「逃げる」しこりは横に長い―若い女性の乳房腫瘤と線維腺腫の見極め方
第112回医師国家試験 D問題 第22問
国試問題にチャレンジ
22歳の女性。右乳房のしこりを主訴に来院した。右乳房に長径約2cmの卵形の腫瘤を触知する。腫瘤は表面平滑で弾性硬,可動性は良好で圧痛を認めない。乳頭からの分泌物を認めない。乳房超音波像を別に示す。 最も考えられるのはどれか。

- a.乳癌
- b.乳腺症
- c.Mondor病
- d.乳管内乳頭腫
- e.乳腺線維腺腫
対話形式の解説
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ドクターまとめ
10〜30歳代の女性にみられる、表面平滑・弾性硬・可動性良好で圧痛のない卵形の乳房腫瘤は、まず乳腺線維腺腫を考えます。超音波で横長の楕円形(D/W比が小さい)、境界明瞭平滑、内部エコー均一といった良性パターンを示せば診断を強く支持し、縦長、形状不整、後方エコー減弱、微細石灰化などがあれば乳癌を疑います。周期的な両側の乳房痛なら乳腺症、乳頭からの血性分泌なら乳管内乳頭腫、皮下の索状物ならMondor病と、主訴と所見の特徴から鑑別を進めます。線維腺腫は典型例なら経過観察が基本ですが、急速に増大する場合は葉状腫瘍を念頭に置く必要があります。年齢・触診・画像を組み合わせて良悪性を見極める考え方は、乳腺診療の基本であり、不要な不安や過剰な侵襲を避けることにもつながります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・22歳と若年の女性で、右乳房のしこりを自覚している。 ・触診:長径約2cmの卵形腫瘤。表面平滑、弾性硬(ゴムのような弾力のある硬さ)、可動性良好、圧痛なし。 ・乳頭分泌はない。 ・乳房超音波像:皮下の乳腺内に、横に長い楕円形の低エコー腫瘤がある。輪郭は滑らかで周囲との境界は明瞭、内部エコーはほぼ均一である。腫瘤の縦の厚みは横幅より小さく、縦横比(depth/width ratio:D/W比)は小さい。後方エコーの減弱はみられない。
診断へのプロセス
乳房腫瘤の鑑別では、まず年齢が大きな手がかりになる。10〜30歳代の若い女性に生じる孤立性腫瘤では線維腺腫が最も多く、乳癌は40歳代以降で頻度が高くなる。 次に触診所見をみる。線維腺腫も乳癌も硬く触れる点は共通するが、線維腺腫は表面が平滑で境界が明瞭、周囲組織に固定されずよく動く(「逃げる」ように動く)。乳癌は表面不整で境界が不明瞭、周囲に浸潤するため可動性が乏しく、皮膚のえくぼ徴候(dimpling)を伴うことがある。 さらに超音波所見では、良性腫瘤の特徴である「横長の楕円形・境界明瞭平滑・内部均一・D/W比小・境界部高エコー像(halo)なし」がそろっている。 乳頭分泌がないこと、圧痛がないこと、索状物ではなく境界明瞭な塊であることも他疾患を否定する材料になる。 以上の年齢・触診・画像所見の組み合わせから、乳腺線維腺腫と診断できる。
選択肢考察
- ×a. 乳癌
乳癌は40歳以降に多く、22歳では頻度が低い。触診では硬く、表面不整で境界不明瞭、周囲組織への浸潤のため可動性が不良となる。超音波では形状が不整で辺縁がギザギザ(分葉状・角状・スピキュラ)、内部エコーが不均一で、点状高エコー(微細石灰化)や後方エコーの減弱、境界部高エコー像(halo)を伴うことがある。また縦に長い(D/W比が大きい)腫瘤は浸潤性の発育を示唆する。本例は表面平滑・可動性良好で、超音波でも横長・境界明瞭・内部均一であり、乳癌の所見に合わない。
