片麻痺の犯人は脳の外にいる―動悸と激烈な胸背部痛が示す心臓・大血管の影
第111回医師国家試験 A問題 第13問
国試問題にチャレンジ
左不全片麻痺で受診した62歳の男性で,症状の原因として心臓または大血管の疾患を疑わせる病歴はどれか。2つ選べ。
- a.持続性の動悸
- b.全身の筋肉痛
- c.食事による症状の改善
- d.数週間かけての緩徐な症状の出現
- e.胸や背中あるいは首の突然の激烈な痛み
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
片麻痺の原因が心臓・大血管にある場合、主な経路は心臓内血栓による心原性脳塞栓症と、急性大動脈解離による脳への血流障害の二つです。持続性の動悸は心房細動を示唆して心原性脳塞栓症の手がかりとなり、突然の激烈な胸背部・頸部痛は大動脈解離や急性心筋梗塞を疑わせます。一方、食事で改善する片麻痺は低血糖、数週間かけて進む片麻痺は慢性硬膜下血腫や脳腫瘍などの頭蓋内占拠性病変を考える所見で、全身の筋肉痛は非特異的な症状です。大動脈解離を見逃して血栓溶解療法を行うと致命的になりうるため、胸背部痛の問診や上肢血圧の左右差の確認が欠かせません。発症様式と随伴症状から原因を脳の外まで広げて考える姿勢は、救急外来での脳卒中診療の基本となります。
解答・解説
正解はa, eです
問われていること
62歳男性が左不全片麻痺(左半身の筋力が完全には失われていない程度の麻痺)で受診した。左半身の麻痺は、原則として対側である右大脳半球(または脳幹)の障害を示す。この年齢・性別で急に現れた片麻痺なら、まず脳梗塞や脳出血などの脳血管障害を考える。本問は、その原因が脳そのものではなく「心臓または大血管」にあると疑わせる病歴を選ばせる問題である。
心臓・大血管が片麻痺を起こす主な経路
1. 心臓内でできた血栓が脳動脈に流れて詰まる(心原性脳塞栓症)。代表的な原因は心房細動で、ほかに急性心筋梗塞後の左室内壁在血栓、感染性心内膜炎の疣贅、人工弁などがある。 2. 大動脈の病変が脳へ向かう血管の血流を妨げる。代表は急性大動脈解離で、解離が大動脈弓から腕頭動脈・総頸動脈へ広がると、脳への血流が減ったり途絶えたりして脳虚血が起こる。
考え方
したがって、「不整脈を思わせる症状(動悸)」と「大動脈解離や急性冠症候群を思わせる激しい胸背部痛」が、心臓・大血管を原因として疑う手がかりになる。一方、症状がゆっくり進む経過や、食事との関係は、別の疾患(頭蓋内の占拠性病変や代謝異常など)を示唆する所見である。
選択肢考察
- ○a. 持続性の動悸
持続する動悸は、心房細動など頻脈性不整脈の存在を示唆する。心房細動では左心房、とくに左心耳で血液がよどみ、血栓ができやすい。この血栓が剝がれて脳動脈に詰まると心原性脳塞栓症が起こり、片麻痺の原因になる。心原性脳塞栓症は脳梗塞のうち最も重症化しやすい病型で、突然発症し、短時間で症状が完成するのが特徴である。動悸の病歴は心臓に原因がある脳梗塞を疑う重要な手がかりであり、心電図やホルター心電図での確認につながる。
- ×b. 全身の筋肉痛
全身の筋肉痛は、ウイルス感染、リウマチ性多発筋痛症、薬剤(スタチンなど)による筋障害、多発性筋炎などでみられる非特異的な症状である。片麻痺の原因として心臓や大血管の疾患を直接示唆する病歴とはいえない。
- ×c. 食事による症状の改善
