「聞こえるのに、わからない」―老人性難聴の主役は蝸牛の有毛細胞
第112回医師国家試験 B問題 第9問
国試問題にチャレンジ
老人性難聴の発症に最も関連が深いのはどれか。
- a.鼓膜
- b.耳管
- c.耳小骨
- d.迷路動脈
- e.有毛細胞
対話形式の解説
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ドクターまとめ
老人性難聴は、加齢に伴い両側ほぼ対称にゆっくり進行する感音難聴で、主な病変は蝸牛コルチ器の有毛細胞、特に外有毛細胞の変性・脱落です。障害は高音を受け持つ基底回転から始まるため高音漸傾型の聴力像を示し、補充現象陽性や語音明瞭度の低下(「聞こえるが言葉がわからない」)を伴います。鼓膜・耳管・耳小骨は伝音系の構造であり、迷路動脈の閉塞は急激な感音難聴を起こすものの、緩徐に進む老人性難聴の主因ではありません。血管条の萎縮やラセン神経節細胞の減少も加わり、治療の基本は補聴器、高度例では人工内耳が選択肢となります。難聴は認知症の修正可能なリスク因子でもあり、伝音系と感音系を区別して病変部位を考える視点は、高齢者診療で聞こえを適切に評価する土台になります。
解答・解説
正解はeです
老人性難聴(加齢性難聴)は、加齢にともなって起こる両側性の感音難聴である。左右ほぼ対称で、ゆっくり進行する。 難聴は、障害部位によって二つに大別される。 ・伝音難聴:外耳・中耳(鼓膜、耳小骨、耳管など)で音の伝わりが妨げられて起こる。 ・感音難聴:内耳(蝸牛)から聴神経、中枢までの、音を感じ取る経路の障害で起こる。 老人性難聴の主な病変は内耳にある。蝸牛のコルチ器にある有毛細胞が、音の振動を電気信号に変える感覚細胞である。この有毛細胞が加齢とともに変性・脱落することが、老人性難聴の中心的な原因である。哺乳類の有毛細胞は、一度失われると再生しない。そのため、長年の騒音への曝露、酸化ストレス、血流の低下などによる障害が少しずつ積み重なって、難聴が進行する。 有毛細胞の障害は、高い音を受け持つ蝸牛の基底回転から始まる。このため、聴力検査では高音域から低下する「高音漸傾型」を示す。 解き方としては、選択肢を伝音系(鼓膜・耳管・耳小骨)、血管(迷路動脈)、感覚細胞(有毛細胞)に分けて考えればよい。そのうえで、加齢による感音難聴の主病変である感覚細胞を選ぶ。
選択肢考察
- ×a. 鼓膜
鼓膜は、加齢によって薄くなったり(萎縮)、混濁や肥厚が起きたりすることがある。しかし、これらの変化が聴力に及ぼす影響はわずかである。また、鼓膜は伝音系の構造であり、感音難聴である老人性難聴の主な原因にはならない。
- ×b. 耳管
耳管は、中耳と上咽頭をつなぐ管で、中耳の換気と圧の調節を担う。高齢者では耳管の機能が落ち、上気道炎や副鼻腔炎をきっかけに滲出性中耳炎を起こすことがある。ただし、その場合に起こるのは伝音難聴であり、加齢にともなって両側対称に進む感音難聴(老人性難聴)の原因ではない。
- ×c. 耳小骨
加齢によって、耳小骨の関節(ツチ・キヌタ関節、キヌタ・アブミ関節)が骨化したり変性したりすることがある。しかし、音の伝わり方への影響はほとんどない。耳小骨の可動性が落ちて伝音難聴が起こる代表的な疾患は耳硬化症で、老人性難聴とは別の疾患である。
- ×d. 迷路動脈
迷路動脈(内耳動脈)は、多くの場合、前下小脳動脈から分かれる。側副血行がない終動脈で、内耳に血液を送る。ここが閉塞すると、内耳の虚血によって急激な高度感音難聴やめまいが起こる(前下小脳動脈領域の梗塞など)。動脈硬化による内耳の血流低下が老人性難聴に関わる可能性は指摘されているが、老人性難聴は徐々に両側対称に進むものであり、迷路動脈は主な原因とはいえない。
- ○e. 有毛細胞
有毛細胞は、蝸牛のコルチ器にある感覚細胞で、基底板の振動を電気信号に変える。加齢による変化を最も受けやすいのは外有毛細胞で、次いで内有毛細胞が障害される。外有毛細胞は音を増幅する働きを持つため、失われると小さな音が聞こえにくくなる。また、閾値上検査で補充現象が陽性となる(内耳性難聴)。障害は高音域を受け持つ基底回転から始まるため、高音漸傾型の聴力像となる。有毛細胞のほか、血管条の萎縮やラセン神経節細胞の減少も加わる。
老人性難聴の特徴
・両側性で左右ほぼ対称の感音難聴。徐々に進行する。 ・オージオグラムは高音漸傾型を示す。初期は8,000Hzや4,000Hzが低下し、進行すると会話の音域にも及ぶ。 ・語音明瞭度(言葉の聞き取りの良さ)が、純音の聴力の割に悪いことが多い。「音は聞こえるが言葉がわからない」と訴え、騒がしい場所での会話が苦手になる。 ・補充現象が陽性のことが多い。小さい音は聞こえないのに、大きい音は不快に響く。 ・耳鳴りを伴うことがある。
病変部位による分類(Schuknecht分類)
・感覚性:有毛細胞の脱落。高音域が急に落ちる型。 ・神経性:ラセン神経節細胞の減少。語音明瞭度が悪い。 ・血管条性(代謝性):血管条の萎縮。平坦型。 ・蝸牛伝音性(機械性):基底板が硬くなる。緩やかな高音漸傾型。 実際にはこれらが混在していることが多い。さらに、聴覚中枢路(脳幹から聴覚皮質)の加齢による変化も加わる。
悪化させる因子
騒音への曝露、動脈硬化、糖尿病、喫煙、耳毒性のある薬剤(アミノグリコシド系抗菌薬など)。
対応
根本的な治療法はなく、補聴器による聴覚補償が基本となる。高度の場合は人工内耳も選択肢になる。難聴は認知症の修正可能なリスク因子の一つとして注目されており、早めの補聴が勧められている。
POINT
・老人性難聴は、両側対称の感音難聴で、高音漸傾型を示す。 ・主な病変は内耳で、特に外有毛細胞の変性・脱落による。血管条の萎縮やラセン神経節細胞の減少も加わる。 ・鼓膜・耳管・耳小骨は伝音系であり、老人性難聴の主な原因ではない。 ・語音明瞭度の低下と補充現象の陽性(内耳性難聴)を伴う。 ・治療の基本は補聴器である。難聴は認知症の修正可能なリスク因子でもある。
