外傷の痕がない赤ちゃんの眼底に残るサイン―乳幼児揺さぶられ症候群と網膜出血
第114回医師国家試験 D問題 第3問
国試問題にチャレンジ
乳幼児揺さぶられ症候群〈Shaken Baby Syndrome〉を疑った場合,確認すべき眼所見はどれか。
- a.眼瞼炎
- b.白内障
- c.緑内障
- d.角膜白斑
- e.網膜出血
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
乳幼児揺さぶられ症候群は、激しい揺さぶりによる回転性の外力で架橋静脈が断裂し、硬膜下血腫・網膜出血・脳浮腫を三徴とする虐待による頭部外傷です。体表の外傷痕が乏しく症状も非特異的なことが多いため、頭部画像とともに散瞳下の眼底検査で網膜出血を確認することが診断の鍵になります。両眼性・多発性で周辺部まで及び、多層にわたる網膜出血は特に虐待を示唆し、分娩時や軽微な事故、心肺蘇生による限局的な出血との鑑別に役立ちます。眼瞼炎、白内障、緑内障、角膜白斑は揺さぶりによって生じる所見ではありません。疑った段階で全身骨撮影や凝固系検査を行い、確証がなくても児童相談所へ通告するという対応まで含めて理解しておくことが、子どもの命と将来を守る臨床判断につながります。
解答・解説
正解はeです
問われていること
乳幼児揺さぶられ症候群(Shaken Baby Syndrome:SBS)を疑ったときに、眼科的に必ず確認すべき所見を問う問題である。
SBSとは
SBSは、乳幼児(主に生後6か月ごろまでの乳児)が激しく前後に揺さぶられることで生じる頭部外傷で、身体的虐待の重要な一型である。近年は揺さぶり以外の機序も含めて「虐待による乳幼児頭部外傷(AHT:abusive head trauma)」と呼ばれることも多い。乳児は頭部が体に比べて大きく重い一方で頸部の筋力が弱く、脳と頭蓋骨の間のすき間も相対的に大きい。そのため強い前後方向の加速・減速(回転性の外力)が加わると、脳が頭蓋内で大きく揺れ、架橋静脈が断裂して硬膜下血腫が生じ、脳実質にもびまん性の損傷・脳浮腫が起こる。あやす程度の揺さぶりや「高い高い」で生じるものではなく、暴力的で激しい揺さぶりが必要である。
古典的三徴
①硬膜下血腫、②網膜出血、③脳浮腫(びまん性脳損傷)がSBSの三徴とされる。体表に外傷の痕跡が乏しいことが多いため、頭部CT・MRIと並んで眼底検査で網膜出血の有無を確認することが診断上きわめて重要となる。
選択肢考察
- ×a. 眼瞼炎
眼瞼炎は細菌感染、脂漏、アレルギーなどにより瞼縁に発赤・腫脹・鱗屑などを生じる炎症性疾患である。揺さぶりによる頭部外傷で生じる所見ではなく、SBSの診断に役立たない。
- ×b. 白内障
白内障は水晶体の混濁であり、加齢、先天性(風疹などの胎内感染、代謝異常など)、糖尿病、ステロイド、眼球への直接の打撲・穿孔外傷などで生じる。揺さぶりによる加速・減速の外力で起こる所見ではなく、SBSで確認すべき眼所見ではない。
- ×c. 緑内障
緑内障は視神経乳頭の陥凹拡大と特徴的な視野障害をきたす視神経症で、眼圧上昇が主要な危険因子である。乳幼児では隅角の発生異常による先天緑内障(牛眼、角膜混濁、流涙、羞明)が知られるが、揺さぶりによって生じるものではなく、SBSの診断とは関係しない。
- ×d. 角膜白斑
角膜白斑は角膜炎(細菌・真菌・ヘルペスなど)や角膜潰瘍、角膜への直接の外傷などが瘢痕治癒した後に残る白色の混濁である。揺さぶりという頭部の加速・減速運動によって生じる所見ではなく、SBSで確認すべき眼所見ではない。
- ○e. 網膜出血
網膜出血はSBSの三徴(硬膜下血腫・網膜出血・脳浮腫)の一つで、SBSの多くの症例で認められる。激しい揺さぶりにより眼内で硝子体が網膜を牽引することや、頭蓋内圧・静脈圧の急上昇などが機序として考えられている。SBSでは両眼性で多発し、網膜の後極部から周辺部(鋸状縁付近)まで広範囲に、網膜前・網膜内・網膜下など多層に及ぶ出血が特徴的とされ、網膜分離(網膜ひだ)を伴うこともある。新生児期の分娩による網膜出血は通常数週以内に消退し、軽微な事故や心肺蘇生で生じる網膜出血は少数・後極部に限局することが多いため、出血の広がりと分布は虐待を疑う重要な手がかりとなる。成人では高血圧や糖尿病による網膜出血が多いが、乳幼児で多発性の網膜出血をみた場合はSBSを含む虐待を強く疑う必要がある。SBSを疑ったら散瞳下での眼底検査(できれば眼科医による診察)で確認する。
SBS(虐待による乳幼児頭部外傷)の概要
・好発:生後6か月未満が多い。泣き止まないことへの養育者のいら立ちが契機となることが多い。 ・症状:哺乳不良、嘔吐、不機嫌、傾眠、けいれん、無呼吸、意識障害など非特異的なものが多く、ウイルス感染や胃腸炎と誤られることがある。 ・所見:硬膜下血腫(とくに大脳半球間裂や両側性・新旧混在)、くも膜下出血、びまん性脳浮腫、網膜出血。体表の外傷痕は乏しいことが多い。肋骨骨折や長管骨骨幹端骨折(つかまれて揺さぶられたことによる)を伴うことがある。 ・予後:死亡率が高く、生存しても発達遅滞、てんかん、視覚障害などの後遺症を残すことが多い。
虐待を疑ったときの対応
・頭部CT・MRI、眼底検査、全身骨撮影(骨折の検索)、凝固系検査(出血性素因の除外)を行う。 ・受傷機転の説明と所見の矛盾、受診の遅れ、説明の変遷などにも注意する。 ・虐待が疑われる段階で児童相談所などへ通告する(児童虐待防止法による通告義務。確証は不要)。 ・院内の虐待対応チームと連携し、児の安全を確保する。
乳幼児の網膜出血の鑑別
・分娩による網膜出血:新生児にしばしばみられるが、多くは数週間以内に消退する。 ・事故による頭部外傷、心肺蘇生、血液疾患(白血病、凝固障害)、重症感染症などでも生じうるが、両眼性・多発性・周辺部まで及ぶ多層性の出血はSBSに特徴的である。
POINT
・SBSの三徴:硬膜下血腫、網膜出血、脳浮腫(びまん性脳損傷)。 ・SBSを疑ったら必ず眼底検査で網膜出血を確認する。両眼性・多発性・周辺部まで及ぶ多層性の出血が特徴。 ・体表の外傷が乏しいことが多く、眼底所見と頭部画像が診断の鍵となる。 ・虐待が疑われた時点で児童相談所などへの通告義務がある(確証は不要)。
