ときどき響く「大砲」の正体―房室解離が教えてくれるⅠ音の変化
第115回医師国家試験 B問題 第36問
国試問題にチャレンジ
38歳の女性。労作時の息切れを主訴に来院した。3日前から通勤のための最寄りの駅までの歩行で息切れを感じるようになった。昨日は歩行中に気が遠くなる感じも出現したため受診した。受診時の心電図を下に示す。 胸部の聴診で特徴的に聴取されるのはどれか。

- a.Ⅰ音の大砲音
- b.Ⅱ音の亢進
- c.Ⅲ音
- d.Ⅳ音
- e.心膜摩擦音
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
P波とQRS波がそれぞれ独立した規則的リズムで出現し、両者に一定の関係がない房室解離は、完全房室ブロックを示します。この状態では心房収縮と心室収縮の間隔が拍ごとに変わるためⅠ音の強さが変動し、心房収縮直後に心室収縮が起こった拍では、大きく開いた房室弁が急激に閉じて大砲音と呼ばれる非常に大きなⅠ音が聴かれます。頸静脈の巨大a波(cannon a wave)も房室解離のサインであり、聴診所見とセットで押さえておくことが大切です。Ⅱ音亢進は肺高血圧や体高血圧、Ⅲ音は容量負荷、Ⅳ音は圧負荷、心膜摩擦音は心膜炎の所見として整理しましょう。症状のある完全房室ブロックはペースメーカの適応であり、若年者では心サルコイドーシスなどの原因検索も忘れてはならず、心電図と身体所見を結びつける理解は救急・循環器診療の基本となります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・38歳の女性で、3日前から始まった労作時の息切れ。駅まで歩く程度の軽い労作で症状が出ており、比較的急に生じた病態である。 ・前日には歩行中に「気が遠くなる感じ」があった。これは失神には至らないが脳血流が一時的に不足した状態(前失神)と考えられる。 ・若年女性であり、動脈硬化を背景とする冠動脈疾患は考えにくい。
鑑別の考え方
若い人が急に労作時呼吸困難と前失神を起こした場合、心拍出量が急に低下する病態を想定する。具体的には急性肺血栓塞栓症などの呼吸・循環器疾患と、高度の徐脈性不整脈(房室ブロックなど)が代表である。本問では心電図が提示されており、ここが診断の決め手となる。
心電図の読み方
P波は一定の間隔で規則正しく出現し、QRS波もそれとは別の一定間隔(P波より遅い)で出現している。PR間隔は拍ごとにばらばらで、P波とQRS波の間に一定の関係がない。すなわち心房と心室がそれぞれ独立したリズムで動く房室解離の状態であり、心房の興奮が心室にまったく伝わっていない完全房室ブロック(第3度房室ブロック)と診断できる。心室は下位の補充調律で動くため心拍数が遅く、運動時に心拍数を増やして心拍出量を上げることができない。これが労作時の息切れと前失神(重症になればアダムス・ストークス発作)の原因である。
設問への考え方
完全房室ブロックでは、心房収縮と心室収縮のタイミングの関係(実質的なPR間隔)が1拍ごとに変化する。Ⅰ音は心室収縮の開始時に僧帽弁・三尖弁(房室弁)が閉じる音であり、その大きさは心室収縮が始まる瞬間に弁尖がどれだけ大きく開いているかに左右される。心房収縮の直後に心室収縮が来ると(PR間隔が短い拍)、房室弁は大きく開いた位置から勢いよく閉じるため、Ⅰ音が際立って大きくなる。この不規則にときどき出現する大きなⅠ音を「大砲音(cannon sound)」と呼び、完全房室ブロックに特徴的な聴診所見である。
選択肢考察
- ○a. Ⅰ音の大砲音
完全房室ブロックに特徴的な所見である。房室解離のため心房収縮と心室収縮の間隔が拍ごとに変わり、Ⅰ音の強さも1拍ごとに変動する。心房が収縮して房室弁が大きく開いた直後に心室収縮が始まると、弁が広い開放位から急激に閉鎖するため、ときどき非常に大きなⅠ音(大砲音)が聴かれる。なお、心房と心室がほぼ同時に収縮した拍では、閉じた三尖弁に向かって右房が収縮するため、頸静脈波で巨大なa波(cannon a wave)がみられる。聴診の大砲音と頸静脈の大砲波はいずれも房室解離を示す所見としてセットで覚えておくとよい。
