体は「省エネモード」に入っている―神経性やせ症の身体所見を機序で読み解く
第112回医師国家試験 D問題 第71問
国試問題にチャレンジ
17歳の女子。るいそうのため入院中である。高校に入学した1年半前から,痩せるために食事摂取量を減らすようになった。その後,食事制限に加えて毎朝6時から3kmのジョギングを始めたところ,4か月前から月経がなく,1か月前から倦怠感を強く自覚するようになった。自己誘発性の嘔吐や下剤の乱用はない。入院後も食事摂取量は少なく,「太りたくない」と訴える。小学校,中学校では適応上の問題は特になく,学業成績は良好であった。身長158cm,体重30kg。 この患者で認められる可能性が高いのはどれか。2つ選べ。
- a.徐脈
- b.低体温
- c.恥毛脱落
- d.高カリウム血症
- e.高プロラクチン血症
対話形式の解説
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ドクターまとめ
思春期女性がやせ願望・肥満恐怖から食事制限や過活動を続け、著しい低体重に至っていれば神経性やせ症を考えます。飢餓への適応として体は「省エネモード」となり、low T3症候群と迷走神経緊張の亢進により徐脈・低血圧・低体温が生じ、GnRH分泌低下による視床下部性無月経や産毛の増加もみられます。低カリウム血症は嘔吐や下剤乱用など排出行動に伴う所見であり、恥毛・腋毛の脱落は下垂体前葉機能低下症やAddison病、高プロラクチン血症はプロラクチノーマや薬剤性で考える所見です。再栄養時にはリフィーディング症候群(特に低リン血症)に注意し、段階的に栄養を増やす必要があります。身体所見を「飢餓への適応」「排出行動の影響」「他疾患の所見」に分けて理解することは、重症度の評価や安全な治療計画の土台になります。
解答・解説
正解はa, bです
所見の整理
・17歳女子、思春期発症。 ・やせたいという動機で1年半前から食事量を減らした(やせ願望・食行動の異常)。 ・さらに毎朝3kmのジョギングを続けている。低栄養なのに活動量が多い(過活動)。 ・4か月前から無月経、1か月前から強い倦怠感がある。 ・自己誘発性嘔吐や下剤の乱用といった排出行動はない。 ・入院後も食事を十分にとらず「太りたくない」と訴える(肥満恐怖・病識の乏しさ)。 ・病前の適応や学業成績は良好で、まじめで努力家の病前性格を思わせる。 ・身長158cm、体重30kg。BMI(body mass index)=30÷(1.58×1.58)≒12.0 kg/m²で、高度のやせである。
診断へのプロセス
思春期女子が、やせ願望と肥満恐怖から食事制限と過剰な運動を続け、BMI約12という著しい低体重に陥っている。しかも本人は体重増加を拒んでいる。これは神経性やせ症(神経性食思不振症、anorexia nervosa:AN)の典型像である。過食や排出行動がないことから、病型は「摂食制限型」と考えられる。 やせの鑑別として、甲状腺機能亢進症(頻脈や発汗、食欲亢進を伴う)、糖尿病、炎症性腸疾患、悪性腫瘍、副腎不全、うつ病などが挙がる。しかし、本症例は「やせたい」という明確な動機と肥満恐怖をもち、意図的にエネルギー摂取を制限しているので、これらの疾患よりもANが最も考えやすい。
設問の考え方
ANの身体所見は、飢餓・低栄養に対して体が省エネモードに切り替わることで説明できる。エネルギー消費を抑えるため、甲状腺ホルモンのT3が低下し(low T3症候群)、迷走神経の緊張も高まる。その結果、徐脈・低血圧・低体温が生じる。視床下部からの性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)の分泌も抑えられ、無月経となる。 一方、電解質異常(特に低カリウム血症)は主に嘔吐・下剤乱用といった排出行動に伴って生じる。本症例のように排出行動のない制限型では、高カリウム血症は考えにくい。
選択肢考察
- ○a. 徐脈
認められる可能性が高い。ANでは飢餓に適応するため基礎代謝が低下し、T4からT3への変換が抑えられて血中T3が低値となる(low T3症候群:TSHや甲状腺自体の異常はない)。加えて副交感神経(迷走神経)の緊張が亢進するため、洞性徐脈となる。心拍数が50/分未満、ときに40/分未満になることもある。低血圧や心筋萎縮を伴うことも多い。高度の徐脈やQT延長は致死的不整脈の危険因子であり、入院治療を考える目安の一つになる。
- ○b. 低体温
