StudyMed医師国家試験

指示を出したのは誰か―インスリン誤指示による低血糖とインシデントレポートの本当の意味

第113回医師国家試験 F問題 第70問(連問)

国試問題にチャレンジ

第113回 F問題 第70問

連問の共通文

次の文を読み,68~70の問いに答えよ。 65歳の男性。大腸ポリープの治療のため入院した。 現病歴:1か月前の大腸内視鏡検査でポリープを指摘され,内視鏡的ポリペクトミーが予定された。 既往歴:8年前から副鼻腔炎。5年前から心房細動,高血圧症および脂質異常症。3年前に2型糖尿病と診断され,インスリンを毎食前に自己注射している。 生活歴:妻と2人暮らし。喫煙歴はない。飲酒は機会飲酒。 家族歴:5歳年上の兄が55歳時に狭心症。 現症:身長173cm,体重68kg。体温36.1℃。脈拍80/分,不整。血圧140/74mmHg。呼吸数14/分。眼瞼結膜に貧血を認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。

 治療日に朝から絶食で腸管洗浄液を内服して頻回の排便を行っていた。その後,病棟の廊下でうずくまっているところを看護師に発見された。 現症:呼びかけには返答がある。体温36.2℃。脈拍96/分,不整。血圧146/84mmHg。呼吸数20/分。眼瞼結膜に貧血を認めない。顔面は蒼白で発汗を認める。頸静脈の怒張を認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟。血便を認めない。四肢に麻痺や弛緩を認めない。簡易測定した血糖値が45mg/dLであり,50%ブドウ糖20mLを静注した。  看護師に確認したところ,朝は絶食だったが,医師から通常通りインスリン注射の指示が出ており実施したとのことであった。  対応として適切でないのはどれか。

  1. a.インシデントについて患者に説明した。
  2. b.インシデント発生時のモニター心電図の記録を保存した。
  3. c.インシデントの内容を薬剤師と共有した。
  4. d.インシデントの内容を診療録に記載した。
  5. e.インシデントレポートの提出を看護師に任せた。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、低血糖の原因が「絶食なのに通常どおりのインスリンを指示した」ことだと判明した場面で、医療安全の観点から医師がどう動くべきかを問う問題だ。ポイントは、この出来事を誰の、どんな誤りとして捉えるか。まず、なぜ低血糖が起きたのか整理してみよう。
医学生医学生
毎食前のインスリンは、食事で上がる血糖を抑えるためのものですよね。食べないのに打てば、下げる作用だけが残ってしまいます。
ドクタードクター
その通り。本来は絶食に合わせて食前インスリンを中止または減量し、必要ならブドウ糖を含む輸液を行うよう指示すべきだった。つまり今回は医師の指示の誤りに起因する有害事象で、本来不要だったブドウ糖静注という処置が必要になった。
医学生医学生
注射したのは看護師さんですけど、指示どおりに実施しただけなんですね。
ドクタードクター
そう、そこが今回の核心になる。では、医療上の誤りが起きたときの基本的な流れを確認しよう。何から始める?
医学生医学生
まずは患者さんの安全確保と治療です。この方はもうブドウ糖で対応していますね。
ドクタードクター
正解。その次に来るのが、患者・家族への説明、診療録への記載と記録の保存、多職種での情報共有、そしてインシデントレポートの提出と原因分析だ。選択肢を順に見ていこう。患者への説明はどうかな。
医学生医学生
医療倫理の講義で、誤りを隠さず誠実に伝えることが信頼関係の基本だと習いました。何が起きて、どう対処し、今後どうするかを説明するのは適切だと思います。
ドクタードクター
その通り。次にモニター心電図の記録の保存。これはどういう意味があると思う?
医学生医学生
心房細動がある方なので、そのときのリズムや不整脈、虚血の有無を後から確認できるからでしょうか。
ドクタードクター
そう。診療上の判断にも、後日の原因分析にも役立つ客観的な資料だから、関連する記録はできるだけ保存しておく。薬剤師との共有も適切だ。インスリンは誤用で重大な害を生じうるハイリスク薬で、薬剤師は処方や指示を確認する立場にある。絶食時の指示の確認方法や指示書式の見直しなど、再発防止の仕組みづくりにつながるんだ。
医学生医学生
診療録への記載も当然ですよね。書かなかったら隠蔽になってしまいます。
ドクタードクター
そうだね。診療録の記載は医師法で定められた義務で、事象、患者の状態、行った処置と経過、説明の内容を事実に即して遅滞なく書く。では残る、インシデントレポートの提出を看護師に任せた、はどうだろう。
医学生医学生
実習中に病棟で、レポートは発見した人が書くものだと聞いた気がします。看護師さんが発見して注射もしたなら、任せてもいいのかと思ってしまいました。
ドクタードクター
そう考える人は多いけれど、ここが適切でない対応だ。インシデントレポートは、事象に関わった人がそれぞれの立場から何が起きたかを報告するもの。今回の原因の中心は医師の誤った指示で、看護師はそれを実施したにすぎない。指示を出した医師が自分で報告しなければ、なぜその指示が出たのかという背景要因が把握できず、正確な原因分析も再発防止策も立てられない。責任を他職種に押し付ける姿勢とも受け取られかねないね。
医学生医学生
レポートは責任追及のためではなく、システムの問題を見つけるためのものだから、当事者の視点が欠けたら意味がないということですね。
ドクタードクター
まさにその理解が大事。発展として影響度分類も押さえておこう。レベル0は誤りが患者に実施されなかったもの、1は実害なし、2は観察強化や検査が必要になったもの、3aは簡単な処置や治療を要したもの、3bは濃厚な処置や治療を要したもので、4以上は永続的な障害や死亡だ。今回はブドウ糖静注という簡単な処置を要したので、3aに相当すると考えられる。
医学生医学生
インシデントとアクシデントの境目はどこになるんですか。
ドクタードクター
3a以下をインシデント、3b以上をアクシデントとする施設が多いけれど、区分は施設によって異なる。大切なのは区分よりも、小さな事例でもためらわず報告する文化だ。報告しにくい雰囲気は、重大事故の芽を見逃すことにつながる。研修医になれば指示を出す側になるから、絶食時には糖尿病治療薬の指示を必ず見直す習慣をつけておこう。

