見えない境界線を読む―Cantlie線から始める肝臓の立体解剖
第111回医師国家試験 B問題 第24問
国試問題にチャレンジ
肝臓の構造について正しいのはどれか。
- a.短肝静脈は中肝静脈に流入する。
- b.小葉内では動脈と静脈が併走する。
- c.Cantlie線から左側が外科的左葉である。
- d.外側区域の静脈血は右肝静脈に流入する。
- e.肝門部では門脈は胆管の腹側に位置する。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
肝臓を左右に分ける線には、肝鎌状間膜を境とする解剖学的な区分と、胆嚢窩と下大静脈を結ぶCantlie線(ほぼ中肝静脈の走行に一致)を境とする外科的区分があり、Cantlie線より左が外科的左葉(内側区域S4+外側区域S2・S3)です。外側区域の静脈血は左肝静脈へ、尾状葉などからの短肝静脈は主肝静脈を経ずに下大静脈へ直接注ぎ、肝静脈は区域間を、Glisson鞘は区域内を走るという対比が基本となります。肝十二指腸間膜内では総胆管と固有肝動脈が腹側、門脈が背側に位置し、肝三つ組が併走するのは小葉内ではなく小葉間の門脈域です。小葉内では血液が類洞を通って中心静脈へ流れ、中心静脈周囲のzone 3は虚血や薬物で障害されやすいという知識にもつながります。こうした立体的な解剖の理解は、肝切除術、Pringle法、画像診断、病理所見の解釈に共通する土台となります。
解答・解説
正解はcです
問われているテーマ
肝臓の肉眼解剖(区域分類と肝静脈の走行)、肝門部での脈管の位置関係、さらに組織学的な肝小葉の構造を横断的に問う問題である。肝切除術や画像診断の理解の基礎となる内容である。
肝臓の左右の分け方
肝臓を左右に分ける線は2通りある。 ・解剖学的な分け方:肝表面に見える肝鎌状間膜(およびその付着部である臍静脈裂・肝円索)を境界とし、右側を右葉、左側を左葉とする。 ・外科的(機能的)な分け方:胆嚢窩(胆嚢床)と下大静脈を結ぶ仮想線であるCantlie線(Rex-Cantlie線)を境界とする。この線は肝表面には見えないが、ほぼ中肝静脈の走行に一致し、門脈・肝動脈・胆管の左右枝の支配領域の境界にあたる。Cantlie線より右側が外科的右葉、左側が外科的左葉である。 外科的左葉は内側区域(S4)と外側区域(S2・S3)から成り、解剖学的左葉は外側区域にほぼ一致する。
考え方
各選択肢について、肝静脈系(右・中・左肝静脈と短肝静脈)の流入先、Glisson鞘(門脈・肝動脈・胆管の束)の走行、肝門部での前後関係、肝小葉内の血流の向きを順に確認すれば、Cantlie線の記述のみが正しいことがわかる。
選択肢考察
- ×a. 短肝静脈は中肝静脈に流入する。
短肝静脈は、主に下大静脈を抱きかかえるように位置する尾状葉(S1)や右葉後面の一部から出る細い静脈群で、右・中・左の主肝静脈を経由せずに、すぐ背側の肝後部下大静脈へ直接流入する。中肝静脈に流入するわけではない。尾状葉が独立した静脈還流を持つため、Budd-Chiari症候群で主肝静脈が閉塞しても尾状葉は代償性に腫大しやすい。
- ×b. 小葉内では動脈と静脈が併走する。
肝小葉は中心静脈を中心とする六角柱状の構造で、その辺縁(小葉間結合組織=門脈域、Glisson鞘)を小葉間動脈・小葉間静脈(門脈枝)・小葉間胆管が並んで走行する。これを肝三つ組(portal triad)と呼ぶ。動脈と門脈の血液は小葉辺縁から類洞へ流れ込んで混合し、肝細胞索の間を通って小葉中心の中心静脈へ集まる。つまり動脈と静脈が並んで走るのは小葉の「間」であり、小葉内では類洞で合流して中心へ向かうため、動静脈が併走する構造はない。中心静脈には他の脈管は伴走しない。
