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「聞こえるのに、わからない」―老人性難聴の主役は蝸牛の有毛細胞

第112回医師国家試験 B問題 第9問

国試問題にチャレンジ

第112回 B問題 第9問

老人性難聴の発症に最も関連が深いのはどれか。

  1. a.鼓膜
  2. b.耳管
  3. c.耳小骨
  4. d.迷路動脈
  5. e.有毛細胞

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は老人性難聴、つまり加齢性難聴がどこの障害で起こるかを問う問題だ。選択肢には耳の構造がいくつも並んでいるけれど、まず「この難聴は伝音難聴か、感音難聴か」を決めるのが着眼点になる。老人性難聴はどちらだと思う?
医学生医学生
高齢の方は耳が遠くなるので、鼓膜や耳小骨が硬くなって音が伝わりにくくなるのかな、と最初は思いました。
ドクタードクター
直感的にはそう考えたくなるよね。でも老人性難聴は、両側ほぼ対称にゆっくり進む感音難聴なんだ。伝音難聴は外耳や中耳、つまり鼓膜・耳小骨・耳管などで音の伝わりが妨げられるもの。感音難聴は内耳の蝸牛から聴神経、中枢までの「音を感じ取る」経路の障害だ。
医学生医学生
耳鼻科の講義で、伝音系と感音系を分けて考えるように言われました。そうすると、鼓膜、耳管、耳小骨の3つは伝音系なので候補から外れますね。
ドクタードクター
その整理が一番の近道だ。一つずつ確認しておこう。鼓膜は加齢で薄くなったり混濁したりすることはあるけれど、聴力への影響はわずかだ。耳小骨も関節が骨化・変性することはあるが、音の伝わり方にはほとんど影響しない。
医学生医学生
耳小骨の動きが悪くなって難聴になるのは、耳硬化症でしたよね。
ドクタードクター
そう、耳硬化症はアブミ骨の固着による伝音難聴で、老人性難聴とは別の疾患だ。耳管はどうかな。
医学生医学生
耳管は中耳の換気をする管なので、機能が落ちると滲出性中耳炎になりそうです。でもそれも伝音難聴ですね。
ドクタードクター
その通り。高齢者でも上気道炎などをきっかけに滲出性中耳炎になることはあるけれど、それは伝音難聴で、両側対称に進む老人性難聴の原因ではない。では残りの2つ、迷路動脈と有毛細胞はどちらも内耳に関係するけれど、どう考える?
医学生医学生
迷路動脈は内耳を栄養する血管ですよね。動脈硬化で血流が落ちれば内耳が傷みそうなので、少し迷います。
ドクタードクター
鋭いところを突いてきたね。迷路動脈は多くの場合、前下小脳動脈から分かれる終動脈で、詰まると内耳の虚血で急激な高度感音難聴やめまいが起こる。動脈硬化による血流低下が老人性難聴に関わる可能性は指摘されているけれど、老人性難聴は年単位で両側対称に進むものだから、迷路動脈が主な原因とはいえない。最も関連が深いのは有毛細胞だ。
医学生医学生
有毛細胞はコルチ器にあって、基底板の振動を電気信号に変える細胞でしたね。生理学の実習で蝸牛の模型を見ました。
ドクタードクター
そう。哺乳類の有毛細胞は一度失われると再生しない。だから騒音への曝露、酸化ストレス、血流低下などのダメージが長年積み重なって、少しずつ変性・脱落していく。特に障害を受けやすいのが、音を増幅する働きをもつ外有毛細胞だ。
医学生医学生
有毛細胞が減ると、どの音から聞こえにくくなるんですか。
ドクタードクター
障害は高い音を受け持つ蝸牛の基底回転から始まる。だからオージオグラムでは高音域から低下していく「高音漸傾型」になる。初期は4,000Hzや8,000Hzが落ちて、進行すると会話の音域にも及ぶんだ。
医学生医学生
基底回転が高音、頂回転が低音という対応は、CBTの勉強で覚えました。内耳の障害なので、補充現象も陽性になりますか。
ドクタードクター
なることが多いね。外有毛細胞の増幅機能が失われるから、小さい音は聞こえないのに、大きい音は急にうるさく響く。もう一つ特徴的なのが語音明瞭度の低下だ。患者さんは「音は聞こえるけれど言葉がわからない」と訴え、騒がしい場所での会話が特に苦手になる。
医学生医学生
臨床実習で、おじいさんに大声で話しかけたら「そんなに大きな声を出さなくても聞こえる」と言われたことがありました。補充現象だったのかもしれません。
ドクタードクター
まさにそれだね。大声よりも、正面から、ゆっくり、はっきり話すほうが伝わりやすい。少し発展的な話をすると、老人性難聴は有毛細胞だけでなく、血管条の萎縮やラセン神経節細胞の減少、さらに聴覚中枢路の加齢変化も重なって起こる。Schuknechtはこれを感覚性、神経性、血管条性、蝸牛伝音性に分類したけれど、実際には混在していることが多い。
医学生医学生
治療はあるんでしょうか。有毛細胞が再生しないなら、難しそうです。
ドクタードクター
根本的な治療法はなく、補聴器による聴覚補償が基本だ。高度なら人工内耳も選択肢になる。最近は、難聴が認知症の修正可能なリスク因子の一つとして注目されていて、早めの補聴が勧められている。騒音を避ける、耳毒性のある薬剤に注意する、動脈硬化や糖尿病を管理するといった予防的な視点も大切だよ。
医学生医学生
「耳が遠いのは年のせい」で済ませずに、聞こえを評価して補聴につなげることが大事なんですね。
ドクタードクター
その通り。聞こえを保つことは、コミュニケーションや生活の質を守ることにも直結するからね。