まとめ

絶食中に食前インスリンを通常どおり投与すれば低血糖を起こすため、検査・処置で絶食となる日は食前インスリンの中止・減量や経口血糖降下薬の休薬、ブドウ糖を含む輸液を事前に指示しておく必要があります。誤りが起きた際は、患者の安全確保と治療を最優先とし、患者・家族への誠実な説明、診療録への正確な記載、心電図など関連記録の保存、薬剤師を含む多職種での共有を行います。インシデントレポートは関与した職員がそれぞれの立場から提出するもので、誤った指示を出した医師が看護師に任せるのは不適切です。影響度分類ではブドウ糖静注のような簡単な処置を要した事例はレベル3aに相当し、インシデントとアクシデントの境界は施設により異なります。レポートの目的は個人の責任追及ではなく組織としての原因分析と再発防止であると理解することが、安全な医療を担う医師の基本姿勢となります。

解答・解説

正解はeです

経過の整理

・インスリン治療中の2型糖尿病患者が、ポリペクトミー当日の朝から絶食とし、腸管洗浄液を内服していた。 ・廊下でうずくまっているところを発見され、顔面蒼白、発汗、頻脈を認め、簡易血糖測定で45mg/dLと低血糖であった。50%ブドウ糖20mLの静注で対応した。 ・確認すると、朝は絶食であったにもかかわらず、医師が普段どおりのインスリン注射を指示しており、看護師がその指示に従って注射していた。

何が起きたか

毎食前に打つインスリンは、これから摂る食事による血糖上昇を抑えるためのものである。食事を摂らないのに普段どおり注射すれば、血糖値を下げる作用だけが残り、低血糖を起こすのは当然である。本来は、絶食に合わせてインスリンの中止や減量を指示し、必要に応じてブドウ糖を含む輸液を行うべきであった。つまり今回の低血糖は、医師の指示の誤りに起因する医療上の有害事象である。患者には一時的な影響が生じ、本来不要だったブドウ糖静注という処置が必要となった。影響度分類では、簡単な処置や治療を要したレベル3aに相当すると考えられる。

設問の考え方

医療現場で予期しない事象や誤りが生じたときは、①まず患者の安全を確保し治療する、②患者・家族に誠実に説明する、③事実経過と対応を診療録に正確に記録し、関連する記録(心電図や検査データなど)を保存する、④関係する職種で情報を共有する、⑤インシデントレポートを提出し、組織として原因を分析して再発防止につなげる、という流れで対応する。インシデントレポートは誰か一人に任せるものではなく、事象にかかわった職員がそれぞれの立場から報告することが求められる。とくに本例では、原因の中心は医師の誤った指示にあるため、指示を出した医師自身が報告する必要がある。

選択肢考察

  1. ×a.  インシデントについて患者に説明した。

    適切な対応である。医療上の誤りや予期しない事象が起きた場合、何が起きたのか、原因は何か、どう対処したか、今後どうするかを、患者本人(必要に応じて家族にも)に速やかに、誠実に説明することが求められる。事実を隠さずに伝えることは、患者の知る権利を尊重し、信頼関係を保つうえで欠かせない。