- ×b. 乳腺症
乳腺症は30〜40歳代に多く、女性ホルモンの不均衡を背景に乳腺組織が増殖性・退行性に変化する病態で、腫瘍ではない。両側性・多発性のことが多く、月経周期に伴って増悪する乳房痛や圧痛を訴えることが多い。触診では境界不明瞭な硬結として触れ、明確な腫瘤として捉えにくい。超音波では乳腺全体が不均一な豹紋状(まだら状)を呈し、小囊胞が散在することがある。本例のように境界明瞭で可動性の良い単発の卵形腫瘤とは合わない。
- ×c. Mondor病
Mondor病は前胸壁〜乳房の皮下にある表在静脈の血栓性静脈炎である。皮下に硬い索状物(ひも状のしこり)として触れ、圧痛や牽引時の皮膚の陥凹を伴うことがある。多くは自然軽快する良性疾患である。本例は索状ではなく卵形の腫瘤で、圧痛もなく、超音波でも境界明瞭な充実性腫瘤であるため合わない。
- ×d. 乳管内乳頭腫
乳管内乳頭腫は乳管上皮から発生する良性の乳頭状腫瘍で、30〜50歳代に多く、乳頭近くの太い乳管に生じやすい。主な症状は乳頭からの異常分泌、特に血性分泌である。超音波では拡張した乳管内の充実性病変や、囊胞内に突出する腫瘤として描出されることが多い。本例は乳頭分泌がなく、超音波でも乳管拡張や囊胞内腫瘤の像を示さないため、考えにくい。
- ○e. 乳腺線維腺腫
線維腺腫は10〜30歳代に好発する最も頻度の高い良性乳腺腫瘍である。乳管上皮と間質(線維性結合組織)の両方が増殖してできる腫瘤で、被膜様の境界をもつため、触診では表面平滑・弾性硬・可動性良好の卵形〜類円形腫瘤として触れ、通常圧痛はない。超音波では横長の楕円形(D/W比が小さい)、境界明瞭平滑、内部エコー均一な低エコー腫瘤を呈し、後方エコーは不変〜やや増強する。本例は年齢・触診・超音波所見のすべてがこれに一致する。
乳腺線維腺腫の概要
・好発:10〜30歳代。思春期以降のエストロゲン作用と関係し、妊娠・授乳期に増大し、閉経後は退縮・硝子化して粗大石灰化を伴うことがある。 ・多くは単発だが、多発・両側性のこともある。大きさは2〜3cm程度までが多い。 ・悪性化はまれで、典型例では経過観察が基本となる。診断に迷う場合は穿刺吸引細胞診や針生検で確認し、増大傾向や大きなものでは摘出を考慮する。 ・葉状腫瘍との鑑別:同じく上皮と間質の増殖からなるが、間質成分の増殖が優位で、急速に増大し巨大化しやすい。良性・境界病変・悪性に分類され、再発しやすいため、急速増大する「線維腺腫様」腫瘤では葉状腫瘍を疑う。
乳房腫瘤の鑑別の要点
・線維腺腫:若年、表面平滑、弾性硬、可動性良好、超音波で横長楕円・境界明瞭・内部均一。 ・乳癌:中高年、硬い、表面不整、可動性不良、皮膚のえくぼ徴候、超音波で形状不整・境界不明瞭・縦長(D/W比大)・内部不均一・後方エコー減弱・点状高エコー・halo。 ・乳腺症:30〜40歳代、両側性、周期性の乳房痛、境界不明瞭な硬結、超音波で豹紋状。 ・乳管内乳頭腫:乳頭からの血性分泌、超音波で乳管拡張と乳管内腫瘤。 ・Mondor病:皮下の索状物、表在静脈の血栓性静脈炎。 ・乳腺囊胞:超音波で無エコー、後方エコー増強。
POINT
・若年女性の表面平滑・弾性硬・可動性良好な乳房腫瘤は乳腺線維腺腫をまず考える。 ・超音波では横長楕円形(D/W比小)、境界明瞭平滑、内部エコー均一が良性を示唆する。 ・乳癌は縦長(D/W比大)、境界不明瞭・不整、内部不均一、後方エコー減弱、微細石灰化が特徴。 ・乳頭血性分泌→乳管内乳頭腫、皮下索状物→Mondor病、両側性の周期的乳房痛→乳腺症。