まとめ

老人性難聴は、加齢に伴い両側ほぼ対称にゆっくり進行する感音難聴で、主な病変は蝸牛コルチ器の有毛細胞、特に外有毛細胞の変性・脱落です。障害は高音を受け持つ基底回転から始まるため高音漸傾型の聴力像を示し、補充現象陽性や語音明瞭度の低下(「聞こえるが言葉がわからない」)を伴います。鼓膜・耳管・耳小骨は伝音系の構造であり、迷路動脈の閉塞は急激な感音難聴を起こすものの、緩徐に進む老人性難聴の主因ではありません。血管条の萎縮やラセン神経節細胞の減少も加わり、治療の基本は補聴器、高度例では人工内耳が選択肢となります。難聴は認知症の修正可能なリスク因子でもあり、伝音系と感音系を区別して病変部位を考える視点は、高齢者診療で聞こえを適切に評価する土台になります。

解答・解説

正解はeです

老人性難聴(加齢性難聴)は、加齢にともなって起こる両側性の感音難聴である。左右ほぼ対称で、ゆっくり進行する。 難聴は、障害部位によって二つに大別される。 ・伝音難聴:外耳・中耳(鼓膜、耳小骨、耳管など)で音の伝わりが妨げられて起こる。 ・感音難聴:内耳(蝸牛)から聴神経、中枢までの、音を感じ取る経路の障害で起こる。 老人性難聴の主な病変は内耳にある。蝸牛のコルチ器にある有毛細胞が、音の振動を電気信号に変える感覚細胞である。この有毛細胞が加齢とともに変性・脱落することが、老人性難聴の中心的な原因である。哺乳類の有毛細胞は、一度失われると再生しない。そのため、長年の騒音への曝露、酸化ストレス、血流の低下などによる障害が少しずつ積み重なって、難聴が進行する。 有毛細胞の障害は、高い音を受け持つ蝸牛の基底回転から始まる。このため、聴力検査では高音域から低下する「高音漸傾型」を示す。 解き方としては、選択肢を伝音系(鼓膜・耳管・耳小骨)、血管(迷路動脈)、感覚細胞(有毛細胞)に分けて考えればよい。そのうえで、加齢による感音難聴の主病変である感覚細胞を選ぶ。

選択肢考察

  1. ×a.  鼓膜

    鼓膜は、加齢によって薄くなったり(萎縮)、混濁や肥厚が起きたりすることがある。しかし、これらの変化が聴力に及ぼす影響はわずかである。また、鼓膜は伝音系の構造であり、感音難聴である老人性難聴の主な原因にはならない。

