の意思と益・害を考慮して慎重に判断するよう求めている。 ・ただし、医学的な有用性だけで機械的に決めるものではない。家族の「少しでも長く生きてほしい」という思いにも配慮し、十分に話し合うことが必要である。
意思決定能力の評価
意思決定能力は、説明を理解できるか、自分の状況に当てはめて認識できるか、比較して論理的に考えられるか、選択を表明できるか、という要素で評価する。認知症があっても能力がすぐに否定されるわけではなく、能力に応じて本人の意思決定を支援する(認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン)。本例は意識レベルの低下もあり、現時点では能力がないと判断される。
POINT
・本人の意思が確認できる場合:十分に説明したうえで、本人の意思決定を基本とする。 ・本人の意思が確認できず、推定できる場合:推定意思を尊重し、家族等と医療・ケアチームが話し合って決める。 ・推定もできない場合:本人にとっての最善を家族等とチームで話し合う。家族等がいない、または判断を委ねられた場合はチームが判断する。 ・合意できない場合は、倫理委員会など複数の専門家からなる場で検討・助言を受ける(委員会が最初から決めるのではない)。 ・判断の軸は家族の希望ではなく、本人の意思(推定意思)である。 ・胃瘻で誤嚥性肺炎を完全に防ぐことはできない。
