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運動系だけが壊れる病気をどう証明するか―ALS診断の主役は針筋電図

第114回医師国家試験 B問題 第11問

国試問題にチャレンジ

第114回 B問題 第11問

筋萎縮性側索硬化症〈ALS〉の診断に有用なのはどれか。

  1. a.脳波検査
  2. b.針筋電図検査
  3. c.平衡機能検査
  4. d.脊髄腔造影検査
  5. e.感覚神経伝導検査

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、筋萎縮性側索硬化症、いわゆるALSの診断にどの検査が役立つかを考える問題だ。ポイントは「ALSでは何が障害されて、何が保たれるのか」という病態をしっかり押さえること。それがわかれば、どの検査で異常が捉えられるかは自然に見えてくるよ。まず、ALSはどんな病気だったかな。
医学生医学生
上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの両方が変性する神経変性疾患ですよね。神経内科の講義で「運動ニューロン病の代表」と習いました。
ドクタードクター
その通り。上位運動ニューロンは大脳皮質の運動野から脊髄へ下りる皮質脊髄路のニューロン、下位運動ニューロンは脳幹の運動神経核や脊髄前角の細胞だ。上位が障害されると腱反射亢進やBabinski徴候、痙縮が、下位が障害されると筋力低下、筋萎縮、線維束性収縮が出る。この両方がそろうのがALSの特徴なんだ。
医学生医学生
逆に、障害されないものもありましたよね。CBTの前に「陰性徴候」を語呂で覚えた気がします。
ドクタードクター
よく覚えているね。感覚障害、眼球運動障害、膀胱直腸障害、褥瘡の4つが出にくく、4大陰性徴候と呼ばれる。つまりALSは運動系に限局した病気で、感覚系や小脳系は原則として保たれる。ここまでを踏まえて、選択肢の検査を見ていこう。
医学生医学生
上位運動ニューロンが大脳皮質にあるなら、脳波で何か異常が出るのかなと思ったんですが……。
ドクタードクター
そう考えたくなるのは自然だね。でも脳波は大脳皮質全体の電気活動の揺らぎを記録する検査で、てんかんや意識障害、脳症の評価に使うものだ。ALSでは運動野のニューロンが変性していても、脳波は通常正常範囲にとどまる。だから診断の根拠にはならないんだ。
医学生医学生
では、下位運動ニューロンの障害を直接見る検査が必要ということですね。それが針筋電図でしょうか。
ドクタードクター
正解。針筋電図は筋に細い針電極を刺して、筋の電気活動を記録する検査だ。下位運動ニューロンが脱落すると、支配を失った筋線維が安静時にも勝手に活動するようになる。これが線維自発電位や陽性鋭波、線維束自発電位といった脱神経電位だよ。
医学生医学生
線維束自発電位は、診察で見える線維束性収縮を電気的に捉えたもの、という理解でいいですか。
ドクタードクター
いい理解だ。さらに慢性期になると、生き残った運動ニューロンが脱神経された筋線維を拾って再支配する。1本のニューロンが支配する筋線維が増えるから、運動単位電位は高振幅・長持続時間になる。一方で働く運動単位の数は減るので、最大収縮時の干渉波形がまばらになる。これらを脳幹、頸髄、胸髄、腰仙髄の複数領域で確認することが、改訂El Escorial基準やAwaji基準でも重視されているんだ。臨床的にまだ萎縮が目立たない筋の異常まで拾えるのが強みだね。
医学生医学生
感覚神経伝導検査も電気生理検査なので、少し迷いました。
ドクタードクター
ALSでは感覚神経は障害されないから、感覚神経伝導検査は原則として正常だ。だから「ALSだ」と積極的に示す検査ではない。ただ、もし感覚神経に異常が出れば多発ニューロパチーなど別の疾患を疑う根拠になるので、鑑別目的で運動神経伝導検査と一緒に行われることはある。運動神経のほうで伝導ブロックが見つかれば、多巣性運動ニューロパチーを考えるきっかけになるよ。
医学生医学生
平衡機能検査は、めまいの患者さんに耳鼻科で重心動揺検査をしているのを見学しました。
ドクタードクター
まさにそれだ。平衡機能検査は前庭系や小脳、深部感覚といったバランスを保つ仕組みを評価する検査で、ALSではいずれも保たれるから特徴的な異常は出ない。脊髄腔造影も同じ考え方で、くも膜下腔に造影剤を入れて脊柱管内の圧迫性病変を描き出す検査だ。ALSでは側索の変性や前角細胞の脱落はあっても、脊柱管内に形の変化は生じないから、これで診断はできない。
医学生医学生
でも、頸椎症性脊髄症のように手の萎縮と下肢の痙性が出る病気とは区別が必要ですよね。
ドクタードクター
そこは大事なポイント。ALSには特異的な血液検査や画像所見がないから、診断は臨床症状と針筋電図で運動ニューロン障害を示したうえで、似た病気を除外することで成り立つ。圧迫性病変の除外には、侵襲の少ないMRIがまず使われる。画像は「診断を確定する」のではなく「他を否定する」役割なんだ。
医学生医学生
病態から「運動系だけ」と考えれば、運動系の障害を直接拾う検査が答えになる、という流れですね。
ドクタードクター
その通り。最後に臨床の話もしておこう。ALSは一側上肢の手内筋萎縮で始まることが多いけれど、構音障害や嚥下障害から始まる球麻痺型もある。根治療法はなく、進行抑制にリルゾールやエダラボンが使われる。呼吸筋麻痺が進むと非侵襲的陽圧換気や気管切開下の人工呼吸、嚥下障害には胃瘻造設を検討するけれど、どこまで行うかは本人の意思を尊重して、多職種で時間をかけて話し合うことが欠かせない。
医学生医学生
検査で診断をつけることが、その後の長い意思決定支援の出発点にもなるんですね。

