抜いてしまう髪の奥にあるもの―抜毛症の心を映す投影法検査
第115回医師国家試験 C問題 第55問
国試問題にチャレンジ
20歳の女性。頭髪や眉毛を抜くことを主訴に来院した。頭痛のために受診した内科で,精神科の受診を勧められ受診した。小学3年生の時から頭髪や眉毛を抜くことが癖になり,現在では頭髪はほとんどなくウィッグ(かつら)を装着している。スクールカウンセラーの面接を受けたことはあったが,社会人になって中断している。自分でも何とかしたいと思っているが,これまで精神科を受診する勇気がなかったという。食欲と睡眠の障害は認められず,日常生活に大きな支障はみられない。Hamiltonうつ病評価尺度は12点(0点~7点:正常)である。 この患者の評価に適切な検査はどれか。2つ選べ。
- a.Rorschachテスト
- b.津守・稲毛式発達検査
- c.前頭葉機能検査〈FAB〉
- d.文章完成法テスト〈SCT〉
- e.リバーミード行動記憶検査〈RBMT〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
繰り返し体毛を抜いて脱毛をきたし、やめたいのにやめられず苦痛を感じている場合は抜毛症を考え、DSM-5では強迫症および関連症群に分類されます。その評価では、行為の背景にある性格特性や心理的葛藤、対人関係・自己像を明らかにすることが重要で、あいまいな刺激への反応から深層心理を推測する投影法のRorschachテストや文章完成法テスト(SCT)が適しています。津守・稲毛式は乳幼児の発達検査、FABは前頭葉機能、RBMTは日常記憶の評価であり、この症例の評価目的には合いません。治療はハビット・リバーサルを中心とする認知行動療法で、臨床では毛髪胃石や円形脱毛症との鑑別にも注意します。心理検査を「何を測るための検査か」で整理しておくことは、精神科に限らず患者の全体像を把握するうえで役立ちます。
解答・解説
正解はa, dです
所見の整理
・20歳女性。小学3年生頃から頭髪や眉毛を繰り返し抜く行為が続き、現在は頭髪がほとんどなくウィッグを使用している。 ・本人もやめたいと思っており、行為による苦痛を自覚している(病識がある)。 ・食欲・睡眠の障害はなく、日常生活に大きな支障はない。 ・ハミルトンうつ病評価尺度(HAM-D:面接者が抑うつ症状の重症度を評価する尺度)は12点で、正常域(0〜7点)を超え軽度の抑うつ傾向がうかがえるが、食欲・睡眠障害がなく、うつ病と診断できる状態ではない。
診断
反復的に体毛を抜いて明らかな脱毛をきたし、やめようとしてもやめられず、それに苦痛を感じていることから、抜毛症(trichotillomania)と考えられる。抜毛症はDSM-5(米国精神医学会の精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)で強迫症および関連症群に分類され、皮膚むしり症と近縁の「身体に焦点化された反復行動」である。小児期〜思春期に発症し、女性に多い。ストレスや緊張の緩和、退屈などを契機に抜毛行為が生じ、背景に不安・抑うつや性格傾向、心理的葛藤が関与することが多い。
設問へのアプローチ
本例で評価すべきは、発達・認知機能や記憶の障害ではなく、抜毛行為の背景にある性格(パーソナリティ)特性や心理的な葛藤、対人関係・自己像のあり方である。こうした内面を明らかにするには、あいまいな刺激や未完成の刺激に対する自由な反応から心理状態を推測する投影法の性格検査が適している。選択肢のうち投影法はRorschachテストと文章完成法テスト(SCT)である。年齢・病状に照らし、発達検査、前頭葉機能検査、記憶検査は評価目的に合わない。
選択肢考察
- ○a. Rorschachテスト
左右対称のインクのしみ(10枚の図版)が何に見えるかを答えさせ、その反応内容や反応の仕方(図版のどこに、どのような特徴から見たか)を分析する投影法の性格検査である。被検者が意図的に回答を操作しにくく、無意識的な欲求や葛藤、感情の統制、現実検討力、対人認知などパーソナリティの深層を評価できる。抜毛行為の背景となる心理的特性を把握するのに適している。
