ガラスで切った前腕屈側―神経断裂は「創」ではなく「指先」に現れる
第116回医師国家試験 B問題 第43問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,42と43の問いに答えよ。 32歳の男性。左前腕を受傷し救急車で搬入された。 現病歴:飲酒した状態で入浴し,浴槽から出た際にふらついてガラス戸に倒れ込み,ガラス片で左前腕屈側に受傷した。物音に気付いた家人が上腕部をタオルできつく縛って止血し,救急隊を要請した。 既往歴:小児喘息の既往がある。 生活歴:喫煙は20本/日を12年間。飲酒はビール1,000mL/日。 家族歴:父親が糖尿病。 現症:酩酊状態だが会話は可能である。身長172cm,体重67kg。体温37.2℃。心拍数84/分,整。血圧120/68mmHg。呼吸数20/分。SpO2 98%(room air)。搬入時,上腕はタオルで駆血された状態で,創部からの出血は止まっていた。受傷から80分経過していた。眼瞼結膜に異常は認めない。
血液をふき取った後の創部の写真を下に示す。 神経断裂を疑う所見はどれか。

- a.創部の強い疼痛
- b.指先の知覚脱出
- c.腕橈骨筋反射の低下
- d.手関節自動伸展が不可能
- e.損傷部位より末梢の浮腫
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
末梢神経が断裂すると、損傷部より末梢の支配領域に感覚障害と運動障害が生じるため、前腕屈側の切創では指先の知覚脱失を正中神経・尺骨神経の支配領域ごとに確認することが神経断裂を疑う最も直接的な手がかりとなります。創部の痛みや末梢の浮腫は神経断裂に特異的ではなく、腕橈骨筋反射の低下や手関節の自動伸展不能は肘より近位の橈骨神経本幹障害でみられる所見で、前腕屈側の切創とは結び付きません。正中神経は母指〜環指橈側半分の掌側、尺骨神経は小指と環指尺側半分の感覚を担い、運動面では猿手やFroment徴候・鉤爪手が特徴です。手の外傷では神経・腱・血管を系統的に評価することが、見逃しを防ぎ手の機能を守るための基本になります。
解答・解説
正解はbです
※この問題は、厚生労働省の発表により採点対象から除外されています。
症例の整理
飲酒後に入浴し、浴槽から出た際にふらついてガラス戸に倒れ込み、ガラス片で左前腕屈側(手のひら側)を切った32歳男性である。家族が上腕をタオルで緊縛して止血しており、搬入時点で出血は止まり、呼吸・循環は安定し、貧血所見もない。緊縛は受傷から80分続いていたため、搬入後直ちに解除すべき状況であった。
写真の読み取り
血液をふき取った前腕屈側には、横走する切創が複数みられる。手関節のすぐ近くには浅く小さな切創が数本あるのみだが、それらより近位(肘寄り)に位置する一番大きな切創は、前腕の横幅の大部分にわたって大きく口を開け、皮下組織より深部の組織が露出するほど深くえぐれている。すなわち、最も大きく深い創は手首側の浅い創よりも肘側にある。ガラスによる多発切創であり、この深い創では屈筋腱・動脈・神経が同時に断裂していてもおかしくない。
損傷を疑う構造
前腕屈側の浅い層から深い層、橈側から尺側にかけて、次の構造が走行している。 ・橈側:橈骨動脈、橈骨神経浅枝(主に感覚枝)、橈側手根屈筋腱、腕橈骨筋 ・中央:正中神経、長掌筋腱、浅指屈筋・深指屈筋・長母指屈筋 ・尺側:尺骨動脈と尺骨神経(並走する)、尺側手根屈筋腱
設問の考え方
末梢神経が断裂すると、その部位より末梢の神経支配領域に、感覚障害(知覚脱失・鈍麻)と運動障害(支配筋の麻痺)が生じる。前腕屈側の切創で問題となるのは主に正中神経と尺骨神経であり、いずれも手指の感覚を担うため、断裂があれば該当する指先の知覚が失われる。したがって、損傷部より末梢、特に指先の感覚の確認が神経断裂を疑う手がかりとなる。一方、疼痛や浮腫は神経断裂に特異的でなく、腕橈骨筋反射の低下や手関節の自動伸展不能は、前腕屈側の切創では通常損傷されない橈骨神経本幹の障害でみられる所見である。
採点除外について
本問は採点対象から除外された。選択肢に誤りがあり正解が得られないためとされている。正答として想定された「指先の知覚脱出」は、医学用語としては「知覚脱失」(感覚が完全に失われること)が正しく、選択肢の表記に誤りがあったことが除外の理由と考えられる。
選択肢考察
- ×a. 創部の強い疼痛