まとめ

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は上位・下位運動ニューロンが選択的に変性する疾患で、感覚系、小脳系、眼球運動、膀胱直腸機能は原則として保たれます。特異的な血液・画像所見がないため、針筋電図で脱神経電位(線維自発電位・陽性鋭波・線維束自発電位)や高振幅・長持続時間の運動単位電位、干渉波形の減少を複数領域で示すことが診断の中心となります。脳波、平衡機能検査、脊髄腔造影ではALSの異常は捉えられず、感覚神経伝導検査は正常で、異常があればむしろ他疾患を考えます。頸椎症性脊髄症などの除外にはMRIを用い、画像は確定ではなく除外の役割を担います。「何が障害され、何が保たれるか」という病態から検査を選ぶ考え方は、神経疾患の診断全般に通じる基本です。

解答・解説

正解はbです

筋萎縮性側索硬化症(ALS:amyotrophic lateral sclerosis)の病態を理解し、診断に役立つ検査を選ぶ問題である。

ALSの病態

ALSは、上位運動ニューロン(大脳皮質運動野から脊髄へ下行する皮質脊髄路のニューロン)と、下位運動ニューロン(脳幹の運動神経核や脊髄前角の運動ニューロン)の両方が選択的・進行性に変性する神経変性疾患である。障害は運動系に限られ、感覚系、自律神経系、眼球運動、小脳系は原則として保たれる。 ・上位運動ニューロン徴候:腱反射亢進、病的反射(Babinski徴候など)、痙縮。 ・下位運動ニューロン徴候:筋力低下、筋萎縮、線維束性収縮(筋肉の一部が細かくぴくぴく動く現象)。

診断の考え方

ALSには特異的な血液検査や画像所見がなく、診断は臨床症状に加えて、電気生理学的検査で下位運動ニューロン障害を客観的に確認し、さらに類似の症状を示す他疾患(頸椎症性脊髄症、多巣性運動ニューロパチー、脊髄性筋萎縮症、球脊髄性筋萎縮症など)を除外することで行う。このうち、臨床的にはまだ明らかでない筋の脱神経まで検出できる針筋電図検査が中心的な役割を果たす。

設問への考え方

「運動系のみが障害され、感覚系・小脳系・大脳の電気活動は保たれる」という病態に照らすと、感覚系や平衡機能、脳波を調べる検査ではALSの異常は捉えられない。下位運動ニューロンの障害による変化を直接記録できる検査が診断に有用である。

選択肢考察

  1. ×a.  脳波検査

    脳波検査は大脳皮質の神経細胞の電気活動を記録する検査で、てんかんの診断や意識障害・脳症の評価に用いられる。ALSでは大脳皮質運動野の上位運動ニューロンが変性するが、脳波は通常正常範囲であり、体性感覚誘発電位などの感覚系の誘発電位も保たれる。したがってALSの診断には役立たない。

