StudyMed医師国家試験

ヒヤリ・ハットは「宝の山」―インシデントレポートの本当の役割

第117回医師国家試験 B問題 第1問

国試問題にチャレンジ

第117回 B問題 第1問

インシデントレポートで正しいのはどれか。

  1. a.保健所に報告する義務がある。
  2. b.医療安全管理委員会が作成する。
  3. c.薬剤に関する報告件数が最も多い。
  4. d.報告件数が少ないほど医療安全の質が高い。
  5. e.患者に実害がない場合は作成する必要はない。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は医療安全の基本、インシデントレポートの問題だ。誰が書いて、どこへ出し、何のために使うのか。この3点を押さえれば迷わずに解けるよ。まず、インシデントレポートにどんなイメージを持っているかな。
医学生医学生
正直、ミスをした人が書かされる反省文のような印象があります。
ドクタードクター
そう思われがちなんだけど、目的は個人の責任追及ではないんだ。現場で起きた「ヒヤリとした」「ハッとした」出来事やエラーの事例を集めて分析し、システム上の原因を見つけて再発防止につなげることが本来の役割だよ。
医学生医学生
では書くのは誰なんでしょう。医療安全管理委員会のような組織がまとめるのかと思っていました。
ドクタードクター
そこは作成者と受け手を取り違えやすいところだね。書くのは、事例に関わった当事者や発見した現場の職員だ。医師、看護師、薬剤師と職種は問わない。医療安全管理委員会や医療安全管理室は、提出されたレポートを集めて分析し、改善策を立てて院内に周知する側なんだ。
医学生医学生
提出先は院内なんですね。保健所に報告する義務もあるのかと思っていました。
ドクタードクター
インシデントレポートは院内で共有・分析するためのもので、保健所への提出義務はない。混同しやすいのが2015年に始まった医療事故調査制度だね。これは医療に起因する予期せぬ死亡・死産があったときに、管理者が医療事故調査・支援センターに報告する仕組みで、個々のインシデントレポートとは別物だし、報告先も保健所ではないんだ。
医学生医学生
患者さんに実害がなかった場合は、書かなくてもいいんでしょうか。
ドクタードクター
そこが一番大事なポイントだ。実害がなかった事例、つまりヒヤリ・ハットこそ主な報告対象なんだ。ハインリッヒの法則を聞いたことはあるかな。
医学生医学生
衛生学の講義で出てきました。1件の重大事故の裏に29件の軽微な事故と300件のヒヤリ・ハットがある、という経験則ですよね。
ドクタードクター
その通り。患者に届く前に気づいた間違いや、実施されたけれど影響がなかった事例を広く拾い上げることで、重大事故を未然に防げる。だから実害がなくても報告するんだ。
医学生医学生
そうすると、報告件数が少ない病院ほど安全というわけでもないんですね。
ドクタードクター
いい推論だ。件数が少ないのは、報告しにくい雰囲気がある、職員がインシデントに気づけていない、報告体制が機能していない、といった理由のこともある。積極的に報告され、それが改善に生かされている組織の方が、安全文化は成熟していると評価されるんだ。
医学生医学生
では残る「薬剤に関する報告件数が最も多い」が正しいということですね。
ドクタードクター
そうだね。医療機関によって差はあるけれど、処方・調剤・与薬に関わる事例が最も多い。日本医療機能評価機構が全国から集めているヒヤリ・ハット事例でも、薬剤関連がおよそ3割で最多になっている。なぜ薬剤が多いと思う?
医学生医学生
臨床実習で病棟を回ったとき、医師の指示から薬剤部の調剤、看護師さんの準備と投与まで、たくさんの人の手を通っていました。
ドクタードクター
まさにそれが理由だ。処方、調剤、混合やラベリング、投与、観察と工程も職種も多いから、エラーが入り込む機会が増える。名前の似た薬の取り違え、mgとmLのような単位の間違い、抗凝固薬やインスリン、抗癌薬、カリウム製剤といったハイリスク薬の誤投与が典型例だよ。
医学生医学生
研修医になったら、オーダーを入力するときに単位と規格を必ず確認するようにします。
ドクタードクター
ぜひそうしてほしい。それから、インシデントとアクシデントの違いも整理しておこう。インシデントは、誤りが患者に実施される前に発見された事例や、影響がなかった・軽微だった事例を指すことが多い。アクシデントは患者に何らかの影響が及んだ事例で、過失の有無は問わない。過失によるものが医療過誤だ。実際には影響度をレベル0〜5などに分け、一つの報告システムでまとめて扱う病院も多い。
医学生医学生
報告したら怒られる、という空気だと誰も書かなくなりそうですね。
ドクタードクター
だからこそ、報告者を責めない非懲罰的な運用が大切なんだ。研修医のうちから、自分のヒヤリ・ハットを率直に報告できる医師になってほしい。それがチーム全体と患者さんを守ることにつながるよ。

まとめ

インシデントレポートは、現場の当事者や発見者が作成して院内の医療安全管理部門へ提出する報告書であり、目的は個人の責任追及ではなく、事例の分析と再発防止にあります。保健所への報告義務はなく、医療に起因する予期せぬ死亡を扱う医療事故調査制度とも別の仕組みです。ハインリッヒの法則が示すように、患者に実害のないヒヤリ・ハットこそ重要な報告対象であり、報告件数が少ないことは安全の証明にはなりません。内容別では、多くの工程と職種を経る薬剤関連の事例が最も多く、名称類似や単位の取り違え、ハイリスク薬の誤投与が典型例です。報告を責めない安全文化の意義を理解しておくことは、研修医としてチーム医療に参加するうえで欠かせない基盤となります。

