StudyMed医師国家試験

吸って動くか、動かないか―触診で腫瘤の「住所」を当てる

第115回医師国家試験 B問題 第22問

国試問題にチャレンジ

第115回 B問題 第22問

腹部の触診で呼吸に応じて移動する腫瘤はどれか。

  1. a.膵嚢胞
  2. b.胆嚢癌
  3. c.腹部大動脈瘤
  4. d.腹膜偽粘液腫
  5. e.Krukenberg腫瘍

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、腹部の触診で触れた腫瘤が呼吸に合わせて動くかどうか、という身体診察の基本を問う問題だ。ポイントは「その腫瘤がどの臓器に、どうつながっているか」。まず、呼吸で腹部の臓器が動く仕組みから考えてみよう。
医学生医学生
息を吸うと横隔膜が収縮して下がるので、そのすぐ下にある臓器が押し下げられる、ということでしょうか。
ドクタードクター
その通り。吸気で横隔膜が下降し、呼気で上昇する。だから横隔膜の直下に接している肝臓や脾臓、横隔膜とともに動く胃は、吸気で下へ、呼気で上へ移動する。腎臓も後腹膜にあるけれど、腎周囲脂肪の中で多少動くんだ。
医学生医学生
逆に動かないのは、後ろにしっかり固定されている臓器ですね。解剖実習で膵臓が後腹壁にべったり張り付いていたのを覚えています。
ドクタードクター
いい記憶だね。膵臓や腹部大動脈のような後腹膜に固定された構造物、それから横隔膜から遠い骨盤内の臓器は、呼吸性移動をほとんど示さない。この整理ができれば、選択肢を一つずつ「住所」で判定できる。では、正解はどれだと思う?
医学生医学生
胆嚢癌だと思います。胆嚢は肝臓の下面にくっついているので、肝臓と一緒に動くはずです。
ドクタードクター
正解。胆嚢は肝下面の胆嚢床に付着していて、底部は肝下縁から前腹壁側に顔を出している。肝臓が吸気で下がれば胆嚢も一緒に下がるから、増大した胆嚢癌は右季肋部の硬い腫瘤として触れ、深吸気で下方に動く。ただし進行して腹壁や周囲臓器に浸潤し固定されてしまうと、可動性は失われる点は覚えておいてほしい。
医学生医学生
膵嚢胞は上腹部に触れることがあるので、少し迷いました。
ドクタードクター
場所が近いから迷うのは自然だね。でも膵臓は後腹膜臓器で後腹壁に固定されている。仮性嚢胞や嚢胞性腫瘍が大きくなって上腹部に触れても、呼吸ではほとんど動かないんだ。
医学生医学生
腹部大動脈瘤も後腹膜で、脊椎の前を走っているから動かない、ということですね。
ドクタードクター
そう。腹部大動脈瘤は臍周囲から上腹部正中に、左右に広がるような膨張性拍動を伴う腫瘤として触れるのが特徴で、呼吸性移動はない。拍動が「前に押す」だけでなく「横に広がる」のが、瘤を疑う手がかりになる。
医学生医学生
腹膜偽粘液腫は、名前は聞いたことがあるんですが、どんな病態でしたか。
ドクタードクター
主に虫垂、ときに卵巣の粘液産生腫瘍が破綻して、腹腔内にゼラチン状の粘液が大量にたまる病態だ。腹腔内に広く広がって腹部膨満を起こすので、限局した可動性の腫瘤として触れるものではない。Krukenberg腫瘍はどうかな。
医学生医学生
胃癌、特に印環細胞癌が卵巣に転移したもので、両側性が多いと病理の講義で習いました。卵巣は骨盤内なので、横隔膜の動きは届かないですね。
ドクタードクター
完璧だ。骨盤内の腫瘤は呼吸性移動を示さない。こうして、横隔膜とのつながりで考えれば迷わず解ける。
医学生医学生
右上腹部の腫瘤なら、動けば肝臓・胆嚢・腎臓、動かなければ膵臓やリンパ節、大動脈、腹壁を考える、という流れでいいですか。
ドクタードクター
いい整理だね。腹壁の腫瘤との区別には、仰臥位で頭を持ち上げてもらい腹筋を緊張させる手技が使える。腹腔内の腫瘤は硬くなった腹筋に隠れて触れにくくなるけれど、腹直筋鞘血腫のような腹壁内の腫瘤は変わらず触れる。これがFothergill徴候だ。同じ手技で圧痛が強まれば腹壁由来の痛みを示唆し、こちらはCarnett徴候と呼ばれる。
医学生医学生
胆嚢の呼吸性移動を利用した診察といえば、Murphy徴候もそうですよね。OSCEの腹部診察で練習しました。
ドクタードクター
まさにそれ。右季肋部を圧迫したまま深吸気させると、下がってきた炎症胆嚢が指に当たり、痛みで吸気が止まる。もう一つ、閉塞性黄疸があって圧痛のない腫大胆嚢を触れるCourvoisier徴候は、胆石よりも膵頭部癌や遠位胆管癌による閉塞を考えるサインだ。あわせて、左上腹部では脾腫と左腎腫大がどちらも呼吸で動くので、脾臓の切痕を触れるか、肋骨弓との間に指が入るか、双手診で浮球感があるかで区別する。
医学生医学生
触診ひとつでも、解剖を思い浮かべながらやると情報がずっと増えるんですね。
ドクタードクター
その通り。画像検査がすぐできる時代でも、ベッドサイドで「どこから来た腫瘤か」を見当づける力は、検査の選び方や緊急度の判断に直結するよ。

