造船所の30年が残したもの―原因不明の胸水は「まず抜いて調べる」
第111回医師国家試験 A問題 第37問
国試問題にチャレンジ
65歳の男性。健康診断で胸水の貯留を指摘されたため来院した。30年間,造船業に従事していた。胸部CTで右側の胸水貯留と胸膜肥厚とを認める。 次に行うべき検査はどれか。
- a.縦隔鏡
- b.胸腔穿刺
- c.喀痰細胞診
- d.気管支内視鏡
- e.心エコー検査
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
造船業など石綿曝露の多い職歴をもつ高齢者に片側性胸水と胸膜肥厚がみられたら、30〜40年という長い潜伏期を経た悪性胸膜中皮腫をまず疑います。原因不明の胸水に対して最初に行うべき検査は胸腔穿刺で、Light基準による滲出性・漏出性の判定、細胞分画、ADA、ヒアルロン酸、細菌・抗酸菌検査、細胞診によって中皮腫、癌性胸膜炎、結核性胸膜炎、膿胸などの鑑別が進みます。中皮腫の確定診断には胸腔鏡下胸膜生検による組織診断が必要となることが多く、カルレチニンやWT1、D2-40陽性が手がかりになります。喀痰細胞診や気管支鏡は気道・肺の病変に、縦隔鏡は縦隔リンパ節の評価に用いる検査で、胸膜病変の初期評価には向きません。「病変の場所に届く検査を、低侵襲なものから選ぶ」という原則と、職歴を丁寧に聴取する姿勢は、呼吸器診療の基本です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・65歳男性、自覚症状のないまま健康診断で胸水を指摘された。 ・職歴:造船業に30年間従事。造船所では断熱材・保温材として石綿(アスベスト)が大量に使われてきたため、長期の石綿曝露が強く疑われる。 ・胸部CT:右側の片側性胸水と胸膜肥厚。
鑑別診断の考え方
片側性の胸水に胸膜肥厚を伴う病態としては、悪性胸膜中皮腫、癌性胸膜炎(肺癌などの胸膜転移)、結核性胸膜炎、慢性膿胸、良性石綿胸水などが挙がる。心不全・肝硬変・ネフローゼ症候群などによる漏出性胸水は両側性になりやすく、胸膜肥厚も伴わないため、本例の像とは合わない。石綿曝露歴があり、曝露開始から長い潜伏期(通常30〜40年)を経た高齢者に生じた片側性胸水と胸膜肥厚であることから、まず悪性胸膜中皮腫を念頭に置くべきである。
設問への考え方
原因不明の胸水をみたら、最初に行うのは胸水そのものを採取して調べること、すなわち胸腔穿刺である。胸水の外観、Light基準による滲出性・漏出性の区別、細胞分画、生化学(LD、糖、蛋白、ヒアルロン酸、ADAなど)、細菌・抗酸菌検査、細胞診を行うことで、中皮腫・癌性胸膜炎・結核性胸膜炎・膿胸などの鑑別が大きく進む。中皮腫の確定診断には最終的に胸腔鏡下の胸膜生検による組織診断が必要となることが多いが、低侵襲で情報量の多い胸腔穿刺がその前段階として「次に行うべき検査」となる。
選択肢考察
- ×a. 縦隔鏡
縦隔鏡検査は、頸部の小切開から縦隔に内視鏡を入れ、主に気管周囲の縦隔リンパ節を生検する手技で、肺癌の縦隔リンパ節転移の評価などに用いられる。本例の病変は胸膜と胸腔内(胸水)にあり、縦隔病変の記載はない。胸膜病変を直接観察・生検するには胸腔鏡を用いるのであって、縦隔鏡は適応にならない。
- ○b. 胸腔穿刺
