「億劫で仕方ない」―患者の言葉を症状名に翻訳する精神科面接の基本
第112回医師国家試験 E問題 第8問
国試問題にチャレンジ
患者の訴えのうち,抑うつ状態を最も疑わせるのはどれか。
- a.「すぐにかっとなってしまいます」
- b.「何をするのも億劫で仕方ありません」
- c.「なんとなく落ち着かない気持ちになります」
- d.「昼間にうとうとすることが多くなりました」
- e.「外に出ると誰かに見られているような気がします」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
精神科の診察では、患者が日常の言葉で語る訴えを症状名に置き換え、どの病態を示唆するかを考えることが基本です。「何をするのも億劫」は意欲低下を表し、抑うつ気分・興味や喜びの喪失を中核とする抑うつ状態で最も典型的な訴えの一つです。一方、「すぐかっとなる」は易怒性で躁状態や脱抑制を、「なんとなく落ち着かない」は不安障害を、日中の眠気は睡眠時無呼吸症候群やナルコレプシーを、「誰かに見られている」は注察妄想で統合失調症をまず想起させます。うつ病では早朝覚醒や日内変動も特徴的で、表情や話し方といった非言語的情報の観察や希死念慮の確認も欠かせません。患者の言葉を症状に翻訳する力は、あらゆる診療科での問診と精神症状の早期発見に役立ちます。
解答・解説
正解はbです
問われていること
患者が日常の言葉で語る訴えを、精神医学的な症状名に置き換え、どの病態を示唆するかを判断する問題である。精神科の面接では、患者は「気分が落ち込む」「やる気が出ない」といった専門用語ではない表現で症状を語る。診察者はその言葉がどの精神機能(気分、意欲、思考、知覚、睡眠など)の異常を表しているのかを読み取る必要がある。
抑うつ状態の中核症状
抑うつ状態の中核は、抑うつ気分(気分が沈む、悲しい、空虚感)と、興味・喜びの喪失(以前楽しめたことが楽しめない)である。これに加えて、意欲・活動性の低下(精神運動制止)、易疲労感、思考の遅延、集中困難、自責感・無価値感、食欲や体重の変化、睡眠障害、希死念慮などが伴う。とくに「何をするにも億劫」「体が重くて動けない」「面倒で手がつかない」という訴えは、意欲(意思発動)の低下と易疲労感を端的に表し、抑うつ状態で最も典型的な訴えの一つである。
考え方
各選択肢の訴えを症状名に変換すると、易怒性、意欲低下、不安・焦燥感、日中の眠気、注察妄想(あるいは注察念慮)となる。このうち抑うつ状態に特異性が高いのは意欲低下である。他の訴えも抑うつ状態の一部として現れることはあるが、それ自体はほかの病態をまず想起させるものであり、「最も疑わせる」ものとしては意欲低下を選ぶ。
選択肢考察
- ×a. 「すぐにかっとなってしまいます」
些細なきっかけで怒り出す状態であり、易怒性を表す。易怒性は躁状態(気分の高揚に伴う刺激性)、前頭葉障害や認知症などによる脱抑制、強い不安・緊張状態、人格の問題などでみられる。脳血管障害後などに、わずかな刺激で泣く・笑う・怒るといった情動反応が抑えられなくなる状態は感情失禁(情動失禁)と呼ばれる。抑うつ状態でも焦燥の強い激越うつ病や、小児・思春期のうつ病では易怒的になることがあるが、抑うつ状態を最も示唆する訴えとはいえない。
- ○b. 「何をするのも億劫で仕方ありません」
物事に取りかかる気力が湧かない状態であり、意欲低下(自発性・意思発動の低下)を表す。抑うつ状態では、抑うつ気分とともに精神運動制止が生じ、興味や関心も失われ、日常の身の回りのことさえ面倒に感じるようになる。易疲労感を伴うことも多い。抑うつ状態の中核的な訴えであり、最も抑うつ状態を疑わせる。
- ×c. 「なんとなく落ち着かない気持ちになります」
はっきりした対象のない漠然とした不安や焦燥感を表す。全般性不安障害(全般不安症)をはじめとする不安障害の代表的な訴えである。抑うつ状態にも不安・焦燥は併存しうる(特に初老期以降のうつ病では焦燥が目立つことがある)が、この訴え単独では不安障害をまず考える。
- ×d. 「昼間にうとうとすることが多くなりました」
日中の過剰な眠気を表す。閉塞性睡眠時無呼吸症候群、ナルコレプシー、睡眠不足、睡眠薬などの薬剤の影響といった睡眠・覚醒の障害をまず考える訴えである。うつ病の睡眠障害は不眠(特に早朝覚醒)が典型であり、過眠は非定型の特徴を伴ううつ病などに限られるため、抑うつ状態を最も示唆する訴えとはいえない。
- ×e. 「外に出ると誰かに見られているような気がします」
他人から見られている、監視されていると感じる体験であり、注察妄想(確信に至らない段階では注察念慮)を表す。被害妄想の一型であり、統合失調症で典型的にみられる。自我と外界の境界が弱まり、他者からの圧迫や影響を受けていると感じる体験と関連する。抑うつ状態の典型的な訴えではない。
うつ病(大うつ病性障害)の診断基準の骨格(DSM-5)
以下の9症状のうち5つ以上が2週間以上ほぼ毎日続き、そのうち少なくとも1つは(1)抑うつ気分か(2)興味・喜びの喪失であることが求められる。 (1) 抑うつ気分 (2) 興味または喜びの著しい減退 (3) 食欲・体重の減少または増加 (4) 不眠または過眠 (5) 精神運動焦燥または制止 (6) 易疲労感・気力の減退 (7) 無価値感・過剰な罪責感 (8) 思考力・集中力の減退、決断困難 (9) 死についての反復思考、希死念慮・自殺企図
訴えと症状名の対応の例
・「億劫」「やる気が出ない」→ 意欲低下(精神運動制止) ・「何も楽しくない」→ 興味・喜びの喪失 ・「朝早く目が覚めてしまう」→ 早朝覚醒(うつ病に典型的) ・「朝が一番つらく、夕方になると少し楽」→ 日内変動 ・「すぐかっとなる」→ 易怒性 ・「落ち着かない、そわそわする」→ 不安・焦燥 ・「誰かに見られている」→ 注察妄想・注察念慮 ・「悪口が聞こえる」→ 幻聴
言語以外の情報
精神症状の評価では、言葉の内容に加えて、表情、声の大きさや速さ、話し始めるまでの時間、身振り・動作などの非言語的情報も重要である。抑うつ状態では、表情が乏しく、口数が少なく、応答が遅く、動作が緩慢になることが多い。
POINT
・抑うつ状態の中核症状は抑うつ気分と興味・喜びの喪失であり、意欲低下(億劫さ)、易疲労感、早朝覚醒、日内変動などを伴う。 ・易怒性→躁状態・脱抑制など、漠然とした不安→不安障害、日中の眠気→睡眠時無呼吸症候群・ナルコレプシーなど、注察妄想→統合失調症をまず想起する。 ・患者の日常的な言葉を症状名に置き換えて考える習慣をつける。