- ×b. Ⅱ音の亢進
Ⅱ音は大動脈弁(ⅡA)と肺動脈弁(ⅡP)が閉じる音である。ⅡPの亢進は肺高血圧症(原発性肺高血圧症、慢性肺血栓塞栓症、左右短絡疾患など)で、ⅡAの亢進は体高血圧で聴かれる。房室伝導の障害によって半月弁の閉鎖音が大きくなることはなく、完全房室ブロックに特徴的な所見ではない。
- ×c. Ⅲ音
Ⅲ音は拡張早期、房室弁が開いて心房から心室へ血液が急速に流入する時期に、心室壁が振動して生じる低調な音である。心不全、僧帽弁閉鎖不全症などの容量負荷の状態で聴かれる(若年者や妊婦では生理的にも聴かれうる)。完全房室ブロックで特徴的に聴かれる音ではない。
- ×d. Ⅳ音
Ⅳ音は拡張後期(Ⅰ音の直前)に心房が収縮し、硬くなって伸びにくい心室へ血液を押し込む際に生じる低調な音である。高血圧性心疾患、大動脈弁狭窄症、肥大型心筋症、急性心筋梗塞など、心室のコンプライアンス(伸展性)が低下した圧負荷の状態で聴かれる。完全房室ブロックでは心房収縮が心室とは無関係なタイミングで起こるため、心房音が拡張期のさまざまな位置で聴かれることはあるが、特徴的所見として問われるのは大砲音である。
- ×e. 心膜摩擦音
心膜摩擦音は、炎症を起こした臓側心膜と壁側心膜が心拍動に伴って擦れ合うことで生じる、ひっかくような高調な音である。急性心膜炎や心筋梗塞後の心膜炎(Dressler症候群など)で聴かれる。本例の心電図は房室解離を示しており、心膜炎を示唆する所見(広範な誘導でのST上昇、PR低下など)はない。
房室ブロックの分類
・第1度:PR間隔が0.20秒を超えて延長するが、すべてのP波の後にQRS波が続く。 ・第2度 Wenckebach型(MobitzⅠ型):PR間隔が徐々に延長し、やがてQRS波が1拍脱落する。房室結節内の障害が多く、予後は比較的良好。 ・第2度 MobitzⅡ型:PR間隔は一定のまま突然QRS波が脱落する。ヒス束以下の障害が多く、完全房室ブロックへ移行しやすい。 ・高度房室ブロック:2拍以上連続してQRS波が脱落する。 ・第3度(完全房室ブロック):心房から心室への伝導が完全に途絶し、P波とQRS波が無関係に出現する(房室解離)。心室は補充調律で動き、P波の数よりQRS波の数が少ない。
完全房室ブロックの身体所見
・徐脈(補充調律の部位が下位ほど遅く、幅の広いQRS波となる) ・Ⅰ音の強さが拍ごとに変動し、ときに大砲音を聴取する ・頸静脈波で不規則に巨大なa波(cannon a wave)が出現する ・1回拍出量が増えるため脈圧が大きくなり、収縮期血圧が上昇することがある
原因と治療
原因には加齢による刺激伝導系の線維化・変性、虚血性心疾患(特に下壁梗塞)、心サルコイドーシス、心筋炎、薬剤(β遮断薬、非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬、ジギタリスなど)、高カリウム血症などがある。若年〜中年で原因不明の房室ブロックをみた場合は、心サルコイドーシスの検索が重要である。症状のある完全房室ブロックは恒久的ペースメーカ植込みの適応であり、緊急時にはアトロピン投与、イソプロテレノール投与、一時的ペーシングで対応する。
心音・心雑音の整理
・Ⅰ音:房室弁閉鎖音。僧帽弁狭窄症、PR短縮で亢進し、PR延長で減弱する。 ・Ⅱ音:半月弁閉鎖音。肺高血圧でⅡPが亢進する。 ・Ⅲ音:拡張早期の急速流入音。容量負荷・心不全。 ・Ⅳ音:拡張後期の心房収縮音。圧負荷・心室の硬さ。 ・心膜摩擦音:心膜炎。
POINT
・P波とQRS波が無関係に出現(房室解離)→ 完全房室ブロック ・完全房室ブロックの聴診所見:Ⅰ音の強さの変動と大砲音(心房収縮直後に心室収縮が起こるとⅠ音が大きくなる) ・頸静脈では大砲波(cannon a wave)がみられる ・労作時息切れや失神(アダムス・ストークス発作)を伴う完全房室ブロックはペースメーカの適応 ・Ⅲ音は容量負荷、Ⅳ音は圧負荷、Ⅱ音(ⅡP)亢進は肺高血圧、心膜摩擦音は心膜炎
