キノロンが効かない旅行者下痢症―便の中の「顔」が教える原虫感染
第115回医師国家試験 D問題 第24問
国試問題にチャレンジ
27歳の女性。下痢が持続することを主訴に来院した。インドに4か月間滞在し,10日前に帰国した。帰国する1週前から下痢が始まった。帰国後に受診した際にレボフロキサシンを処方された。その後1週間服薬しているが,下痢が持続しているという。便の顕微鏡写真を下に示す。 この患者の治療で最も適切なのはどれか。

- a.ST合剤
- b.クリンダマイシン
- c.セファレキシン
- d.メトロニダゾール
- e.レボフロキサシン
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
途上国への長期滞在後に2週以上続く下痢で、細菌に有効なキノロン系抗菌薬が効かない場合は、原虫感染を疑って便の原虫検査を行います。便中に軸糸と核をもつ楕円形の嚢子、あるいは2核・4対の鞭毛をもつ洋ナシ形の栄養型を認めればランブル鞭毛虫症(ジアルジア症)と診断でき、治療はメトロニダゾール(またはチニダゾール)の内服です。メトロニダゾールはランブル鞭毛虫・赤痢アメーバ・腟トリコモナスと嫌気性菌に有効で、服用中の飲酒によるジスルフィラム様反応に注意が必要です。ST合剤はサイクロスポーラなど別の腸管原虫に、セフェム系やクリンダマイシンは細菌に用いる薬であり、病原体ごとに薬剤を使い分ける視点が求められます。抗菌薬が効かないときに漫然と続けず原因を見直す姿勢は、旅行者下痢症に限らず感染症診療全般の基本となります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・27歳女性。インドに4か月という長期滞在歴があり、帰国の1週前から下痢が始まっている。発症から受診時点までですでに2週以上続いており、急性というより遷延性の下痢である。 ・帰国後にニューキノロン系抗菌薬(レボフロキサシン)を1週間内服したが改善していない。 ・便の顕微鏡写真では、楕円形で内部に縦方向の軸糸(鞭毛の名残)と核を持つ構造物がみられ、ランブル鞭毛虫(Giardia intestinalis/G. lamblia)の嚢子(シスト)と考えられる。
診断へのプロセス
途上国への渡航後に起こる下痢(旅行者下痢症)の原因は、ウイルス(ノロウイルス、ロタウイルスなど)、細菌(毒素原性大腸菌、カンピロバクター、サルモネラ、赤痢菌、コレラ菌など)、原虫(ランブル鞭毛虫、赤痢アメーバ、クリプトスポリジウム、サイクロスポーラなど)に大別される。頻度は細菌性が最も多く、経験的治療としてキノロン系やアジスロマイシンが用いられることが多い。 本例では、①ウイルス性腸炎なら通常数日で自然に治まるはずなのに長引いていること、②細菌に有効なキノロン系抗菌薬が効いていないこと、③長期滞在で原虫に曝露する機会が多かったこと、から原虫感染を強く疑う。そのうえで便中に特徴的な嚢子が確認されたことから、ランブル鞭毛虫症(ジアルジア症)と診断できる。
設問の考え方
ランブル鞭毛虫は細菌ではなく原虫であるため、一般的な抗菌薬は効かない。原虫に作用するニトロイミダゾール系薬(わが国ではメトロニダゾール)を選ぶ。
選択肢考察
- ×a. ST合剤
ST合剤(スルファメトキサゾール・トリメトプリム)は葉酸の合成を2段階で阻害する薬で、尿路感染症などの細菌感染症のほか、ニューモシスチス肺炎の治療・予防、トキソプラズマ症、サイクロスポーラやシストイソスポーラ(イソスポーラ)による下痢などに用いられる。ランブル鞭毛虫に対する標準治療薬ではない。
- ×b. クリンダマイシン
クリンダマイシンはリンコマイシン系抗菌薬で、細菌のリボソーム50Sサブユニットに結合して蛋白合成を阻害する。グラム陽性球菌や嫌気性菌に有効で、誤嚥性肺炎や嫌気性菌を含む軟部組織感染症などに使われる。ジアルジア症には効果がなく、むしろ腸内細菌叢を乱してClostridioides difficile感染症の原因となりうる。