まとめ

腹部腫瘤が呼吸に応じて移動するかどうかは、横隔膜との位置関係から由来臓器を推定する重要な手がかりです。横隔膜直下の肝臓・脾臓・胃や、可動性のある腎臓の腫瘤は呼吸性に移動し、肝下面に付着する胆嚢も肝臓とともに動くため、胆嚢癌は右季肋部の呼吸性移動を示す腫瘤として触れます。一方、後腹膜に固定された膵臓の嚢胞や腹部大動脈瘤、骨盤内のKrukenberg腫瘍、腹腔内にびまん性に広がる腹膜偽粘液腫は呼吸性移動を示しません。胆嚢の呼吸性移動を利用したMurphy徴候や、腹壁腫瘤を見分けるFothergill徴候なども関連して押さえておきましょう。解剖を意識した触診は、画像検査に先立って病変の由来を絞り込む臨床の基本技術です。

解答・解説

正解はbです

問われていること

腹部の触診で触れた腫瘤が、呼吸に合わせて上下に動くかどうかは、その腫瘤がどの臓器に由来するかを推定する手がかりになる。本問はこの身体診察の基本を問う。

考え方

吸気時には横隔膜が収縮して下降し、呼気時には弛緩して上昇する。横隔膜の直下にあってこれに接している臓器、すなわち肝臓・胆嚢・脾臓や、横隔膜とともに動く胃などは、吸気で下方へ、呼気で上方へ移動する。腎臓も後腹膜にあるが腎周囲脂肪の中で可動性があり、呼吸で多少動く。 一方、後腹膜に固定されている臓器(膵臓、腹部大動脈など)や、横隔膜から離れた骨盤内の臓器(卵巣、子宮など)の腫瘤は、呼吸による移動をほとんど示さない。 胆嚢は肝臓下面の胆嚢床(内側区域と前区域の境界付近)に付着しているため、肝臓と一体となって呼吸性に移動する。したがって、腫大した胆嚢癌は右季肋部に呼吸性移動を示す腫瘤として触れる。

臨床での使い方

右上腹部腫瘤では、呼吸性移動があれば肝臓・胆嚢・腎臓由来を、なければ後腹膜(膵臓、リンパ節、大動脈)や腹壁由来を考える。腹壁腫瘤との鑑別には、仰臥位で頭部を挙上させて腹筋を緊張させる手技が用いられる。腹腔内の腫瘤は緊張した腹筋に隠れて触れにくくなるのに対し、腹直筋鞘血腫などの腹壁内の腫瘤は腹筋を収縮させても変わらず触知される(Fothergill 徴候)。なお、同じ手技で圧痛が増強すれば腹壁由来の痛みを示唆し、こちらは Carnett 徴候とよばれる。