  2. ○b.  針筋電図検査

    針筋電図検査は、筋肉に針電極を刺して筋の電気活動を記録する検査であり、下位運動ニューロン障害(神経原性変化)を鋭敏に捉えることができる。ALSでは次のような所見がみられる。 ・急性(進行中)の脱神経所見:安静時に線維自発電位(fibrillation potential)、陽性鋭波(positive sharp wave)、線維束自発電位(fasciculation potential)が出現する。 ・慢性の神経原性変化:脱神経された筋線維を生き残った運動ニューロンが神経再支配するため、1本の運動ニューロンが支配する筋線維の数が増え、運動単位電位が高振幅・長持続時間となる。また働く運動単位の数が減るため、最大収縮時の干渉波形が減少する(干渉不良)。 複数の身体領域(脳幹、頸髄、胸髄、腰仙髄の支配領域)でこれらの所見を確認することが、ALSの診断基準(改訂El Escorial基準、Awaji基準など)でも重視されており、診断に最も有用な検査である。

  3. ×c.  平衡機能検査

    平衡機能検査は、重心動揺検査や眼振検査などにより、内耳の前庭系、小脳、深部感覚などのバランスを保つ仕組みを評価する検査で、めまいや失調の原因検索に用いられる。ALSは運動ニューロンに限局した疾患であり、前庭系・小脳系・感覚系は保たれるため、平衡機能検査で特徴的な異常は認めず、診断には役立たない。

  4. ×d.  脊髄腔造影検査

    脊髄腔造影(ミエログラフィー)は、くも膜下腔に造影剤を注入してX線撮影を行い、脊柱管内の圧迫性病変を描出する検査で、腰部脊柱管狭窄症、椎間板ヘルニア、脊髄腫瘍などの評価に用いられる。ALSでは病理学的に側索(皮質脊髄路)の変性や前角細胞の脱落がみられるが、脊柱管内に圧迫などの形態的変化は生じないため、この検査でALSを診断することはできない。なお、頸椎症性脊髄症のような類似症状を示す圧迫性疾患の除外には、侵襲の少ないMRIがまず用いられる。

  5. ×e.  感覚神経伝導検査

    感覚神経伝導検査は、末梢の感覚神経を電気刺激して伝導速度や活動電位の振幅を測定する検査である。ALSでは感覚神経は障害されないため、感覚神経伝導検査は原則として正常であり、ALSに積極的な診断根拠を与える検査ではない。ただし、感覚神経の異常があればALS以外の疾患(多発ニューロパチーなど)を疑う根拠になるため、鑑別の目的で運動神経伝導検査とともに施行されることはある。

ALSの概要

・中年以降(50〜70歳代)に多く、やや男性に多い。大部分は孤発性で、約5〜10%が家族性である(SOD1、C9orf72などの遺伝子異常が知られる)。かつて紀伊半島やグアム島に多発地域があることも知られた。 ・初発症状は一側上肢の筋力低下・筋萎縮(手内筋の萎縮など)が多いが、構音障害・嚥下障害などの球麻痺症状で始まる例(球麻痺型)もある。 ・進行すると呼吸筋麻痺に至り、人工呼吸器を装着しなければ発症からおよそ2〜5年で死亡することが多い。

陰性徴候(ALSで比較的保たれる機能)

感覚障害、眼球運動障害、膀胱直腸障害、褥瘡は出現しにくく、ALSの「4大陰性徴候」と呼ばれる。ただし人工呼吸器による長期療養例では、これらが出現することもある。

検査所見

・針筋電図:脱神経電位(線維自発電位・陽性鋭波・線維束自発電位)、高振幅・長持続時間の運動単位電位、干渉波形の減少。 ・神経伝導検査:運動神経では筋萎縮に応じて複合筋活動電位の振幅が低下しうるが、伝導速度は概ね保たれる。伝導ブロックがあれば多巣性運動ニューロパチーを疑う。感覚神経は正常。 ・MRI:診断の確定ではなく、頸椎症性脊髄症や脊髄腫瘍などの除外に用いる。 ・血液・髄液検査:特異的な異常はない(CKの軽度上昇をみることはある)。

治療

根治療法はない。進行を遅らせる薬剤としてリルゾール、エダラボンが用いられる。呼吸不全に対する非侵襲的陽圧換気や気管切開下の人工呼吸、嚥下障害に対する胃瘻造設など、患者の意思を尊重した対症療法と多職種によるケアが中心となる。

POINT

・ALSは上位・下位運動ニューロンが選択的に障害される疾患で、感覚系・小脳系・眼球運動は保たれる。 ・診断には針筋電図で下位運動ニューロン障害(脱神経電位、高振幅・長持続時間の運動単位電位)を複数領域で証明することが重要である。 ・感覚神経伝導検査は正常であり、異常があれば他疾患を考える。 ・画像検査は類似疾患の除外目的で行う。 ・4大陰性徴候:感覚障害、眼球運動障害、膀胱直腸障害、褥瘡。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。