原因不明の胸水に対する最初の検査である。採取した胸水について外観、蛋白・LDによる滲出性か漏出性かの判定、細胞分画、糖、ADA(結核性胸膜炎で上昇)、細菌・抗酸菌の塗抹・培養、細胞診を行う。悪性胸膜中皮腫では滲出性胸水となり、胸水中ヒアルロン酸の高値(目安として10万ng/mL以上で中皮腫を強く疑う)、LD上昇がみられることがあり、細胞診で異型中皮細胞が得られることもある。これらの結果を踏まえて、確定診断のための胸腔鏡下胸膜生検へ進む。
- ×c. 喀痰細胞診
喀痰細胞診は気道に腫瘍細胞が剥がれ落ちる肺癌、特に太い気管支に発生する中枢型扁平上皮癌の検出に有用な検査である。胸膜中皮腫は肺の外側を覆う胸膜から発生する腫瘍で、気道とは交通しないため喀痰中に腫瘍細胞が出ることはほとんどなく、診断的価値は乏しい。
- ×d. 気管支内視鏡
気管支内視鏡(気管支鏡)は気管・気管支内腔の観察や、経気管支的な肺生検・洗浄に用いる。本例のCT所見は胸水と胸膜肥厚であり、気管支内や肺実質の病変は示されていない。胸膜病変には気管支鏡では到達できないため、最初に行う検査としては適切でない。
- ×e. 心エコー検査
心エコー検査は心不全や心膜疾患の評価に有用で、心不全による胸水を疑う場合には役立つ。しかし心不全による胸水は漏出性で両側性に出やすく、胸膜肥厚も伴わない。本例は無症状の片側性胸水に胸膜肥厚を伴い、石綿曝露歴があることから胸膜疾患が強く疑われ、心エコーは次に行うべき検査ではない。
悪性胸膜中皮腫
・胸膜の中皮細胞から発生する悪性腫瘍。大部分に石綿曝露歴があり、曝露から発症までの潜伏期は30〜40年と長い。曝露が少量・短期間でも発症しうる。 ・石綿曝露を受けやすい職種:造船、建設(断熱・吹き付け作業)、石綿製品製造、配管・ボイラー作業など。 ・症状:胸水による呼吸困難、胸痛、咳嗽。本例のように無症状で検診発見されることもある。 ・画像:片側性胸水、不整・結節状のびまん性胸膜肥厚。進行すると肺を取り囲むように肥厚し患側胸郭が縮小する。 ・組織型:上皮型(最多で予後は比較的良い)、肉腫型(予後不良)、二相型。 ・診断の流れ:胸腔穿刺(胸水検査・細胞診)→ 胸腔鏡下胸膜生検による組織診断(免疫染色でカルレチニン、WT1、D2-40などが陽性、CEAなどの腺癌マーカーは陰性)。 ・胸水所見:滲出性、ヒアルロン酸高値、粘稠なことがある。 ・治療:切除可能例では手術を含む集学的治療。切除不能例ではシスプラチン+ペメトレキセドなどの化学療法や、免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ+イピリムマブ)が用いられる。予後は不良である。
石綿関連疾患
胸膜プラーク(限局性の胸膜肥厚・石灰化で、曝露の指標)、良性石綿胸水、びまん性胸膜肥厚、石綿肺(下葉優位の線維化)、肺癌(喫煙との相乗効果で危険性が大きく高まる)、悪性中皮腫(胸膜のほか腹膜にも発生する)。
胸水の鑑別:Light基準
胸水蛋白/血清蛋白>0.5、胸水LD/血清LD>0.6、胸水LDが血清LD正常上限の2/3超、のいずれか1つを満たせば滲出性胸水と判断する。
POINT
・造船業などの職歴+片側性胸水+胸膜肥厚 → 石綿曝露による悪性胸膜中皮腫を疑う。 ・原因不明の胸水では、まず胸腔穿刺で胸水を調べる(性状、Light基準、生化学、細菌、細胞診)。 ・中皮腫の胸水:滲出性、ヒアルロン酸高値。確定診断は胸腔鏡下胸膜生検による組織診断。 ・喀痰細胞診・気管支鏡は気道・肺の病変向けで、胸膜病変の診断には向かない。縦隔鏡は縦隔リンパ節の評価に用いる。