選択肢考察

  1. ×a.  膵嚢胞

    膵臓は後腹膜臓器で、後腹壁に固定されている。そのため膵嚢胞(膵仮性嚢胞や膵嚢胞性腫瘍など)は、大きくなって上腹部に触れても呼吸による移動はほとんどみられない。

  2. ○b.  胆嚢癌

    胆嚢は肝臓下面の胆嚢床に付着し、胆嚢底部は肝下縁から前腹壁側へ出ている。肝臓は横隔膜直下にあって吸気時に下降するため、胆嚢も肝臓とともに呼吸性に移動する。胆嚢癌が増大すると右季肋部に硬い腫瘤として触れ、深吸気で下方へ動く。ただし進行して腹壁や周囲臓器に浸潤し固定されると、可動性は失われる。

  3. ×c.  腹部大動脈瘤

    腹部大動脈は後腹膜腔で脊椎の前面に沿って走行し、位置は固定されている。腹部大動脈瘤は臍周囲から上腹部正中にかけて、拍動を伴い左右に広がる(膨張性拍動の)腫瘤として触れるが、呼吸性移動はない。

  4. ×d.  腹膜偽粘液腫

    腹膜偽粘液腫は、主に虫垂(ときに卵巣)由来の粘液産生腫瘍が破綻し、腹腔内にゼラチン状の粘液が大量に貯留する病態である。腹腔内に広く粘液や腫瘍が広がって腹部膨満をきたし、限局した可動性の腫瘤として触れるものではないため、呼吸性移動は示さない。

  5. ×e.  Krukenberg腫瘍

    Krukenberg 腫瘍は転移性卵巣腫瘍で、典型的には胃癌(特に印環細胞癌)からの転移であり、大腸癌などの消化管癌のほか、広義には乳癌などからの転移も含む。両側性が多い。骨盤内の卵巣に発生する腫瘤で横隔膜から離れているため、呼吸性移動は示さない。

呼吸性移動の有無による腹部腫瘤の整理

・移動あり:肝臓(肝腫大、肝腫瘍)、胆嚢(胆嚢腫大、胆嚢癌)、脾臓(脾腫)、腎臓(腎腫瘍、水腎症など。可動性は比較的小さい)、胃 ・移動なし:膵臓(膵癌、膵嚢胞)、腹部大動脈瘤、後腹膜腫瘍、後腹膜リンパ節腫大、骨盤内臓器(卵巣、子宮、膀胱)、腹壁腫瘤

脾腫と左腎腫大の鑑別

どちらも左上腹部の呼吸性移動を示す腫瘤となりうるが、脾臓は内側縁に切痕(ノッチ)を触れ、腫瘤と肋骨弓との間に指が入らない。腎臓は双手診で前後から挟んで触れ(バロットマン)、前面に腸管ガスがあるため打診で鼓音となりうる。

胆嚢の触知に関連する徴候

・Murphy 徴候:急性胆嚢炎で、右季肋部を圧迫したまま深吸気させると、下降してきた炎症胆嚢が指に当たって痛みのため吸気が止まる。胆嚢が呼吸性に移動することを利用した徴候である。 ・Courvoisier 徴候:閉塞性黄疸があり、圧痛のない腫大胆嚢を触れる場合は、胆石よりも膵頭部癌や遠位胆管癌などの悪性腫瘍による胆管閉塞を考える。

POINT

・横隔膜に接する臓器(肝臓、胆嚢、脾臓)や腎臓の腫瘤は呼吸性に移動する。 ・後腹膜に固定された臓器(膵臓、腹部大動脈)や骨盤内臓器(卵巣など)の腫瘤は呼吸性に移動しない。 ・胆嚢は肝臓に付着しているため肝臓とともに動く。これを利用した診察法が Murphy 徴候である。 ・Krukenberg 腫瘍は胃癌などからの転移性卵巣腫瘍、腹膜偽粘液腫は主に虫垂由来の粘液性腫瘍の腹腔内播種である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。