僧帽弁を閉じる5つの部品―「どこが壊れたか」で逆流の原因を見抜く
第112回医師国家試験 D問題 第9問
国試問題にチャレンジ
僧帽弁閉鎖不全症の原因になりにくいのはどれか。
- a.急性心筋梗塞
- b.拡張型心筋症
- c.上行大動脈瘤
- d.感染性心内膜炎
- e.僧帽弁の粘液変性
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
僧帽弁は弁尖・弁輪・腱索・乳頭筋・左室壁からなる僧帽弁装置全体で閉鎖しており、そのどこが障害されても僧帽弁閉鎖不全症が生じます。粘液変性による僧帽弁逸脱や感染性心内膜炎は弁尖・腱索を直接傷める一次性の原因であり、拡張型心筋症や心筋梗塞後のリモデリングは左室・弁輪の変形による二次性の原因、急性心筋梗塞の乳頭筋断裂は突然の高度逆流をもたらす機械的合併症です。これに対し上行大動脈瘤が影響するのは大動脈弁で、起こるのは大動脈弁閉鎖不全症であり、僧帽弁閉鎖不全症の原因にはなりにくいと整理できます。急性の逆流は肺水腫やショックを招きやすく、慢性の逆流は代償により長く無症状で経過するという違いも臨床上重要です。弁膜症を「どの構造が壊れたか」で考える習慣は、聴診や心エコー所見の解釈、治療選択の土台となります。
解答・解説
正解はcです
問われていること
僧帽弁が収縮期にしっかり閉じるには、僧帽弁装置と呼ばれる構造がそろって正常に働く必要がある。僧帽弁装置は、①弁尖(前尖・後尖)、②弁輪、③腱索、④乳頭筋、⑤乳頭筋が付着する左心室壁から成る。僧帽弁閉鎖不全症(MR:mitral regurgitation)は、このいずれかが障害されると起こる。原因は大きく次の2つに分けられる。 ・一次性(器質性)MR:弁尖や腱索そのものの異常。粘液変性による僧帽弁逸脱、感染性心内膜炎による弁破壊・腱索断裂、リウマチ性変化、乳頭筋断裂など。 ・二次性(機能性)MR:弁自体はほぼ正常だが、左心室の拡大や変形によって弁尖が左室側に引っ張られ(tethering)、弁輪も拡大して、前尖と後尖がうまく合わさらない状態。拡張型心筋症や陳旧性心筋梗塞(虚血性MR)など。なお心房細動などによる左心房・弁輪の拡大でも生じる(心房性機能性MR)。
本問の判断
各選択肢が僧帽弁装置のどこに影響するかを考える。急性心筋梗塞は乳頭筋と左室壁、拡張型心筋症は左室と弁輪、感染性心内膜炎は弁尖と腱索、粘液変性は弁尖と腱索に異常を起こす。いずれもMRの原因となる。これに対し上行大動脈は大動脈弁より遠位(心臓から離れた側)にある血管である。上行大動脈瘤が拡大して大動脈弁輪に及ぶと影響を受けるのは大動脈弁であり、起こるのは大動脈弁閉鎖不全症(AR)である。僧帽弁装置には直接関与しないため、MRの原因になりにくいのは上行大動脈瘤である。
選択肢考察
- ×a. 急性心筋梗塞
急性心筋梗塞はMRの原因になる。乳頭筋を含む領域が梗塞に陥ると、乳頭筋断裂という機械的合併症が起こり得る。断裂すると弁尖を支えられなくなり、突然高度のMRが生じて急性肺水腫や心原性ショックに陥る。発症後数日以内(おおむね1週間以内)に多く、新たな収縮期雑音の出現が手がかりとなる。後乳頭筋は右冠動脈(または回旋枝)の単独支配であることが多いため、下壁梗塞で断裂しやすい。断裂に至らなくても、乳頭筋の虚血による機能不全や、梗塞後の左室のリモデリングによって乳頭筋の位置がずれ、弁尖が引っ張られることでもMRが起こる。
- ×b. 拡張型心筋症
拡張型心筋症はMRの原因になる。拡張型心筋症では左心室が球状に拡大し、収縮力も低下する。左室の拡大に伴って乳頭筋が外側・心尖側へ移動するため、腱索を介して弁尖が左室側へ引っ張られる(tethering)。さらに弁輪も拡大し、前尖と後尖の接合が浅く不十分になって逆流が生じる。弁自体には器質的異常がない二次性(機能性)MRの代表例である。MRによる容量負荷が左室拡大をさらに進める悪循環となり、心不全を悪化させる。
