ゆがんで見える世界の正体―中心窩にあいた小さな孔、黄斑円孔
第113回医師国家試験 A問題 第21問
国試問題にチャレンジ
69歳の女性。1か月前から徐々に右眼の視力低下を自覚したため来院した。視力は右0.2(0.4×-0.5D),左0.6(1.2×-0.75D)。眼圧は右13mmHg,左14mmHg。右眼の眼底写真(A)及び光干渉断層計〈OCT〉像(B)を別に示す。 予想される自覚症状はどれか。

- a.羞明
- b.夜盲
- c.変視
- d.色覚異常
- e.耳側視野欠損
対話形式の解説
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ドクターまとめ
中高年女性の片眼に緩徐に進む視力低下があり、OCTで中心窩の網膜全層欠損を認めれば黄斑円孔と診断できます。加齢に伴う後部硝子体剝離の過程で、中心窩に付着した硝子体の牽引により生じるのが特発性黄斑円孔です。黄斑は錐体が集中して中心視を担うため、視細胞の配列が乱れると直線のゆがみや大視症・小視症といった変視、さらに中心暗点が生じ、アムスラーチャートで自己チェックできます。羞明は前眼部・水晶体、夜盲は杆体、色覚異常は視神経や錐体の疾患、耳側視野欠損は視路の障害と対応させると、症状から障害部位を推定する力が身につきます。治療は内境界膜剝離とガス置換を伴う硝子体手術と術後のうつ伏せ姿勢であり、閉鎖率が高く視機能の改善が期待できます。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・69歳の女性。1か月かけて徐々に進んだ右眼の視力低下。突然の発症ではない。 ・視力:右0.2(矯正0.4)、左0.6(矯正1.2)。右眼は軽い近視を矯正しても0.4までしか上がらず、屈折異常だけでは説明できない視力低下がある。 ・眼圧は両眼とも正常範囲(基準おおむね10〜21mmHg)。 ・右眼の眼底写真で黄斑の中心(中心窩)に丸い孔がみえ、光干渉断層計(OCT:網膜の断面を光で撮影する検査)では中心窩の網膜が全層にわたって欠損し、孔の縁の網膜内に囊胞状の変化がある。網膜の前方には、網膜から離れた後部硝子体膜が観察される。
診断へのプロセス
中高年女性の片眼に緩徐に進む視力低下で、眼圧は正常である。急に起こる網膜血管閉塞や出血性疾患は経過から考えにくい。眼底写真が鮮明に写っていることから、白内障や硝子体出血など光の通り道(中間透光体)の高度な混濁も否定的である。OCTは黄斑部を撮影したもので、病変は黄斑に限局しており、黄斑疾患(加齢黄斑変性、黄斑浮腫、網膜前膜、黄斑円孔、硝子体黄斑牽引症候群など)のうち、中心窩の全層欠損をOCTで確認できることから黄斑円孔と診断する。 特発性黄斑円孔は、加齢に伴って硝子体が網膜から離れていく(後部硝子体剝離)過程で、中心窩に付着した硝子体が網膜を前方・接線方向に引っ張ることで生じる。60歳代以降の女性に多い。
設問の考え方
黄斑は視力や形を見分ける能力を担う網膜の中心部分である。ここに孔があいたり、網膜がむくんだり、しわが寄ったりすると、視細胞の並びが乱れ、まっすぐな線が曲がって見えたり、物の大きさが違って見えたりする。これが変視(変視症)であり、黄斑疾患に特徴的な自覚症状である。黄斑円孔では、これに加えて視野の中心が見えにくい中心暗点も生じる。
選択肢考察
- ×a. 羞明
羞明はまぶしさを過度に感じる症状である。角膜の障害(角膜炎、角膜びらん)、虹彩毛様体炎、白内障などによる光の散乱、散瞳状態などで起こりやすい。本例は中間透光体の混濁を示す所見がなく、病変は黄斑に限られるため、羞明は予想される主症状ではない。
- ×b. 夜盲
夜盲は暗い所で見えにくくなる症状で、暗所での視覚を担う杆体細胞の機能障害で起こる。代表は網膜色素変性で、ほかにビタミンA欠乏症、小口病、白点状眼底などがある。杆体は網膜の周辺部に多く、中心窩にはほとんど存在しない。黄斑に限局した病変である黄斑円孔では夜盲は生じにくい。