- ×b. 津守・稲毛式発達検査
養育者(主に母親)への質問を通して、乳幼児(0〜7歳)の運動、探索・操作、社会、食事・排泄・生活習慣、理解・言語などの領域の発達を評価する検査である。対象は乳幼児であり、20歳の成人の評価には用いない。
- ×c. 前頭葉機能検査〈FAB〉
FAB(Frontal Assessment Battery)は、概念化(類似)、語の流暢性、運動プログラミング、葛藤指示への反応、抑制制御(Go/No-Go)、把握行動(環境への被影響性)の6項目からなる、前頭葉機能障害のスクリーニング検査である。前頭側頭型認知症や頭部外傷後などの評価に用いる。本例には前頭葉症状を疑わせる所見がなく、適切ではない。
- ○d. 文章完成法テスト〈SCT〉
SCT(Sentence Completion Test)は、「子どもの頃、私は…」「私の母は…」のような書き出しだけの未完成の文章を、被検者が自由に完成させる投影法の性格検査である。家族関係、対人関係、自己像、過去の体験や将来への態度、悩みなどが反映されやすく、抜毛行為の背景にある心理的葛藤や生活史を把握するのに役立つ。筆記で比較的短時間に実施でき、面接の手がかりも得られる。
- ×e. リバーミード行動記憶検査〈RBMT〉
RBMT(Rivermead Behavioural Memory Test)は、人の名前を覚える、持ち物の隠し場所を思い出す、約束を覚えておくなど日常生活に近い課題を用いて記憶障害を評価する検査で、主に脳損傷後や認知症などの記憶障害の評価に用いる。本例には記憶障害を示す所見がなく、適切ではない。
抜毛症(DSM-5の診断基準の要点)
・体毛を繰り返し抜き、その結果として体毛が失われる。 ・抜毛を減らす、またはやめようと繰り返し試みている。 ・抜毛により、臨床的に意味のある苦痛、または社会的・職業的などの機能の障害が生じている。 ・他の医学的疾患(皮膚疾患など)や他の精神疾患(醜形恐怖症における外見上の欠点の修正目的など)では説明できない。 部位は頭髪が最も多く、眉毛・睫毛などにも及ぶ。抜いた毛を食べる(食毛)と胃内に毛髪胃石を形成することがある。脱毛斑は円形脱毛症との鑑別を要し、抜毛症では長さの異なる断裂毛が混在する。 治療:認知行動療法の一つであるハビット・リバーサル(習慣逆転法:抜毛の前兆や状況に気づき、抜毛と両立しない別の動作に置き換える)が中心である。不安・抑うつを合併する場合は薬物療法を考慮する。
主な心理検査の整理
1. 性格検査 ・投影法:Rorschachテスト、文章完成法テスト(SCT)、絵画統覚検査(TAT)、P-Fスタディ(絵画欲求不満テスト)、バウムテスト(樹木画テスト)など。あいまいな刺激への反応から深層心理を推測する。 ・質問紙法:ミネソタ多面人格目録(MMPI)、矢田部・ギルフォード性格検査(YG)、東大式エゴグラム(TEG)など。実施・採点が容易だが、回答を意図的に操作されやすい。 ・作業検査法:内田・クレペリン精神作業検査など。 2. 知能検査:WAIS(成人)、WISC(児童)、田中・ビネー知能検査など。 3. 発達検査:津守・稲毛式、遠城寺式乳幼児分析的発達検査、新版K式発達検査など。 4. 認知症・認知機能スクリーニング:改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)、MMSE、FAB(前頭葉機能)など。 5. 記憶検査:ウェクスラー記憶検査(WMS-R)、RBMT、三宅式記銘力検査など。 6. 症状評価尺度:HAM-D(うつ病、面接評価)、BDI(ベック抑うつ質問票、自己記入)など。
POINT
・頭髪などを繰り返し抜き、やめたいのにやめられない状態は抜毛症で、DSM-5では強迫症および関連症群に含まれる。 ・抜毛行為の背景にある性格特性や心理的葛藤の評価には、投影法の性格検査(Rorschachテスト、SCTなど)が適する。 ・津守・稲毛式は乳幼児の発達検査、FABは前頭葉機能、RBMTは日常記憶の評価であり、本例の評価目的には合わない。
