息を吸う主役はどこにいる?―横隔膜から整理する呼吸筋の役割分担
第111回医師国家試験 D問題 第4問
国試問題にチャレンジ
吸気に最も関与している筋はどれか。
- a.僧帽筋
- b.横隔膜
- c.内腹斜筋
- d.胸鎖乳突筋
- e.気道平滑筋
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
吸気は能動的な過程で、その主役は横隔膜です。横隔膜は横隔神経(C3〜C5)の支配を受け、収縮して下降することで胸腔を広げ、安静時換気の大部分を担います。安静吸気では外肋間筋が補助し、努力吸気では胸鎖乳突筋や斜角筋群などの補助筋が動員されます。一方、安静呼気は肺と胸郭の弾性による受動的な過程で、努力呼気には内肋間筋や内腹斜筋を含む腹筋群が働きます。気道平滑筋は気道抵抗を調節する筋で、呼吸運動そのものは生み出しません。この役割分担を理解しておくと、COPDでの補助筋の使用、高位頸髄損傷での呼吸停止、横隔神経麻痺や奇異性呼吸といった臨床所見を筋道立てて解釈できます。
解答・解説
正解はbです
呼吸運動は、呼吸筋が胸郭の容積を変えることで起こる。胸郭が広がると胸腔内圧(胸膜腔内圧)がさらに陰圧になり、肺が受動的に膨らんで肺胞内圧が大気圧より低くなるため、空気が気道を通って流入する(吸気)。肺そのものには自ら膨らむ筋はなく、換気はすべて胸郭と横隔膜の動きに依存している。
安静時の呼吸
吸気は能動的な過程で、主に横隔膜の収縮によって行われ、外肋間筋がこれを補助する。横隔膜はドーム状の筋で、収縮すると下降して胸腔を上下方向に広げる。安静時の換気量(1回換気量)の大部分(およそ3分の2~4分の3)は横隔膜の働きによる。一方、安静時の呼気は筋収縮をほとんど必要とせず、肺と胸郭の弾性によって元に戻る受動的な過程である。
努力呼吸
運動時や呼吸困難時には呼吸補助筋が動員される。吸気では胸鎖乳突筋、斜角筋群、大胸筋・小胸筋などが胸郭を引き上げる。呼気では内肋間筋や腹筋群(腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋)が収縮し、腹圧を高めて横隔膜を押し上げ、胸郭を引き下げる。 したがって、吸気に最も関与している筋は横隔膜である。
選択肢考察
- ×a. 僧帽筋
誤り。僧帽筋は背部の最も表層にある大きな筋で、副神経(第Ⅺ脳神経)と頸神経の支配を受け、肩甲骨の挙上・内転・回旋や頸部の伸展に働く。上部線維が肩甲帯を引き上げることで努力吸気を間接的に助けると説明されることもあるが、呼吸への関与は小さく、吸気の主役ではない。
- ○b. 横隔膜
正しい。横隔膜は胸腔と腹腔を隔てるドーム状の骨格筋で、最も重要な吸気筋である。横隔神経(主に第3~第5頸髄、C3~C5)の支配を受け、収縮するとドームが平らになって下降し、胸腔を上下方向に拡大させる。下降の幅は安静呼吸で1~2cm程度であるが、深呼吸では大きく増す。安静時の換気の大部分をこの筋が担う。高位頸髄損傷(C3より上)で横隔神経が障害されると自発呼吸が保てなくなるのはこのためである。
- ×c. 内腹斜筋
誤り。内腹斜筋は側腹壁を構成する筋(外腹斜筋・内腹斜筋・腹横筋)の一つで、体幹の屈曲・回旋に働くほか、腹圧を高める。呼吸では、収縮によって腹圧を上げて横隔膜を押し上げ、下位肋骨を引き下げるので、努力呼気(咳や強制呼出など)を補助する呼気筋である。吸気には働かない。
- ×d. 胸鎖乳突筋
誤り。胸鎖乳突筋は胸骨・鎖骨から側頭骨の乳様突起に付く頸部の筋で、副神経の支配を受け、頭部の回旋や屈曲に働く。頭部が固定された状態では胸骨と鎖骨を引き上げるので、斜角筋群とともに努力吸気時の呼吸補助筋として働く。COPD(慢性閉塞性肺疾患)など呼吸困難のある患者でこの筋の肥大や収縮が目立つのはそのためである。しかし安静呼吸ではほとんど働かず、吸気への関与は横隔膜に及ばない。
- ×e. 気道平滑筋
誤り。気道平滑筋は気管・気管支の壁を取り巻く平滑筋で、自律神経(迷走神経由来の副交感神経による収縮など)や化学伝達物質によって気道内径を調節し、気道抵抗を変化させる。収縮すれば気道が狭くなり(気管支喘息の気道狭窄はこの例)、弛緩すれば広がる。しかし胸郭を動かして空気を出し入れする呼吸運動そのものを生み出す筋ではない。
呼吸筋の整理
・安静吸気:横隔膜(主)、外肋間筋(肋骨を引き上げて胸郭の前後径・横径を広げる) ・努力吸気(呼吸補助筋):胸鎖乳突筋、斜角筋群(前・中・後)、大胸筋・小胸筋、僧帽筋上部など ・安静呼気:原則として筋活動を要しない受動的過程(肺・胸郭の弾性収縮力による) ・努力呼気:内肋間筋、腹筋群(腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋)
神経支配
横隔膜は横隔神経(C3~C5)、肋間筋は肋間神経(胸神経前枝)、胸鎖乳突筋・僧帽筋は副神経が支配する。「C3, 4, 5 keeps the diaphragm alive」という語呂で覚えるとよい。
臨床との関連
・横隔神経麻痺:胸部X線で患側横隔膜の挙上がみられる。両側麻痺では臥位で呼吸困難が増悪する(腹部臓器が横隔膜を押し上げるため)。縦隔腫瘍、肺癌、心臓手術後などが原因となる。 ・頸髄損傷:C3以上の損傷では横隔膜も麻痺し、人工呼吸管理が必要となる。C4以下では横隔膜機能はある程度保たれるが、肋間筋や腹筋の麻痺により咳嗽力が低下する。 ・COPD:肺の過膨張で横隔膜が平低化して効率が落ちるため、呼吸補助筋(胸鎖乳突筋、斜角筋)を使った努力呼吸がみられる。 ・奇異性呼吸(吸気時に腹部が陥凹する)は横隔膜の疲労・麻痺を示唆する。
POINT
・吸気の主役は横隔膜(横隔神経:C3~C5)。安静時換気の大部分を担う。 ・安静吸気は横隔膜+外肋間筋。安静呼気は受動的。 ・努力吸気の補助筋:胸鎖乳突筋、斜角筋群など。 ・努力呼気の筋:内肋間筋、腹筋群(内腹斜筋を含む)。 ・気道平滑筋は気道抵抗を調節するが、呼吸運動の筋ではない。