認められる可能性が高い。低栄養によって熱産生が減り(基礎代謝の低下とlow T3)、断熱材としての皮下脂肪も失われるため、体温は36℃未満に下がりやすい。手足の冷感や末梢循環不全(肢端チアノーゼ)もしばしばみられる。徐脈・低血圧と同じく、飢餓に対するエネルギー節約の反応として理解するとよい。
- ×c. 恥毛脱落
考えにくい。ANでは、背部や四肢、顔面に細く柔らかい産毛(うぶ毛)が濃くなる。頭髪が薄くなったり乾燥したりすることもある。しかし、恥毛や腋毛は通常保たれる。恥毛・腋毛の脱落は、成人では主に副腎由来のアンドロゲンが失われることで起こる。そのため、下垂体前葉機能低下症(Sheehan症候群など、ACTH・ゴナドトロピンの欠乏)や副腎皮質機能低下症(Addison病)でみられる。ANとこれらの疾患を区別する点として重要である。
- ×d. 高カリウム血症
考えにくい。ANでみられるカリウム異常は「低カリウム血症」である。自己誘発性嘔吐(胃液の喪失による代謝性アルカローシスと腎からのK排泄の増加)、下剤や利尿薬の乱用によって起こるのが典型である。本症例には排出行動がないため、大きな電解質異常は起こりにくい。ただし、カリウム摂取不足から低カリウム傾向となることはありうる。なお、栄養療法を始めたときには、リフィーディング症候群による低リン血症・低カリウム血症・低マグネシウム血症に注意が必要である。
- ×e. 高プロラクチン血症
考えにくい。ANの無月経は、体重減少とエネルギー不足により視床下部のGnRH分泌が抑えられ、LH・FSHが低下して起こる(視床下部性無月経)。プロラクチンは正常〜低値であり、高プロラクチン血症は無月経の原因ではない。高プロラクチン血症による無月経・乳汁漏出は、プロラクチノーマ、ドパミン受容体拮抗作用をもつ薬物(抗精神病薬、スルピリド、メトクロプラミドなど)、原発性甲状腺機能低下症などでみられる。
神経性やせ症(AN)の診断(DSM-5の要点)
1. 必要量に比べてエネルギー摂取を制限し、年齢・性別・発達・身体の健康状態からみて有意に低い体重に至っている。 2. 有意に低い体重であるにもかかわらず、体重増加や肥満への強い恐怖、または体重増加を妨げる行動が続く。 3. 自分の体重や体型の感じ方の障害、自己評価が体重・体型に過剰に左右される、または現在の低体重の深刻さを認識していない。 ・病型:摂食制限型(過去3か月間に過食や排出行動がない)と、過食・排出型。 ・重症度(成人のBMI):軽度17以上、中等度16〜16.99、重度15〜15.99、最重度15未満。本症例(BMI約12)は最重度に相当する。 ・DSM-IVまでは無月経が診断基準に含まれていたが、DSM-5で削除された。
ANの身体所見・検査所見
〈低栄養・飢餓によるもの〉 ・バイタル:徐脈、低血圧、低体温 ・皮膚・毛髪:乾燥、産毛の増加、頭髪の脱毛、柑皮症(カロテン血症による手掌・足底の黄染)、下腿浮腫(特に再栄養時) ・内分泌:low T3症候群(T3低値、TSHは正常)、LH・FSH・エストロゲン低値(無月経)、コルチゾール高値、GH高値・IGF-1低値 ・検査:白血球減少・貧血、AST・ALT上昇、高コレステロール血症、低血糖 ・その他:骨粗鬆症(エストロゲン欠乏による)、便秘、胃排出遅延、脳萎縮(偽性脳萎縮) 〈嘔吐・下剤乱用によるもの〉 ・低カリウム血症、代謝性アルカローシス(嘔吐による)、血清アミラーゼ高値(唾液腺型)、唾液腺(耳下腺)腫脹、歯のエナメル質の侵食・う歯、吐きだこ(Russell徴候:手の甲の胼胝)
治療上の注意
・高度のやせ、徐脈、低血圧、電解質異常、低血糖などは入院治療の適応となる。 ・急に栄養を補給すると、リフィーディング症候群(低リン血症を中心とする電解質異常、心不全、意識障害)を起こしうる。少ないエネルギー量から始め、リン・カリウム・マグネシウムを監視しながら段階的に増やす。 ・心理教育、認知行動療法、家族療法(思春期では特に有効)を組み合わせる。
POINT
・思春期女性+やせ願望・肥満恐怖+食事制限・過活動+著しい低体重 → 神経性やせ症を考える。 ・低栄養への適応として、徐脈・低血圧・低体温・無月経・産毛の増加・low T3が起こる。 ・低カリウム血症は嘔吐・下剤乱用といった排出行動に伴う所見であり、高カリウム血症ではない。 ・無月経は視床下部性(GnRH低下)であり、高プロラクチン血症によるものではない。 ・恥毛・腋毛の脱落は下垂体機能低下症やAddison病の所見で、ANでは通常保たれる。 ・再栄養時はリフィーディング症候群(低リン血症)に注意する。
