飲み過ぎた翌朝の意識障害―メトホルミンが潜ませる「乳酸」という落とし穴
第112回医師国家試験 A問題 第57問
国試問題にチャレンジ
48歳の男性。意識障害のため救急車で搬入された。同行した家人によると,3年前からかかりつけ医で2型糖尿病の内服治療を受けている。喫煙歴はないが,毎日缶ビール500mLを1,2本程度飲むという。昨日は糖尿病の薬を普段通りに内服し,夕食時に缶ビール3本に加えて日本酒2合を飲んで就寝した。朝になっても起きてこないので家人が様子を見に行ったところ反応がおかしかったので救急車を要請した。意識レベルはJCSⅡ-20。身長170cm,体重81kg。体温35.7℃。心拍数92/分,整。血圧156/98mmHg。呼吸数24/分。SpO2 99%(room air)。家人が持参してきていたお薬手帳を別に示す。 血糖に加えて,まず確認すべき血液検査項目はどれか。

- a.乳酸
- b.ケトン体
- c.インスリン
- d.アルコール
- e.血清浸透圧
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
糖尿病治療中の患者が意識障害で搬入されたら、まず血糖を測って低血糖を除外します。SU薬の内服と多量飲酒はそれ自体が遷延性低血糖の危険因子ですが、メトホルミン内服中であれば、乳酸アシドーシスも同時に疑う必要があります。メトホルミンによる糖新生抑制とアルコール代謝によるNADH増加が重なると乳酸が蓄積しやすく、SpO2が保たれた頻呼吸は代謝性アシドーシスの呼吸性代償を示唆するため、血液ガス分析で乳酸・pH・アニオンギャップを評価します。ケトン体は糖尿病ケトアシドーシス、血清浸透圧は高浸透圧高血糖状態、インスリン値は低血糖の原因精査で重視する項目であり、背景に応じて使い分けることが大切です。腎機能障害・脱水・過度の飲酒・造影剤使用といったメトホルミンの禁忌や休薬の場面を知っておくことは、日常診療での安全な処方にも直結します。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・48歳男性。3年前から2型糖尿病で内服治療中である。 ・お薬手帳から、次の2剤の併用であることがわかる。 グリメピリド:スルホニル尿素薬(SU薬)。膵β細胞からのインスリン分泌を促す。 メトホルミン:ビグアナイド薬。主に肝臓での糖新生を抑える。 ・ふだんの飲酒量は缶ビール500mLを1〜2本である。前夜は薬をいつもどおり飲んだうえで、ビール3本と日本酒2合という普段よりかなり多い量を飲み、翌朝に意識障害(JCSⅡ-20:刺激で開眼する程度)で発見された。 ・体温35.7℃と軽度の低体温がある。呼吸数24/分と頻呼吸だが、SpO2は99%と酸素化は保たれている。そのため頻呼吸は肺の異常ではなく、代謝性アシドーシスを呼吸で代償している(大きく深い呼吸=Kussmaul呼吸)可能性を考える。
診断へのプロセス
糖尿病治療中の患者の意識障害では、まず血糖を測定して低血糖を除外する。これは最優先であり、設問でも「血糖に加えて」と前提にされている。本例はSU薬を内服したうえで多量に飲酒し、夕食後に何も食べないまま朝を迎えている。アルコールは肝臓の糖新生を抑えるため、SU薬による遷延性低血糖は十分に起こりうる。 もう一つ見逃してはならないのが、メトホルミンの最も重篤な副作用である乳酸アシドーシスである。次の2つの機序が重なると、乳酸が急激に蓄積する。 (1) メトホルミンは肝臓で乳酸からブドウ糖を作る経路(糖新生)を抑えるため、乳酸が処理されにくくなる。 (2) 大量のアルコールが肝臓で代謝されると、NADH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)が増える。その結果、ピルビン酸が乳酸へ傾き、肝臓での乳酸の利用も妨げられる。 このため「過度のアルコール摂取」はメトホルミンの禁忌事項に挙げられている。頻呼吸もアシドーシスの代償として説明できる。 したがって、血糖とともにまず確認すべきなのは血中乳酸値である。実際には動脈血ガス分析で、pH・HCO3−・アニオンギャップと乳酸を同時に評価する。
選択肢考察
- ○a. 乳酸
メトホルミン内服中に過度の飲酒をしたという、乳酸アシドーシスの典型的な誘因がそろっている。頻呼吸(代償性の過換気)と意識障害もこれに合致する。乳酸アシドーシスは、血中乳酸の著しい上昇(一般に5 mmol/L=約45 mg/dL以上)とアシデミア(pH<7.35)を伴う代謝性アシドーシスである。致死率が高く、早く見つけて治療(輸液、原因薬の中止、重症例では血液透析による乳酸・メトホルミンの除去)を始める必要がある。そのため、血糖に次いでまず確認すべき項目である。