  2. ×b.  耳管

    耳管は、中耳と上咽頭をつなぐ管で、中耳の換気と圧の調節を担う。高齢者では耳管の機能が落ち、上気道炎や副鼻腔炎をきっかけに滲出性中耳炎を起こすことがある。ただし、その場合に起こるのは伝音難聴であり、加齢にともなって両側対称に進む感音難聴(老人性難聴)の原因ではない。

  3. ×c.  耳小骨

    加齢によって、耳小骨の関節(ツチ・キヌタ関節、キヌタ・アブミ関節)が骨化したり変性したりすることがある。しかし、音の伝わり方への影響はほとんどない。耳小骨の可動性が落ちて伝音難聴が起こる代表的な疾患は耳硬化症で、老人性難聴とは別の疾患である。

  4. ×d.  迷路動脈

    迷路動脈(内耳動脈)は、多くの場合、前下小脳動脈から分かれる。側副血行がない終動脈で、内耳に血液を送る。ここが閉塞すると、内耳の虚血によって急激な高度感音難聴やめまいが起こる(前下小脳動脈領域の梗塞など)。動脈硬化による内耳の血流低下が老人性難聴に関わる可能性は指摘されているが、老人性難聴は徐々に両側対称に進むものであり、迷路動脈は主な原因とはいえない。

  5. ○e.  有毛細胞

    有毛細胞は、蝸牛のコルチ器にある感覚細胞で、基底板の振動を電気信号に変える。加齢による変化を最も受けやすいのは外有毛細胞で、次いで内有毛細胞が障害される。外有毛細胞は音を増幅する働きを持つため、失われると小さな音が聞こえにくくなる。また、閾値上検査で補充現象が陽性となる(内耳性難聴)。障害は高音域を受け持つ基底回転から始まるため、高音漸傾型の聴力像となる。有毛細胞のほか、血管条の萎縮やラセン神経節細胞の減少も加わる。

老人性難聴の特徴

・両側性で左右ほぼ対称の感音難聴。徐々に進行する。 ・オージオグラムは高音漸傾型を示す。初期は8,000Hzや4,000Hzが低下し、進行すると会話の音域にも及ぶ。 ・語音明瞭度(言葉の聞き取りの良さ)が、純音の聴力の割に悪いことが多い。「音は聞こえるが言葉がわからない」と訴え、騒がしい場所での会話が苦手になる。 ・補充現象が陽性のことが多い。小さい音は聞こえないのに、大きい音は不快に響く。 ・耳鳴りを伴うことがある。

病変部位による分類(Schuknecht分類)

・感覚性:有毛細胞の脱落。高音域が急に落ちる型。 ・神経性:ラセン神経節細胞の減少。語音明瞭度が悪い。 ・血管条性(代謝性):血管条の萎縮。平坦型。 ・蝸牛伝音性(機械性):基底板が硬くなる。緩やかな高音漸傾型。 実際にはこれらが混在していることが多い。さらに、聴覚中枢路(脳幹から聴覚皮質)の加齢による変化も加わる。

悪化させる因子

騒音への曝露、動脈硬化、糖尿病、喫煙、耳毒性のある薬剤(アミノグリコシド系抗菌薬など)。

対応

根本的な治療法はなく、補聴器による聴覚補償が基本となる。高度の場合は人工内耳も選択肢になる。難聴は認知症の修正可能なリスク因子の一つとして注目されており、早めの補聴が勧められている。

POINT

・老人性難聴は、両側対称の感音難聴で、高音漸傾型を示す。 ・主な病変は内耳で、特に外有毛細胞の変性・脱落による。血管条の萎縮やラセン神経節細胞の減少も加わる。 ・鼓膜・耳管・耳小骨は伝音系であり、老人性難聴の主な原因ではない。 ・語音明瞭度の低下と補充現象の陽性(内耳性難聴)を伴う。 ・治療の基本は補聴器である。難聴は認知症の修正可能なリスク因子でもある。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。