赤ちゃんが吸うたびに跳ね上がる―妊娠から授乳までのホルモン曲線を読み解く
第115回医師国家試験 B問題 第8問
国試問題にチャレンジ
妊娠,分娩,産褥期における母体血中ホルモン値の変化を下に示す。 実線Aが表しているのはどれか。ただし,各線はa~eのいずれかに該当する。

- a.エストロゲン
- b.プロラクチン
- c.プロゲステロン
- d.甲状腺刺激ホルモン
- e.絨毛性ゴナドトロピン
対話形式の解説
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ドクターまとめ
妊娠・分娩・産褥期のホルモン推移は、それぞれの産生源と分泌調節を理解すると読み解けます。プロラクチンは妊娠中にエストロゲンの刺激で漸増し、産褥期には吸啜刺激のたびにドパミンの抑制が弱まってパルス状に分泌されるため、授乳に一致して上下する線がプロラクチンです。エストロゲン・プロゲステロンは胎盤由来で妊娠末期に最高値となり胎盤娩出とともに急低下し、hCGは妊娠8〜10週頃にピーク、TSHはhCGのTSH様作用により妊娠初期に一過性に低下します。妊娠中は胎盤ホルモンが乳汁分泌を抑えており、分娩後にその抑制が外れて授乳が始まること、授乳中の高プロラクチン状態が排卵を抑えることも重要です。これらの知識は、産褥期の授乳支援や避妊指導、妊娠初期の甲状腺機能の評価といった臨床判断に直結します。
解答・解説
正解はbです
図の読み取り
図には妊娠期・分娩期・産褥期を通した5種類のホルモンの推移が、非妊時レベルを基準とした相対値で描かれている。実線Aの特徴は次の3点である。 (1) 妊娠経過とともに徐々に上昇し、妊娠末期(分娩直前)に最も高くなる。 (2) 分娩後にいったん低下する。 (3) 産褥期に「吸啜刺激」の矢印に一致して鋸歯状にパルス状の上昇を繰り返し、授乳が途絶えると非妊時レベルに向かって下がっていく。
考え方
産褥期に吸啜刺激(乳児が乳頭を吸う刺激)に反応して分泌が増えるホルモンは、下垂体前葉のプロラクチンと下垂体後葉のオキシトシンである。選択肢の中ではプロラクチンだけがこれに当てはまる。 乳頭への刺激は求心性神経を介して視床下部に伝わり、プロラクチン分泌を抑制しているドパミンの放出を減らす。その結果、下垂体前葉からプロラクチンが一過性に放出される。授乳のたびにこの反応が起こるため、図のようにパルス状の波形になる。 他の線については次のように考えると、図全体が矛盾なく説明できる。 ・妊娠初期に鋭いピークを作り、その後低下する破線: hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン) ・妊娠初期に一時的に非妊時レベルより下がる一点鎖線: TSH(甲状腺刺激ホルモン) ・妊娠末期まで上昇し、胎盤娩出とともに急激に低下する点線・破線: エストロゲンとプロゲステロン(いずれも胎盤由来で、産褥期の吸啜刺激には反応しない)
選択肢考察
- ×a. エストロゲン
妊娠中のエストロゲン(主にエストリオール)は胎児副腎と胎盤が協力して産生する(胎児胎盤系)。妊娠経過に伴って増加し妊娠末期に最大となる点はAと共通するが、産生源である胎盤が娩出されると急速に低下し、産褥期に吸啜刺激で再上昇することはない。したがってAではない。図では妊娠末期に高値をとり分娩期に急落する線の一つがこれに当たる。
- ○b. プロラクチン