食事で症状が改善するという経過からは、低血糖が考えられる。低血糖では脳のエネルギー不足により、脳卒中と区別しにくい片麻痺がみられることがあり(低血糖性片麻痺)、ブドウ糖の補給で改善する。片麻痺の患者では必ず血糖を測定すべき理由の一つである。ただし、これは代謝異常を示唆する所見であり、心臓・大血管の疾患を疑わせる病歴ではない。
- ×d. 数週間かけての緩徐な症状の出現
心原性脳塞栓症や大動脈解離による脳虚血は、突然発症し、短時間で症状が完成するのが典型である。数週間かけて徐々に進む片麻痺は、慢性硬膜下血腫や脳腫瘍(神経膠腫や転移性脳腫瘍)、脳膿瘍など、頭蓋内でゆっくり大きくなる病変を疑わせる経過である。慢性硬膜下血腫は高齢男性に多く、軽い頭部外傷から数週間〜数か月後に発症するため、この病歴では外傷歴を確認する。
- ○e. 胸や背中あるいは首の突然の激烈な痛み
突然の激しい胸背部痛は急性大動脈解離の典型的な症状で、解離が進むにつれて痛みが首や腰へ移動することもある。解離が大動脈弓の分枝(腕頭動脈や総頸動脈)に広がると、脳への血流が障害されて脳虚血が起こり、片麻痺を呈することがある。左片麻痺は右大脳半球の虚血であり、腕頭動脈から右総頸動脈へ至る経路が侵されやすいStanford A型解離と結びつけやすい。このような症例で脳梗塞と判断して血栓溶解療法を行うと、出血により致命的になりうるため、見逃してはならない。また、胸痛は急性心筋梗塞(急性冠症候群)の症状でもある。心筋梗塞後には壊死した左室壁に壁在血栓ができ、心原性脳塞栓症の原因となりうる。いずれも心臓・大血管の疾患を疑わせる病歴である。
脳梗塞の病型(TOAST分類の主なもの)
・アテローム血栓性脳梗塞:頸動脈や頭蓋内の太い動脈の動脈硬化が原因。段階的に進行することがあり、一過性脳虚血発作(TIA)が先行しやすい。 ・心原性脳塞栓症:心臓内の血栓が原因。突然発症し短時間で症状が完成する。皮質を含む広い梗塞になりやすく、出血性梗塞を起こしやすい。 ・ラクナ梗塞:細い穿通枝の閉塞による15mm未満の小梗塞。高血圧が主な危険因子で、意識障害や失語などの皮質症状は伴いにくい。
心原性脳塞栓症の主な塞栓源
心房細動(最も多い)、急性心筋梗塞後の左室壁在血栓、拡張型心筋症など左室機能が低下した心臓、感染性心内膜炎、機械弁、左房粘液腫、卵円孔開存を介した奇異性塞栓(静脈系の血栓が右心系から左心系へ移る)など。
大動脈解離と神経症状
大動脈解離では、分枝動脈の血流障害により脳虚血(片麻痺・意識障害)や、脊髄虚血による対麻痺がみられる。痛みが目立たないまま神経症状だけで発症する例もある。左右の上肢で血圧差や脈拍差がないかを確かめることが、診断の手がかりになる。
片麻痺をきたす脳卒中以外の原因(stroke mimics)
低血糖、てんかん発作後の一過性麻痺(Todd麻痺)、慢性硬膜下血腫、脳腫瘍、片頭痛(片麻痺性片頭痛)など。
POINT
・心原性脳塞栓症を疑う病歴:動悸(心房細動)、心筋梗塞の既往、心臓弁膜症、突然発症して短時間で症状が完成する経過。 ・突然の激しい胸背部・頸部の痛み+神経症状 → 急性大動脈解離を考え、血栓溶解療法の前に除外する。 ・食事で改善する片麻痺 → 低血糖。片麻痺の患者では必ず血糖を測る。 ・数週間かけて進む片麻痺 → 慢性硬膜下血腫や脳腫瘍などの頭蓋内占拠性病変。
