前かがみで浮かび上がる「ささやき」―体位でとらえる大動脈弁閉鎖不全症の雑音
第112回医師国家試験 E問題 第11問
国試問題にチャレンジ
座位から体幹を前傾させると,より明瞭になる聴診所見はどれか。
- a.Ⅲ 音
- b.Ⅱ音の分裂
- c.頸動脈雑音
- d.心基部拡張期雑音
- e.心尖部収縮期雑音
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
坐位で体幹を前傾させ、呼気終末で息を止めると、心基部が前胸壁に近づき、肺による音の減衰も減るため、心基部の弱い高調音が聴き取りやすくなります。代表は大動脈弁閉鎖不全症の拡張期逆流性雑音で、Erb領域を中心に膜型で聴取し、心膜摩擦音も同じ体位で明瞭になります。一方、Ⅲ音や僧帽弁閉鎖不全症の収縮期雑音など心尖部の所見は左側臥位で聴きやすく、Ⅱ音の分裂は体位ではなく呼吸との関係で評価します。高調音は膜型を強く、低調音はベル型を軽く当てるという聴診器の使い分けも合わせて押さえましょう。「どの体位で心臓のどこが胸壁に近づくか」を理解しておくことは、弁膜症の見逃しを防ぐ身体診察の基本です。
解答・解説
正解はdです
問われていること
聴診の際に患者にとらせる体位と、その体位で聴き取りやすくなる心音・心雑音の対応を問う問題である。
体位で聴診所見が変わる理由
心臓のどの部分が胸壁に近づくかは体位によって変わる。坐位で体幹を前に傾けると、心基部(大動脈や肺動脈の根元、大動脈弁・肺動脈弁がある部位)が前胸壁に近づく。さらに息を深く吐ききって呼吸を止めると、肺が縮んで心臓と胸壁の間の空気の層が薄くなり、音がより伝わりやすくなる。一方、左側臥位では心尖部(左心室の先端、僧帽弁領域の音が伝わる部位)が胸壁に近づく。
考え方
前傾坐位で明瞭になる代表的な所見は、大動脈弁閉鎖不全症(AR)の拡張期逆流性雑音である。この雑音は高調で弱い漸減性の雑音で、第3肋間胸骨左縁(Erb領域)から胸骨左縁下部にかけて最もよく聴かれ、聴診器の膜型を用い、前傾坐位・呼気終末で呼吸を止めて聴くと聴取しやすい。したがって「心基部拡張期雑音」が正解となる。なお、心膜摩擦音も前傾坐位で聴取しやすくなる。左側臥位で明瞭になるのは心尖部の所見(Ⅲ音、僧帽弁閉鎖不全症や僧帽弁狭窄症の雑音)である、と対比して覚えておくとよい。
選択肢考察
- ×a. Ⅲ 音
Ⅲ音は拡張早期に血液が心室へ急速に流入して心室壁が振動することで生じる、低調で弱い音である。主に心尖部で聴かれ、左側臥位にして心尖部を胸壁に近づけ、低調音を拾いやすいベル型を軽く当てると聴き取りやすい。若年者では生理的に聴かれることがあるが、成人では心不全や僧帽弁閉鎖不全症などで聴かれる。前傾坐位で明瞭になる所見ではない。
- ×b. Ⅱ音の分裂
Ⅱ音は大動脈弁(ⅡA)と肺動脈弁(ⅡP)の閉鎖音からなる。吸気時には右心系への静脈還流が増えて肺動脈弁の閉鎖が遅れるため、生理的に分裂が広がる(呼吸性分裂)。Ⅱ音は高調な音なので、心基部(特に第2肋間胸骨左縁の肺動脈弁領域)に膜型を当てて聴く。分裂の評価は呼吸との関係で行い、前傾坐位で明瞭になるものではない。固定性分裂は心房中隔欠損症、奇異性分裂は完全左脚ブロックや重症大動脈弁狭窄症などでみられる。
- ×c. 頸動脈雑音
頸動脈雑音(carotid bruit)は頸動脈狭窄による乱流などで生じる血管雑音であり、頸部に聴診器を当てて聴取する。大動脈弁狭窄症の収縮期雑音が頸部へ放散して聴かれる場合もある。雑音の強さは血流量の影響を受けるが、体幹を前傾させることで明瞭になる所見ではない。
- ○d. 心基部拡張期雑音
心基部の拡張期雑音の代表は大動脈弁閉鎖不全症の拡張期逆流性雑音である。拡張期に大動脈から左心室へ血液が逆流することで生じる高調・漸減性の雑音で、Erb領域(第3肋間胸骨左縁)などで最もよく聴かれる。坐位で体幹を前傾させると心基部が胸壁に近づき、さらに呼気終末で息を止めると心臓と胸壁の間の肺組織が減るため、弱い雑音でも聴き取りやすくなる。膜型を胸壁にしっかり当てて聴くのが基本である。
- ×e. 心尖部収縮期雑音
心尖部で聴かれる収縮期雑音の代表は僧帽弁閉鎖不全症の全収縮期逆流性雑音であり、心尖部から左腋窩・背部へ放散する。左側臥位にすると心尖部が胸壁に最も近づくため聴取しやすくなる。前傾坐位で明瞭になる所見ではない。
体位・聴診器の使い分けと代表的所見
・前傾坐位+呼気終末で息止め:大動脈弁閉鎖不全症の拡張期逆流性雑音(膜型)、心膜摩擦音。 ・左側臥位:心尖部の所見。 -僧帽弁閉鎖不全症の全収縮期雑音(膜型) -僧帽弁狭窄症の拡張期ランブル(低調なのでベル型) -Ⅲ音・Ⅳ音(低調なのでベル型) ・吸気で増強:右心系の雑音(三尖弁閉鎖不全症の収縮期雑音など、Rivero-Carvallo徴候)。
聴診器の使い分け
膜型は高調音(Ⅱ音の分裂、大動脈弁閉鎖不全症の雑音、僧帽弁閉鎖不全症の雑音など)に適し、胸壁に強く押し当てて使う。ベル型は低調音(Ⅲ音、Ⅳ音、僧帽弁狭窄症の拡張期ランブル)に適し、胸壁に軽く当てて使う。強く押し当てると皮膚が膜の役割を果たし、低調音が聴き取りにくくなる。
心基部の拡張期雑音
大動脈弁閉鎖不全症のほか、肺高血圧に伴う肺動脈弁閉鎖不全症の拡張期雑音(Graham Steell雑音)も心基部(胸骨左縁上部)で聴かれる。
大動脈弁閉鎖不全症の主な身体所見
脈圧の増大(収縮期血圧上昇・拡張期血圧低下)、速脈(大脈)、Austin Flint雑音(心尖部の拡張期ランブル)、de Musset徴候(拍動に一致した頭部の揺れ)、Quincke徴候(爪床の毛細血管拍動)などがある。
POINT
・前傾坐位(+呼気終末息止め)で明瞭になるのは、大動脈弁閉鎖不全症の拡張期逆流性雑音(心基部・Erb領域)と心膜摩擦音。 ・左側臥位で明瞭になるのは心尖部の所見(Ⅲ音、僧帽弁閉鎖不全症・僧帽弁狭窄症の雑音)。 ・高調音は膜型を強く当てて、低調音はベル型を軽く当てて聴く。