- ○c. Cantlie線から左側が外科的左葉である。
Cantlie線は胆嚢窩と下大静脈(中肝静脈の下大静脈への合流部付近)を結ぶ仮想線で、門脈の左右枝の支配領域の境界に相当し、おおむね中肝静脈が走る面に一致する。この線の左側が外科的(機能的)左葉、右側が外科的右葉である。外科的左葉は内側区域(S4)と外側区域(S2・S3)から成り、これを切除する術式が左葉切除術(肝左葉切除)である。なお肝鎌状間膜より左の解剖学的左葉は外側区域にほぼ相当し、これを切除する術式は外側区域切除と呼ばれる。
- ×d. 外側区域の静脈血は右肝静脈に流入する。
外側区域(S2・S3)の静脈血は左肝静脈に流入する。左肝静脈は外側区域を走行してS2とS3を分け、多くの場合中肝静脈と共通幹を作って下大静脈に注ぐ。右肝静脈は前区域と後区域の間(右区域間)を走り、右葉(S5〜S8)の主に後区域や前区域の一部の血液を受ける。肝静脈は区域の「間」を走って隣接する区域の血液を集めるのに対し、門脈・肝動脈・胆管(Glisson鞘)は区域の「中心」を走るという対比が重要である。
- ×e. 肝門部では門脈は胆管の腹側に位置する。
肝門部から肝十二指腸間膜内にかけての三つの脈管は、腹側(前方)に総胆管(右前方)と固有肝動脈(左前方)が並び、その背側(後方)に門脈が位置する。したがって門脈は胆管の背側にある。この位置関係は、肝十二指腸間膜を把持して血流を遮断するPringle法や、膵頭部・胆道の手術、超音波・CTでの脈管の同定の際に重要となる。
Couinaud(クイノー)の肝区域分類
門脈の分岐に基づき肝臓を8区域に分ける。 ・S1:尾状葉(短肝静脈を介して下大静脈に直接還流) ・外科的左葉:外側区域(S2:外側後上区域、S3:外側前下区域)、内側区域(S4) ・外科的右葉:前区域(S5:前下区域、S8:前上区域)、後区域(S6:後下区域、S7:後上区域) (日本の「原発性肝癌取扱い規約」では左葉を外側区域・内側区域、右葉を前区域・後区域とするHealey-Schroy分類も用いられる)
肝静脈の走行と境界
・右肝静脈:前区域と後区域の境界(右区域間裂) ・中肝静脈:外科的右葉と左葉の境界(Cantlie線、主門脈裂) ・左肝静脈:外側区域内を走り、S2とS3の境界付近を通る ・内側区域と外側区域の境界は肝鎌状間膜・臍静脈裂(肝円索)である 肝静脈は区域間を走り、Glisson鞘(門脈・肝動脈・胆管)は区域内を走るため、両者は互い違いに配置される。
肝門部・肝十二指腸間膜内の位置関係
前方右:総胆管、前方左:固有肝動脈、後方:門脈。肝十二指腸間膜の背側にはWinslow孔(網嚢孔)がある。
肝小葉と血流
・門脈域(肝三つ組)→類洞→中心静脈→小葉下静脈→肝静脈→下大静脈と血液が流れる。 ・胆汁は逆向きに、毛細胆管から小葉辺縁の小葉間胆管へ流れる。 ・肝血流の約70〜80%は門脈から、残りは肝動脈から供給される。 ・機能的単位として、門脈域を中心に考える肝腺房(Rappaport)の概念があり、門脈域に近いzone 1は酸素に富み、中心静脈周囲のzone 3は低酸素に弱く、虚血やアセトアミノフェン中毒で障害されやすい。
POINT
・Cantlie線(胆嚢窩と下大静脈を結ぶ線、中肝静脈の走行にほぼ一致)が外科的右葉と左葉の境界。 ・外科的左葉=内側区域(S4)+外側区域(S2・S3)。解剖学的左葉(肝鎌状間膜より左)≒外側区域。 ・外側区域の静脈は左肝静脈へ。短肝静脈は尾状葉などから下大静脈へ直接流入する。 ・肝門部では胆管・肝動脈が腹側、門脈が背側。 ・肝三つ組(小葉間動脈・小葉間静脈・小葉間胆管)は小葉の間を併走し、小葉内では類洞を経て中心静脈へ流れる。