妊娠中は高濃度のエストロゲンが下垂体前葉のプロラクチン産生細胞を刺激して増殖させるため、プロラクチンは妊娠経過とともに漸増し、妊娠末期に非妊時の10倍以上に達する。分娩後は低下傾向となるが、授乳を行うと吸啜刺激のたびに視床下部からのドパミンによる抑制が弱まり、プロラクチンが一過性に大きく分泌される。図の産褥期にみられる吸啜刺激に一致したパルス状の上昇はこの反応を表しており、Aはプロラクチンである。授乳をやめると数週〜数か月で非妊時レベルに戻る。
- ×c. プロゲステロン
妊娠7〜9週頃までは妊娠黄体から、それ以降は主に胎盤から分泌され、妊娠の維持(子宮筋の収縮抑制など)に働く。妊娠末期に向かって増加し、胎盤娩出後は急速に低下する。エストロゲンと同様、産褥期に吸啜刺激で上昇することはないためAではない。
- ×d. 甲状腺刺激ホルモン
hCGはTSHと共通のαサブユニットをもち、β鎖も構造が似ているため、TSH受容体を弱く刺激する。hCGが最高値となる妊娠初期(8〜12週頃)には甲状腺ホルモン(特に遊離T4)がやや上昇し、負のフィードバックによりTSHは一時的に低下する。図で妊娠初期に非妊時レベルを下回る一点鎖線がこれに当たり、妊娠末期に上昇したり吸啜刺激に反応したりすることはない。この時期のTSH低値は生理的なもので、妊娠一過性甲状腺機能亢進症として知られ、Basedow病との鑑別が問題になることがある。
- ×e. 絨毛性ゴナドトロピン
hCGは受精卵が着床した直後から絨毛(合胞体栄養膜細胞)が分泌し、妊娠8〜10週頃に最高値に達した後、妊娠中期以降は低いレベルで推移する。妊娠黄体を維持して黄体からのプロゲステロン分泌を保つ役割がある。図で妊娠初期に鋭いピークをつくる破線がhCGであり、妊娠末期に最大となるAとは推移が異なる。
妊娠中の主なホルモンと産生源
・hCG: 絨毛の合胞体栄養膜細胞が産生する。妊娠8〜10週頃にピーク。妊娠反応検査で検出されるホルモンである。 ・プロゲステロン: 妊娠7〜9週頃までは妊娠黄体、その後は胎盤が主な産生源となる(黄体-胎盤シフト)。生殖補助医療の後に一定期間黄体ホルモンを補充するのは、この切り替えが完了するまで妊娠を支えるためである。 ・エストロゲン: 妊娠中は胎児副腎で作られたDHEA-S(デヒドロエピアンドロステロン硫酸塩)が胎児肝で水酸化され、胎盤でエストリオールに変換される(胎児胎盤系)。 ・プロラクチン: 妊娠中の増加は主に母体の下垂体前葉による(脱落膜もプロラクチンを産生するが、主に羊水中へ分泌される)。 ・hPL(ヒト胎盤性ラクトーゲン): 胎盤由来で、妊娠後半にインスリン抵抗性をもたらす。
妊娠中に乳汁分泌が起こらない理由
プロラクチンは妊娠中から高値であるが、胎盤由来の大量のエストロゲンとプロゲステロンが乳腺でのプロラクチン作用を抑えているため、本格的な乳汁分泌は起こらない。分娩により胎盤が娩出されるとこの抑制が外れ、産褥2〜3日頃から乳汁分泌が本格化する。
吸啜刺激と2つのホルモン
・プロラクチン(下垂体前葉): 乳汁を作らせる(乳汁産生)。 ・オキシトシン(下垂体後葉): 乳腺の筋上皮細胞を収縮させ乳汁を押し出す(射乳)。同時に子宮収縮を促し、子宮復古を助ける。 また、授乳による高プロラクチン状態はGnRH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)の分泌を抑えるため、授乳中は排卵・月経の再開が遅れる(授乳性無月経)。
POINT
・産褥期に吸啜刺激でパルス状に上昇する → プロラクチン(およびオキシトシン) ・妊娠初期にピーク → hCG(8〜10週頃) ・hCGのTSH様作用により、妊娠初期にTSHは一過性に低下する ・エストロゲン・プロゲステロンは妊娠末期に最高値となり、胎盤娩出とともに急低下する ・妊娠中はエストロゲン・プロゲステロンが乳汁分泌を抑制しており、分娩後に抑制が外れる