- ×b. ケトン体
ケトン体は、糖尿病ケトアシドーシス(DKA)を疑うときに必須の検査である。DKAは、1型糖尿病の発症時やインスリン注射の中断など、インスリン作用がほぼ完全に欠乏したときに起こりやすい。2型糖尿病でも、清涼飲料水の多飲(いわゆるペットボトル症候群)や感染症を契機に起こることはある。しかし本例にはそうしたエピソードがない。アルコール性ケトアシドーシスも鑑別には挙がるが、通常は長期の大量飲酒に続く食事摂取不良・嘔吐を背景とする。本例では、メトホルミンと多量飲酒の組み合わせから乳酸の確認が優先される。
- ×c. インスリン
血中インスリン値は、低血糖の原因を調べるとき(インスリノーマ、インスリン自己免疫症候群、インスリンの不適切な使用など)に意味をもつ検査である。結果が出るまでに時間がかかり、救急の場で治療方針を直ちに左右するものでもない。本例の意識障害の初期評価で、まず確認すべき項目ではない。
- ×d. アルコール
多量の飲酒歴があるため、急性アルコール中毒も鑑別に入り、血中アルコール濃度を測ること自体は有用である。しかし、飲酒から一晩経過していること、アルコール濃度がわかっても重篤な合併症の有無は判断できないことから、最優先とはいえない。メトホルミン内服中という背景を考えれば、致死的になりうる乳酸アシドーシスを確認することが先である。意識障害を安易に「酔っているだけ」と判断しないことが重要である。
- ×e. 血清浸透圧
血清浸透圧は、高浸透圧高血糖状態(HHS)を疑うときに重要な検査である。HHSは、高齢の2型糖尿病患者などで、感染症・手術・ステロイド投与・脱水などを契機に起こる。著しい高血糖(多くは600 mg/dL以上)、浸透圧利尿による高度の脱水、高浸透圧血症(多くは320 mOsm/kg以上)を特徴とし、数日かけて進行することが多い。本例は一晩の飲酒後の急な発症で、HHSを積極的に疑う経過ではない。なお、浸透圧ギャップの開大はメタノール・エチレングリコール中毒の手がかりにもなるが、本例の第一の確認項目ではない。
経口血糖降下薬と主な重篤な副作用
・SU薬(グリメピリド、グリクラジドなど):インスリン分泌を促すため、低血糖を起こしやすい。高齢者、腎機能障害、食事摂取不良、飲酒時には低血糖が長引きやすい。 ・ビグアナイド薬(メトホルミン):単独では低血糖を起こしにくいが、まれに乳酸アシドーシスを起こす。SU薬などと併用すると低血糖にも注意が必要になる。
メトホルミンと乳酸アシドーシス
乳酸アシドーシスを起こしやすい次のような状態は、メトホルミンの禁忌である。 ・乳酸アシドーシスの既往 ・重度の腎機能障害(eGFR 30 mL/分/1.73m²未満)や透析中:メトホルミンは腎から排泄されるため、体内にたまる。 ・重度の肝機能障害:乳酸を処理しにくい。 ・ショック、心不全、心筋梗塞、肺塞栓など、組織が低酸素になりやすい状態 ・過度のアルコール摂取 ・脱水、または脱水が懸念される下痢・嘔吐 ・重症感染症、手術前後、外傷など ヨード造影剤を使う検査の前後は、一時的に休薬する。 症状は悪心・嘔吐・腹痛などの消化器症状、倦怠感、筋肉痛、過呼吸から始まり、進行すると意識障害やショックに至る。検査ではアニオンギャップの開大した代謝性アシドーシスと高乳酸血症を認める。
糖尿病患者の意識障害の鑑別
・低血糖:SU薬・インスリン使用中、飲酒、食事摂取不良。直ちに血糖を測る。 ・DKA:主に1型糖尿病。高血糖、ケトン体陽性、代謝性アシドーシス。 ・HHS:主に高齢の2型糖尿病。著しい高血糖と高浸透圧、高度の脱水。ケトーシスは軽い。 ・乳酸アシドーシス:メトホルミン、ショック、低酸素、肝不全など。 ・その他:脳血管障害、アルコール関連(急性アルコール中毒、Wernicke脳症)など。
救急での初期対応
意識障害の患者では、まず簡易血糖測定で低血糖を除外する。低血糖であればブドウ糖を静注する。アルコール多飲者や低栄養が疑われる患者では、Wernicke脳症の予防としてビタミンB1の投与も考える。並行して動脈血ガス分析で酸塩基平衡と乳酸を評価する。
POINT
・糖尿病治療中の意識障害では、まず血糖測定で低血糖を除外する。SU薬内服と飲酒は低血糖の危険因子である。 ・メトホルミン内服中の患者に、過度の飲酒・脱水・腎機能障害・ショックなどが加わると乳酸アシドーシスを起こしうる。過度のアルコール摂取は禁忌である。 ・乳酸アシドーシスは、アニオンギャップ開大性の代謝性アシドーシスと高乳酸血症で診断する。頻呼吸(代償性過換気)が手がかりになる。 ・ケトン体はDKA、血清浸透圧はHHS、インスリン値は低血糖の原因精査で重視する項目である。
