肺の「壁」が壊れるとき―透過性亢進から読み解くARDSの病態
第112回医師国家試験 B問題 第8問
国試問題にチャレンジ
急性呼吸窮迫症候群〈ARDS〉の病態について正しいのはどれか。
- a.肺死腔減少
- b.肺内シャント減少
- c.肺血管透過性亢進
- d.肺サーファクタント増加
- e.肺コンプライアンス増加
対話形式の解説
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ドクターまとめ
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)は、肺炎や誤嚥などの直接損傷、敗血症や外傷、急性膵炎などの間接損傷をきっかけに、血管内皮と肺胞上皮のバリアが壊れて肺血管透過性が亢進し、蛋白に富む液体が漏れ出す非心原性肺水腫です。その結果、II型肺胞上皮の障害と滲出液による阻害でサーファクタントが減少・機能低下し、肺胞が虚脱して肺内シャントが増え、酸素投与だけでは改善しにくい低酸素血症をきたします。微小血栓や過膨張により死腔も増加し、肺コンプライアンスは低下して換気できる肺が小さい「baby lung」となります。診断にはBerlin定義(PaO2/FiO2比で重症度分類)が用いられ、治療は原因疾患の治療に加え、低1回換気量とPEEPを用いた肺保護換気や腹臥位療法などが柱です。透過性亢進を起点に各指標の増減を一連の流れとして理解することが、呼吸管理の考え方の土台になります。
解答・解説
正解はcです
急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome:ARDS)は、肺炎・誤嚥・敗血症・重症外傷・急性膵炎などをきっかけに急に起こる、非心原性の肺水腫である。肺への直接の障害と、全身の炎症による間接的な障害のどちらからも起こりうる。
病態の流れ
(1) 炎症性サイトカインや活性化した好中球が、肺胞と毛細血管の間の壁(血管内皮と肺胞上皮)を傷つける。 (2) 傷ついた壁は物質を通しやすくなり、蛋白質を多く含む液体が間質や肺胞の中にしみ出す。これが透過性亢進型の肺水腫である。 (3) 肺胞に水がたまると、II型肺胞上皮細胞が傷ついてサーファクタントが減り、さらに滲出液がサーファクタントの働きを妨げる。その結果、肺胞がつぶれやすくなる(無気肺)。 (4) 水がたまった肺胞やつぶれた肺胞には換気がないが、血流は残っている。この部分を流れた血液は酸素を受け取れないまま動脈側へ戻る。これが肺内シャントで、酸素を投与しても改善しにくい低酸素血症の主な原因になる。 (5) 肺は硬くなる(コンプライアンスが低下する)。さらに、肺の微小血管に血栓ができたり、換気される肺胞が過剰に膨らんだりして、死腔も増える。 このように、ARDSの出発点は肺血管の透過性亢進である。シャント・死腔・サーファクタント・コンプライアンスがそれぞれどちらの方向へ変化するかを、この一連の流れの中で理解することが問われている。
選択肢考察
- ×a. 肺死腔減少
死腔とは、換気はあるが血流がなくガス交換に役立たない部分である。ARDSでは、肺の微小血管の血栓や内皮の障害で血流が途絶えたり、陽圧換気で一部の肺胞が膨らみすぎて毛細血管が圧迫されたりするため、死腔は増加する。死腔の割合が大きいことは、ARDSの予後不良因子として知られている。減少はしない。
- ×b. 肺内シャント減少
肺胞が液体で満たされたりつぶれたりすると、換気のない部分を血液が流れることになり、肺内シャントは増加する。シャントの部分を流れる血液は高濃度酸素に触れないため、吸入酸素濃度(FiO2)を上げても低酸素血症が改善しにくい。これがARDSの低酸素血症の特徴である。つぶれた肺胞を呼気終末陽圧(PEEP)で開いておくことは、このシャントを減らす目的で行われる。
- ○c. 肺血管透過性亢進
ARDSの病態の中心である。炎症で血管内皮と肺胞上皮のバリアが壊れ、静水圧が上がっていなくても蛋白を多く含む液体が肺胞に漏れ出す(非心原性肺水腫)。左心不全による心原性肺水腫は、肺毛細血管の静水圧が上がることで起こり、水腫液に含まれる蛋白は少ない。この点で両者は区別される。
- ×d. 肺サーファクタント増加
サーファクタントは、II型肺胞上皮細胞がつくる物質で、肺胞の表面張力を下げてつぶれにくくする。ARDSでは、II型上皮細胞の障害によって量が減る。さらに、しみ出した血漿蛋白がサーファクタントの働きを妨げる。量と機能の両方が低下するため、肺胞はつぶれやすくなる。増加はしない。
- ×e. 肺コンプライアンス増加
コンプライアンスは肺の膨らみやすさを表す指標である。ARDSでは、肺水腫、肺胞の虚脱、サーファクタントの機能不全が重なるため低下し、肺は硬くなる。さらに、換気に使える肺の容量が減って「baby lung(小さくなった肺)」と呼ばれる状態になる。この状態で通常の量を換気すると、膨らみすぎによる肺損傷を起こす。病期が進んで線維化が起こると、コンプライアンスはさらに下がる。コンプライアンスが増加する代表的な疾患は肺気腫である。
診断基準(Berlin定義、2012年)
・発症時期:既知の誘因や、呼吸器症状の新たな出現・悪化から1週間以内 ・胸部画像:両側の浸潤影があり、胸水・無気肺・結節では説明できない ・肺水腫の原因:心不全や輸液過剰だけでは説明できない(必要なら心エコーなどで静水圧性の肺水腫を除外する) ・酸素化:PEEPまたはCPAPが5cmH2O以上の条件で、PaO2/FiO2比によって重症度を分類する。軽症は200より大きく300以下、中等症は100より大きく200以下、重症は100以下。 2023年に提唱されたGlobal definitionでは、高流量鼻カニュラ(30L/min以上)を使用中の患者や、SpO2/FiO2比による評価も含めるよう拡張された。
病期
滲出期(発症から約1週間。びまん性肺胞傷害による硝子膜形成)→ 増殖期 → 線維化期
主な原因
・直接損傷:肺炎、誤嚥、肺挫傷、溺水、有毒ガスの吸入 ・間接損傷:敗血症(最も多い)、重症外傷、急性膵炎、大量輸血(TRALI)、熱傷
治療の要点
原因疾患の治療に加えて、肺を守る換気(肺保護換気)を行う。具体的には、1回換気量を予測体重あたり6mL/kg前後とし、プラトー圧を30cmH2O以下に抑え、適切なPEEPをかける。中等症〜重症では腹臥位療法も行う。重症例では、体外式膜型人工肺(ECMO)を検討する。
POINT
・ARDSの本態は、肺胞と毛細血管の間の壁の透過性が亢進して起こる、非心原性の肺水腫である。 ・ARDSで増えるもの:肺血管透過性、肺内シャント、死腔。 ・ARDSで減るもの:サーファクタント、肺コンプライアンス、機能的残気量。 ・シャントが主体のため、酸素投与だけでは低酸素血症が改善しにくく、PEEPが有効である。 ・重症度はPaO2/FiO2比で判定する(300以下・200以下・100以下で、軽症・中等症・重症)。