- ○c. 変視
変視は、直線がゆがんで見える、物が大きく(大視症)あるいは小さく(小視症)見えるといった症状で、黄斑部の視細胞の配列が乱れることで生じる。黄斑円孔のほか、加齢黄斑変性、黄斑浮腫、網膜前膜、中心性漿液性脈絡網膜症などの黄斑疾患に特徴的で、角膜・水晶体・視神経の病変ではふつう起こらない。黄斑円孔では、格子状の表(アムスラーチャート)の中心部の線が内側に引き込まれるようにゆがんで見えることが多く、中心暗点も伴う。本例で最も予想される自覚症状である。
- ×d. 色覚異常
色覚は錐体細胞が担い、錐体は黄斑部に集中しているため、黄斑疾患で色の見え方が多少変わる可能性は否定できない。しかし黄斑円孔で患者がまず自覚するのは視力低下と変視・中心暗点であり、色覚異常は代表的な訴えではない。後天的な色覚異常は、視神経炎などの視神経疾患、錐体ジストロフィ、エタンブトールなどの薬剤性視神経症でみられやすい。
- ×e. 耳側視野欠損
両眼の耳側視野欠損(両耳側半盲)は、下垂体腺腫などによる視交叉の圧迫が代表的である。一眼の耳側と他眼の鼻側が欠ける同名半盲は、視索から後頭葉視覚野までの病変で起こる。片眼のみの耳側欠損は、マリオット盲点の拡大をきたす疾患(多発消失性白点症候群など)や鼻側網膜に限局した病変で生じうる。黄斑円孔は中心視野の障害(中心暗点)であり、耳側の視野欠損は生じない。
黄斑円孔(macular hole)
・中心窩の網膜に全層の孔が生じる疾患。特発性が多く、ほかに外傷性、強度近視に伴うものがある。 ・特発性は60〜70歳代の女性に多い。多くは片眼性だが、のちに他眼にも発症することがある。 ・病態:加齢とともに硝子体が液化・収縮し、網膜から離れていく(後部硝子体剝離)。中心窩で硝子体が網膜に強く付着したままだと、その牽引によって中心窩が引き裂かれ、円孔となる。 ・病期分類(Gass分類):1期は円孔ができる前の段階(中心窩の剝離・囊胞)、2期は小さな全層円孔、3期は円孔が完成し硝子体が中心窩から外れたもの、4期は後部硝子体剝離が完成したもの。 ・症状:視力低下(多くは0.1〜0.3程度まで低下)、変視、中心暗点。 ・診断:眼底検査で中心窩の赤い円形の孔を確認し、OCTで網膜全層の欠損と、円孔縁の囊胞様変化・硝子体の牽引の有無を評価する。OCTは診断・病期評価・術後評価のいずれにも欠かせない。細隙灯で光の帯を当てると帯が途切れて見える(Watzke-Allen徴候)。 ・治療:硝子体手術(硝子体切除、内境界膜剝離、眼内のガス置換)を行い、術後しばらくうつ伏せの姿勢を保って円孔の閉鎖を促す。閉鎖率は高く、視力・変視の改善が期待できる。
主な自覚症状と原因部位の対応
・変視、中心暗点:黄斑部の病変(黄斑円孔、加齢黄斑変性、黄斑浮腫、網膜前膜、中心性漿液性脈絡網膜症) ・羞明:角膜疾患、虹彩毛様体炎、白内障、散瞳、錐体機能障害 ・夜盲:杆体の障害(網膜色素変性、ビタミンA欠乏症、小口病、白点状眼底) ・色覚異常:先天色覚異常(錐体の異常)、視神経疾患、錐体ジストロフィ、薬剤性 ・両耳側半盲:視交叉の障害(下垂体腺腫、頭蓋咽頭腫など) ・同名半盲:視索〜後頭葉の障害 ・飛蚊症・光視症:硝子体の混濁、後部硝子体剝離、網膜裂孔
POINT
・中高年女性の緩徐な片眼視力低下+OCTで中心窩の全層欠損 → 黄斑円孔。 ・黄斑疾患の特徴的症状は変視(ゆがみ、大視症・小視症)と中心暗点。角膜・水晶体・視神経の病変では変視は起こりにくい。 ・夜盲は杆体(網膜周辺部)、羞明は角膜・前眼部・水晶体、両耳側半盲は視交叉の障害を考える。 ・変視の自己チェックにはアムスラーチャートを用いる。 ・黄斑円孔の治療は硝子体手術(内境界膜剝離+ガス置換)と術後うつ伏せ姿勢。