切創では神経断裂の有無にかかわらず創部に痛みが生じる。創部を強く痛がるのは、むしろその部位の皮膚の感覚が保たれていることを示しており、神経断裂を示す所見ではない。神経断裂で問題となるのは損傷部より末梢の感覚・運動の障害であり、創部そのものの痛みの強さでは評価できない。
- ○b. 指先の知覚脱出
前腕屈側を走る正中神経と尺骨神経は、いずれも手指の感覚を支配している。正中神経は母指・示指・中指と環指の橈側半分の掌側、尺骨神経は小指と環指の尺側半分を支配する。これらが断裂すると、その支配領域の指先の感覚が失われる(知覚脱失)。指先の触覚・痛覚や2点識別覚を支配領域ごとに調べることで、どの神経が損傷されたかを推定でき、神経断裂を疑う最も直接的な所見となる。なお、選択肢の「知覚脱出」は「知覚脱失」の誤記と考えられ、本問が採点除外となった理由とされる。
- ×c. 腕橈骨筋反射の低下
腕橈骨筋反射は、橈骨遠位部を叩いて腕橈骨筋の収縮(肘の屈曲)を誘発する深部腱反射で、反射弓は橈骨神経・C5〜C6髄節である。腕橈骨筋を支配する枝は肘より近位で橈骨神経本幹から分岐するため、前腕屈側の切創でこの反射が低下することは考えにくい。この反射が低下するのは、上腕での橈骨神経障害やC5〜C6の神経根障害などである。なお、C5〜C6レベルの脊髄障害では、腕橈骨筋の収縮が起こらず代わりに手指が屈曲する逆転現象(反転橈骨反射)がみられることがあるが、これは脊髄病変の所見であり、前腕の末梢神経断裂の所見ではない。
- ×d. 手関節自動伸展が不可能
手関節の背屈(伸展)は、前腕背側の伸筋群(長・短橈側手根伸筋、尺側手根伸筋)が担い、いずれも橈骨神経支配である。手関節の自動伸展ができない状態は下垂手と呼ばれ、上腕骨骨幹部骨折などで肘より近位の橈骨神経本幹が障害されたときに生じる。橈骨神経は肘の高さで感覚枝の浅枝と運動枝の後骨間神経に分かれ、後骨間神経は前腕背側を走るため、屈側の切創で損傷されることは少ない。仮に後骨間神経が障害されても、長橈側手根伸筋は分岐前の本幹から支配されるため、手関節の伸展は保たれる(下垂指)。したがって本例の神経断裂を疑う所見としては不適切である。
- ×e. 損傷部位より末梢の浮腫
末梢の浮腫は、静脈やリンパ管の還流障害によって生じる。本例では長時間の緊縛によるうっ血や、解除後の再灌流による組織の腫脹が原因となりうるが、神経断裂を示す所見ではない。
前腕・手の末梢神経と障害所見
・正中神経:感覚は母指・示指・中指・環指橈側半分の掌側。運動は前腕屈筋群の多く(浅指屈筋、示指・中指の深指屈筋、長母指屈筋など)と母指球筋(短母指外転筋、母指対立筋など)。手関節付近で断裂すると母指対立・掌側外転ができなくなり、長期的には母指球筋が萎縮して猿手となる。 ・尺骨神経:感覚は小指と環指尺側半分。運動は尺側手根屈筋、環指・小指の深指屈筋、骨間筋、小指球筋、母指内転筋など。障害されると指の内外転障害、Froment徴候(母指内転筋の筋力低下を長母指屈筋で代償し、紙をつまむと母指IP関節が屈曲する)、鉤爪手(鷲手)がみられる。 ・橈骨神経:肘より近位の本幹障害で下垂手(手関節・手指の伸展不能)、後骨間神経障害で下垂指(手関節伸展は保たれる)、浅枝の障害では手背橈側の感覚障害のみ。
手外科領域での評価のポイント
・神経断裂の評価:支配領域ごとの指先の触覚・痛覚、2点識別覚。発汗の消失も神経損傷の手がかりとなる。 ・腱断裂の評価:浅指屈筋(他指を伸展位に固定してPIP関節の屈曲を確認)、深指屈筋(PIP関節を固定してDIP関節の屈曲を確認)を指ごとに調べる。 ・血管損傷の評価:指の色調、毛細血管再充満時間、橈骨動脈・尺骨動脈の拍動、Allenテスト。 ・前腕遠位屈側の深い横切創では、屈筋腱・正中神経・尺骨神経・動脈が多数同時に断裂することがあり、初診時にそれぞれを系統的に評価し、手術で修復する。
用語
・知覚脱失:感覚が完全に失われた状態。 ・知覚鈍麻:感覚が低下した状態。 ・知覚過敏・異常感覚:通常より過剰に、あるいは異常な感覚として感じる状態。
POINT
・末梢神経断裂では、損傷部より末梢の支配領域に感覚障害と運動障害が出る。 ・前腕屈側の切創では、正中神経・尺骨神経の断裂を指先の感覚(支配領域別)で評価する。 ・正中神経は母指〜環指橈側半分の掌側、尺骨神経は小指と環指尺側半分の感覚を担う。 ・腕橈骨筋反射の低下や下垂手(手関節伸展不能)は、肘より近位の橈骨神経本幹障害の所見であり、前腕屈側の切創とは結び付かない。 ・創部痛や末梢の浮腫は神経断裂の所見ではない。 ・本問は選択肢の誤記(知覚脱出→知覚脱失)のため採点除外となった。
