消えた歯冠はどこへ行った?―高齢者の気管支異物は「見つけて、すぐ取る」
第113回医師国家試験 B問題 第26問
国試問題にチャレンジ
80歳の男性。咳嗽を主訴に受診した。昨日の朝食後に咳嗽が出現し,同時に右臼歯の歯冠がないことに気付いたため来院した。意識は清明。身長162cm,体重55kg。体温36.8℃。脈拍72/分,整。血圧120/70mmHg。呼吸数18/分。心音と呼吸音とに異常を認めない。胸部エックス線写真(A)(B)を別に示す。 まず行うべきなのはどれか。

- a.抗菌薬投与
- b.胸腔鏡下手術
- c.気管支内視鏡
- d.自己咳嗽誘発
- e.上部消化管内視鏡
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
食事中から食後の咳嗽と歯冠の脱落がそろえば、歯冠の誤嚥による気管支異物を疑います。金属の歯冠はエックス線で描出され、側面像で気管支の走行上にあることを確認すれば消化管異物と区別でき、太く垂直に近い右主気管支側に入りやすいのが特徴です。治療の第一選択は気管支内視鏡による摘出で、観察による診断確定と摘出を同時に行え、困難例や小児では硬性気管支鏡を用います。自己咳嗽は上気道の軟らかい異物への応急処置、上部消化管内視鏡は誤飲への対応、抗菌薬は合併症が起きたときの追加治療であり、いずれも最初の一手ではありません。高齢者は症状が乏しくても異物が残れば閉塞性肺炎や肉芽形成を招くため、「誤嚥を疑う病歴」から速やかに摘出へつなげる判断が臨床で求められます。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・80歳男性。昨日の朝食後から咳嗽が出現し、同じ時期に右の臼歯の歯冠(被せ物)がなくなっていることに気付いた。 ・意識清明。体温36.8℃で発熱はなく、脈拍・血圧・呼吸数(18/分)も正常範囲である。心音・呼吸音にも異常はない。 ・胸部エックス線正面像(A)では、右下肺野の内側、右肺門のやや下方(右主気管支から中間気管支幹〜下葉気管支にかけての走行に一致する位置)に、境界明瞭で小さな金属濃度の陰影がある。側面像(B)でも同じ陰影が肺門部付近の気管支の走行上に見え、食道の走行とは一致しない。
診断のプロセス
食事中から食後に急に咳が出始め、同時に歯冠の脱落に気付いていることから、脱落した歯冠を誤嚥した可能性が高い。エックス線写真で、エックス線を通さない金属の異物が右気管支の位置に確認でき、右気管支異物(歯冠)と診断できる。 鑑別としては、食物の誤嚥による誤嚥性肺炎や気胸が考えられる。しかし、発熱・頻呼吸・浸潤影がないことから誤嚥性肺炎は否定的であり、呼吸音の左右差や胸膜線がないことから気胸も否定的である。 高齢者は咳反射や嚥下機能が低下しているため、むせが目立たないまま異物を誤嚥することがある。また右主気管支は左より太く、気管からの分岐角度が小さい(より垂直に近い)ため、異物は右側に入りやすい。本例もこの典型像に一致する。
設問の考え方
呼吸状態は安定しているが、気管支異物を放置すると、閉塞性肺炎、無気肺、肺化膿症、異物周囲の肉芽形成などを起こし、時間がたつほど摘出が難しくなる。したがって、異物の位置と性状を直接確認し、そのまま摘出できる気管支内視鏡(気管支鏡)による摘出を、まず行うべきである。
選択肢考察
- ×a. 抗菌薬投与
まず行うべき処置ではない。現時点では発熱も肺炎像もなく、感染症は起きていない。抗菌薬で異物は除去できず、原因が残るため根本的な治療にならない。歯冠のような金属異物は、豆類などの植物性異物に比べて周囲の炎症を起こしにくい。異物の除去後や長期間とどまった後に気管支炎・肺炎・無気肺などを合併した場合に、抗菌薬を追加する。
- ×b. 胸腔鏡下手術
最初に選ぶ治療ではない。胸腔鏡下手術(VATS:video-assisted thoracoscopic surgery)は、肺癌や良性の肺腫瘍、気胸、肺嚢胞、縦隔腫瘍の切除や、肺・胸膜・リンパ節の生検などに用いる手術である。気管支内の異物は気道の内腔から内視鏡で摘出するのが原則である。肺切除や気管支切開などの外科的手術は、内視鏡で摘出できない場合や、長期間とどまった異物で肺に高度な破壊性の変化が起きた場合などに限られる。