  2. ×b.  インシデント発生時のモニター心電図の記録を保存した。

    適切な対応である。発生時のモニター心電図は、その時点の心拍数やリズム(本例では心房細動)、低血糖に伴う不整脈や心筋虚血の有無を客観的に示す資料であり、診療上の判断と、後日の原因分析の両方に役立つ。インシデントの経過を正確に検証するために、関連する記録はできる限り保存しておくべきである。

  3. ×c.  インシデントの内容を薬剤師と共有した。

    適切な対応である。インスリンは誤った使用によって重大な害を生じうる「ハイリスク薬」の一つであり、薬剤師は処方や指示の内容を確認する立場にある。起きた事象を薬剤師を含む多職種で共有することで、絶食時の指示の確認方法や、指示書式の見直しなど、再発を防ぐ仕組みづくりにつながる。

  4. ×d.  インシデントの内容を診療録に記載した。

    適切な対応である。発生した事象、患者の状態、行った処置(ブドウ糖静注など)とその後の経過、患者への説明内容を、事実に即して遅滞なく診療録に記載する必要がある。診療録への記載は医師法で定められた義務でもあり、インシデントの事実を記載しないことは隠蔽にあたり、決して許されない。

  5. ○e.  インシデントレポートの提出を看護師に任せた。

    適切でない対応であり、これが正解となる。インシデントレポートは、事象を発見した人や関与した人が、それぞれの立場から何が起きたかを報告するものである。本例の低血糖は、絶食にもかかわらず普段どおりのインスリン注射を指示した医師の誤りが主な原因であり、看護師はその指示を実施したにすぎない。指示を出した医師が自らの関与を報告せず看護師に任せてしまえば、指示が出された経緯や背景要因が十分に把握できず、正確な原因分析や再発防止策の立案が難しくなる。また、責任を他職種に押し付ける姿勢とも受け取られかねない。医師自身もレポートを作成・提出すべきである。

インシデントとアクシデント

・インシデント(ヒヤリ・ハット):誤りや予期しない事象が起こったが、患者に障害が生じなかった、または軽微な影響にとどまったもの。誤りが患者に実施される前に気づいた場合も含む。 ・アクシデント(医療事故):医療にかかわる場所で、医療の全過程で発生した人身事故で、患者に比較的大きな障害が生じたもの。医療従事者の過失の有無は問わない。

影響度分類(国立大学附属病院の分類が広く用いられている)

・レベル0:誤りがあったが患者には実施されなかった ・レベル1:患者への実害はなかった ・レベル2:処置や治療は要さなかったが、観察の強化やバイタルサインの軽度変化、検査の必要性が生じた ・レベル3a:簡単な処置や治療を要した(消毒、湿布、鎮痛薬の投与、皮膚の縫合など) ・レベル3b:濃厚な処置や治療を要した(人工呼吸器の装着、手術、入院日数の延長など) ・レベル4a/4b:永続的な障害や後遺症が残った ・レベル5:死亡 どのレベルまでをインシデント、どこからをアクシデントとするかは施設により異なるが、おおむねレベル3a以下をインシデント、3b以上をアクシデントとする施設が多い。本例はブドウ糖静注という簡単な処置を要したためレベル3aに相当すると考えられる。

インシデントレポートの目的

インシデントレポートは、個人の責任を追及するためのものではなく、事例を組織で集めて分析し、システムの問題点を見つけて再発を防ぐためのものである。そのため、関与した職員がそれぞれの立場から、ありのままを速やかに報告することが大切である。報告しにくい雰囲気は重大事故の芽を見逃すことにつながるため、報告を奨励する文化(報告する文化)づくりが重視される。

インシデント発生時の基本的な対応の流れ

1. 患者の安全確保と救命・治療を最優先に行う 2. 上級医や所属長へ報告し、応援を求める 3. 患者・家族へ誠実に説明する 4. 事実経過を診療録へ正確に記録し、関連する記録や物品を保存する 5. インシデントレポートを提出し、多職種で共有する 6. 原因を分析し(根本原因分析など)、再発防止策を立てて実行する

絶食時の糖尿病治療薬の扱い

検査や処置で絶食となる日は、食前に打つ速効型・超速効型インスリンを中止または減量し、経口血糖降下薬も原則として休薬する。基礎インスリンは減量して継続することが多い。ブドウ糖を含む輸液を行い、血糖測定を繰り返して管理する。

POINT

・絶食時に普段どおりのインスリンを投与すると低血糖を起こす。検査・処置前の絶食時には糖尿病治療薬の指示を必ず見直す。 ・インシデント発生時は、患者の安全確保と治療を最優先とし、患者・家族への説明、診療録への記載、記録の保存、多職種での共有を行う。 ・インシデントレポートは関与した職員がそれぞれの立場から提出する。誤った指示を出した医師が看護師に報告を任せるのは不適切である。 ・インシデントレポートの目的は個人の責任追及ではなく、組織としての原因分析と再発防止である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。