- ○c. 上行大動脈瘤
上行大動脈瘤はMRの原因になりにくい。上行大動脈は大動脈弁の遠位に続く血管である。瘤が大動脈基部(Valsalva洞から弁輪)まで拡大すると、大動脈弁の弁尖が中央で合わさらなくなり、大動脈弁閉鎖不全症(AR)を起こす。Marfan症候群の大動脈弁輪拡張症(AAE:annuloaortic ectasia)がその典型である。一方、僧帽弁の弁尖・弁輪・腱索・乳頭筋・左室壁のいずれにも直接の影響を与えないため、一般にMRの原因とはならない。なお、Marfan症候群では結合組織の異常によって僧帽弁逸脱を合併しMRをきたすことがある。ただしこれは僧帽弁自体の変性によるもので、大動脈瘤の結果ではない。
- ×d. 感染性心内膜炎
感染性心内膜炎はMRの原因になる。感染性心内膜炎は、弁や心内膜に細菌などが付着して疣腫(vegetation)を形成する疾患である。僧帽弁が侵されると、弁尖の破壊・穿孔、腱索の断裂、弁輪部膿瘍などが起こり、弁がしっかり閉じなくなる。急激に生じたMRは急性心不全を招き、外科的治療(弁形成術・弁置換術)の適応となることが多い。もともとMRや僧帽弁逸脱がある弁は感染性心内膜炎を起こしやすく、両者は互いに関連する。
- ×e. 僧帽弁の粘液変性
僧帽弁の粘液変性はMRの原因になる。粘液変性(粘液腫様変性)では、弁の組織にプロテオグリカンなどの基質が沈着してもろくなり、弁尖が肥厚・過剰になり、腱索が延長する。その結果、収縮期に弁尖が左心房側へ落ち込む僧帽弁逸脱症(MVP:mitral valve prolapse)を生じ、前尖と後尖の接合がずれて逆流が起こる。腱索断裂を合併すると、弁尖が左房内へ大きく翻転する(flail leaflet)高度のMRとなる。現在の先進国では、器質性MRの原因として最も多い。聴診では収縮中期クリックと収縮後期雑音が特徴である。
僧帽弁閉鎖不全症の原因の変遷
かつてはリウマチ熱の後遺症であるリウマチ性弁膜症が主な原因であった。現在の日本ではリウマチ熱が激減し、粘液変性による僧帽弁逸脱が器質性MRの原因の多くを占める。そのほか、虚血性心疾患(心筋梗塞後の乳頭筋断裂・機能不全、左室リモデリング)、拡張型心筋症、感染性心内膜炎、Marfan症候群などの結合組織疾患、心房細動に伴う左房・弁輪の拡大などが原因となる。
急性MRと慢性MRの違い
・急性MR(乳頭筋断裂、腱索断裂、感染性心内膜炎など):左心房が拡張して逆流を受け止める余裕がないため、左房圧が急上昇し、急性肺水腫や心原性ショックを起こす。緊急手術が必要になることが多い。 ・慢性MR(粘液変性、二次性MRなど):左心房と左心室が徐々に拡大して代償するため、長期間無症状で経過する。心房細動を合併しやすい。聴診では心尖部に汎収縮期雑音を聴取し、腋窩へ放散する。
大動脈病変と弁膜症の関係
上行大動脈瘤や大動脈弁輪拡張症(Marfan症候群、大動脈二尖弁に伴う大動脈拡張など)、Stanford A型大動脈解離では、大動脈弁閉鎖不全症(AR)が生じる。大動脈の病変が影響するのは大動脈弁であり、僧帽弁ではないと整理しておく。
POINT
・僧帽弁装置(弁尖・弁輪・腱索・乳頭筋・左室壁)のどこが障害されてもMRは起こる。 ・MRの原因:粘液変性による僧帽弁逸脱(現在最多)、心筋梗塞後の乳頭筋断裂・機能不全、拡張型心筋症(機能性MR)、感染性心内膜炎、リウマチ性。 ・上行大動脈瘤が起こすのは大動脈弁閉鎖不全症(AR)であり、MRではない。 ・急性心筋梗塞後に急性肺水腫と新たな収縮期雑音が出現したら、乳頭筋断裂を疑う。