- ×c. セファレキシン
セファレキシンは経口の第一世代セフェム系抗菌薬で、細胞壁合成を阻害する。主にレンサ球菌やメチシリン感受性黄色ブドウ球菌などのグラム陽性球菌と、大腸菌など一部のグラム陰性桿菌に有効で、皮膚軟部組織感染症や単純性膀胱炎などに用いる。細胞壁を持たない原虫には作用しない。
- ○d. メトロニダゾール
メトロニダゾールはニトロイミダゾール系薬で、嫌気的な環境の病原体内で還元されて活性体となり、DNAを傷害して殺滅する。ランブル鞭毛虫、赤痢アメーバ、腟トリコモナスといった原虫や、嫌気性菌、Clostridioides difficileなどに有効である。ジアルジア症の第一選択薬であり、本例に最も適切である。内服中の飲酒でジスルフィラム様反応(顔面紅潮、悪心など)を起こすことに注意する。同系統のチニダゾールも有効である。
- ×e. レボフロキサシン
レボフロキサシンはニューキノロン系抗菌薬で、DNAジャイレース・トポイソメラーゼⅣを阻害する。多くのグラム陰性桿菌・陽性菌に加え、マイコプラズマ、クラミジア、レジオネラなどの非定型病原体にも有効で、細菌性の旅行者下痢症にも使われる。しかし原虫には効かず、本例でも1週間投与して無効であった。効果のない抗菌薬を漫然と続けることは、耐性菌の出現や副作用の観点からも避けるべきである。
ランブル鞭毛虫症(ジアルジア症)の概要
・病原体:鞭毛を持つ原虫ランブル鞭毛虫。生活環には栄養型と嚢子の2形態がある。栄養型は洋ナシ形で2個の核と4対の鞭毛を持ち、腹側の吸着円盤で十二指腸から空腸上部の粘膜に付着する。ときに胆道・胆嚢にも侵入する。嚢子は楕円形で外界に強く、感染源となる。 ・感染経路:嚢子に汚染された飲料水や食物の摂取による経口感染(糞口感染)。熱帯・亜熱帯の衛生環境が不十分な地域で多く、旅行者下痢症の原因原虫として最も頻度が高い。男性同性間の性的接触や、保育施設・療養施設での集団感染も知られる。嚢子は通常の塩素消毒に比較的抵抗性である。 ・症状:感染しても無症状のことが多い。発症すると、水様〜泥状の下痢、悪臭のある脂肪便、腹部膨満、上腹部痛、放屁増加などがみられ、慢性化すると吸収不良による体重減少をきたす。血便や高熱は通常みられない。免疫不全(低γグロブリン血症など)では重症化・遷延しやすい。 ・診断:便の顕微鏡検査で嚢子(有形便に多い)や栄養型(下痢便や十二指腸液に多い)を確認する。排出は間欠的なので、複数回の検査が勧められる。便中抗原検査やPCRも用いられる。 ・治療:メトロニダゾール(またはチニダゾール)を内服する。 ・感染症法:ジアルジア症は5類感染症(全数把握)で、診断した医師は7日以内に届け出る。
旅行者下痢症の原因と抗菌薬が効かないときの考え方
・細菌:毒素原性大腸菌、カンピロバクター、サルモネラ、赤痢菌など(最多) ・ウイルス:ノロウイルス、ロタウイルスなど ・原虫:ランブル鞭毛虫、赤痢アメーバ、クリプトスポリジウム、サイクロスポーラなど 2週以上続く下痢や、抗菌薬が無効な下痢では原虫を考え、便の虫卵・原虫検査を行う。
メトロニダゾールが有効な主な病原体
原虫:ランブル鞭毛虫、赤痢アメーバ、腟トリコモナス 細菌:バクテロイデスなどの嫌気性菌、Clostridioides difficile、ヘリコバクター・ピロリ(除菌の二次治療)
POINT
・長期の途上国滞在後に続く下痢で、抗菌薬(キノロン系)が効かない → 原虫感染を疑う。 ・便中に楕円形で軸糸を持つ嚢子、または洋ナシ形で2核・4対の鞭毛を持つ栄養型 → ランブル鞭毛虫。 ・ジアルジア症の治療薬はメトロニダゾール(チニダゾールも可)。 ・メトロニダゾールは原虫(ランブル鞭毛虫、赤痢アメーバ、トリコモナス)と嫌気性菌に効く。 ・ジアルジア症は感染症法の5類感染症(全数把握)。