- ○c. 気管支内視鏡
まず行うべき処置である。気管支内視鏡を気道内に挿入すれば、異物の位置、大きさ、形、周囲の粘膜の状態を直接観察でき、把持鉗子やバスケット鉗子、バルーンカテーテル(フォガティーカテーテルなど)を使ってそのまま摘出できる。診断の確定と治療を同時に行える点が最大の利点である。成人では軟性気管支鏡で摘出できることが多いが、大きい異物や鋭い異物、摘出が難しい場合には、全身麻酔下で硬性気管支鏡を用いる。小児では、通常、全身麻酔下での硬性気管支鏡が基本である。摘出後は、残存物や粘膜損傷がないかを確認する。
- ×d. 自己咳嗽誘発
適切ではない。自分で咳をして異物を出す方法は、窒息しかけている人がまだ咳をできる段階での応急的な対応である。軟らかい食物片が上気道(喉頭や気管の上部)にある場合に効果が期待できる。本例の異物は硬い金属の歯冠で、すでに気管支の末梢側にはまり込んでいる。咳で排出させるのは困難であり、すでに1日以上咳嗽が続いても排出されていない。
- ×e. 上部消化管内視鏡
適切ではない。上部消化管内視鏡は、食道・胃・十二指腸に入った異物(誤飲)に対して用いる。とくにボタン電池や鋭利な異物(PTP包装シート、魚骨、針など)が食道にある場合は、穿孔の危険があるため緊急で摘出する。本例では、正面像・側面像のいずれでも異物は気管支の走行上にあり、消化管の中ではない。誤飲ではなく誤嚥による気道異物である。
気道異物(気管・気管支異物)の概要
・好発年齢:咳反射や咀嚼が未熟な5歳以下の幼児と、嚥下機能・咳反射が低下した高齢者の二峰性を示す。 ・異物の種類:小児ではピーナッツなどの豆類(植物性でエックス線を通す)が最も多い。成人・高齢者では歯冠や義歯などの歯科材料(金属でエックス線を通さない)、歯牙、針などが多い。 ・部位:気管支異物が最も多く、右側に多い。右主気管支は左より太く短く、気管からの分岐角度が小さい(より縦に近い)ためである。気管分岐部(carina)がやや左寄りにあることや、右肺に流入する空気量が多いことも関係する。
症状
・誤嚥した直後の激しい咳込み(むせ)が典型である。その後は、咳だけで呼吸困難が目立たない「無症状期」に入ることがあり、見逃されやすい。 ・金属異物は気管支に固定されて部分的な閉塞にとどまることが多く、呼吸音の異常がはっきりしないことも多い。 ・時間がたつと、喘鳴、患側の呼吸音減弱、繰り返す肺炎、無気肺、血痰などが現れる。
診断
・まず誤嚥を疑う病歴(食事中のむせ、歯冠の脱落など)を聴取することが出発点になる。 ・胸部エックス線:金属などエックス線を通さない異物はそのまま描出される。エックス線を通す異物では、チェックバルブ機構(吸気では空気が入るが呼気で出にくい状態)により、患側の過膨張(閉塞性肺気腫)や縦隔の偏位が手がかりとなる。吸気時に縦隔陰影が患側へ、呼気時に健側へ動く所見をHolzknecht徴候という。 ・胸部CT:エックス線写真で異物がはっきりしない場合に有用である。 ・気管支鏡:診断の確定と摘出を同時に行える。
治療
気管支鏡による摘出が第一選択である。摘出後に気管支炎・肺炎を合併すれば抗菌薬を投与する。内視鏡で摘出できない場合は外科的治療を検討する。
誤飲(消化管異物)との区別
気道異物は誤嚥、消化管異物は誤飲である。エックス線の側面像で、異物が気管・気管支の走行上(前方寄り)にあるか、食道の走行上(椎体の直前)にあるかを確認することが、両者の区別に役立つ。
予防
高齢者では、歯科の定期受診で歯冠や義歯の不具合を確認すること、口腔ケアで歯周病を予防すること、食事の形態を工夫することが重要である。乳幼児では、豆類や小さな玩具を手の届く所に置かない。
POINT
・食事中から食後の咳嗽と歯冠脱落 → 歯冠の誤嚥による気管支異物を疑う。 ・成人の気道異物は歯科用金属(歯冠・義歯)が多く、エックス線で写る。小児はピーナッツなどの豆類が多く、エックス線に写らない。 ・気管支異物は右側に多い(右主気管支が太く、分岐角度が小さいため)。 ・治療の第一選択は気管支鏡による摘出(小児や困難例では全身麻酔下の硬性気管支鏡)。 ・自己咳嗽による排出は上気道の軟らかい異物に対する応急処置であり、気管支に固定した金属異物には効果がない。