解答・解説

正解はcです

インシデントレポートとは

インシデントレポートは、医療の現場で起きた「ヒヤリとした・ハッとした」出来事(ヒヤリ・ハット)や、エラー・事故の事例を、当事者や発見者である現場の職員が記録し、院内の医療安全管理部門(医療安全管理室や医療安全管理委員会など)に提出する報告書である。目的は個人の責任追及ではなく、事例を集めて分析し、システム上の原因を見つけて再発防止策につなげることにある。

正解を導く考え方

・誰が書くか: 現場の当事者・発見者(医師、看護師、薬剤師など職種を問わない)。 ・どこへ出すか: 院内の医療安全管理部門。保健所などの行政機関への提出義務はない。 ・何を書くか: 患者に実害が及ばなかった事例(ヒヤリ・ハット)も含めて報告する。むしろ実害のない事例を多数集めることが重大事故の予防に役立つ。 ・件数の意味: 件数が少ないことは安全の証明にはならず、報告文化が根付いていない可能性を示すこともある。 ・内容の内訳: 処方・調剤・与薬など薬剤に関連する事例が最も多い。 これらを押さえれば、正しい記述は「薬剤に関する報告件数が最も多い」であると判断できる。

選択肢考察

  1. ×a.  保健所に報告する義務がある。

    インシデントレポートは院内の医療安全管理部門に提出し、院内での情報共有・分析・再発防止に用いるものであり、保健所に報告する法的義務はない。なお、医療事故調査制度(2015年施行)では、提供した医療に起因し管理者が予期しなかった死亡・死産が発生した場合に医療事故調査・支援センターへの報告が求められるが、これは個々のインシデントレポートとは別の仕組みであり、報告先も保健所ではない。

  2. ×b.  医療安全管理委員会が作成する。

    作成するのは事例に関わった当事者や発見した現場の職員である。医療安全管理委員会(あるいは医療安全管理室)は、提出されたレポートを収集・分析し、改善策を立案して院内に周知する役割を担う。作成者と受け手を取り違えないことが大切である。

  3. ○c.  薬剤に関する報告件数が最も多い。

    医療機関や診療科によって差はあるものの、事例の種類別では処方・調剤・与薬(投与量・投与速度・投与患者・投与経路の誤り、投与忘れなど)といった薬剤に関する事例が最も多い。日本医療機能評価機構が全国から事例を集めているヒヤリ・ハット事例収集事業でも、薬剤関連が全体のおよそ3割を占めて最多となっている。薬剤は使用頻度が高く、指示・調剤・準備・投与と多くの人と工程を経るため、エラーが入り込む機会が多いことが背景にある。

  4. ×d.  報告件数が少ないほど医療安全の質が高い。

    報告件数が少ないことは、事例が実際に少ないことを意味するとは限らない。報告しにくい雰囲気がある、職員がインシデントに気づけていない、報告体制が機能していないといった理由で件数が少なくなっていることもある。積極的に報告され、それが分析・改善に活用されている組織の方が安全文化は成熟していると評価される。

  5. ×e.  患者に実害がない場合は作成する必要はない。

    患者に実害が生じなかった事例(ヒヤリ・ハット、ニアミス)こそ主要な報告対象である。誤りが患者に届く前に気づいた事例や、実施されたが影響がなかった事例も報告することで、重大事故につながる潜在的な危険を事前に把握し、対策を立てることができる。

用語の整理

・インシデント(ヒヤリ・ハット): 誤った医療行為などが患者に実施される前に発見された事例、または実施されたが患者に影響が及ばなかった・軽微であった事例を指すことが多い。 ・アクシデント(医療事故): 医療に関わる場所で、医療の全過程において発生した人身事故で、患者に何らかの影響が及んだ事例を指す。医療従事者の過失の有無を問わない。過失によるものは医療過誤と呼ばれる。 ・医療機関によっては、患者への影響度をレベル0〜5などに分類し、軽微なものから死亡事例まで一つの報告システムで扱っている。

ハインリッヒの法則

1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故と300件の無傷の事故(ヒヤリ・ハット)が存在するという経験則である。ヒヤリ・ハットを広く拾い上げて対策することが重大事故の予防につながるという、インシデント報告の考え方の根拠としてよく引用される。

報告と分析の仕組み

・院内: 現場職員がレポートを提出 → 医療安全管理部門が収集・分析(根本原因分析〈RCA〉などの手法を用いる)→ 再発防止策の立案・周知。 ・報告者を責めない(非懲罰的な)運用が、報告を促し安全文化を育てる上で重要である。 ・全国: 日本医療機能評価機構が医療事故情報収集等事業として、医療事故情報とヒヤリ・ハット事例を全国から収集し、集計結果や「医療安全情報」を定期的に公表している。 ・医療事故調査制度: 医療に起因する予期せぬ死亡・死産があった場合、医療機関の管理者が医療事故調査・支援センター(日本医療安全調査機構)に報告し、院内調査を行う制度である。

薬剤関連事例が多い理由

薬剤は処方・指示 → 調剤 → 準備(混合・ラベリング)→ 投与 → 観察と多くの段階と職種を経る。名称の類似、規格・単位の取り違え(mgとmLなど)、ハイリスク薬(抗凝固薬、インスリン、抗癌薬、カリウム製剤など)の誤投与が典型的な事例である。

POINT

・インシデントレポートは現場の当事者・発見者が作成し、院内の医療安全管理部門へ提出する。保健所への報告義務はない。 ・患者に実害のないヒヤリ・ハットも報告対象である。 ・目的は個人の責任追及ではなく、分析と再発防止である。 ・報告件数が少ないことは安全の質が高いことを意味しない。 ・内容別では薬剤に関する事例が最も多い。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。