「速すぎる腸」を見抜け―甲状腺ホルモンと便通の向きを機序で押さえる
第111回医師国家試験 A問題 第12問
国試問題にチャレンジ
疾患と症状の組合せで誤っているのはどれか。
- a.ノロウイルス感染症 ―― 嘔吐
- b.甲状腺機能亢進症 ―― 便秘
- c.上部消化管出血 ―― 黒色便
- d.潰瘍性大腸炎 ―― 粘血便
- e.消化管閉塞症 ―― 腹痛
対話形式の解説
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ドクターまとめ
甲状腺ホルモンは代謝と交感神経系の反応性を高め、消化管運動も亢進させるため、甲状腺機能亢進症では排便回数の増加や下痢がみられ、便秘をきたすのは甲状腺機能低下症です。ノロウイルス感染症は冬季に多く突然の嘔吐が目立ち、消毒には次亜塩素酸ナトリウムを用います。上部消化管出血ではヘモグロビンの変性によりタール便となり、潰瘍性大腸炎では粘血便、消化管閉塞では腹痛・嘔吐・腹部膨満・排便排ガス停止が生じます。便の色と出血部位の対応や、絞扼性腸閉塞で持続痛となる点もあわせて押さえておきましょう。症状を機序から理解しておくと、組合せ問題に強くなるだけでなく、消化器症状の背後にある全身疾患を見逃さない臨床力につながります。
解答・解説
正解はbです
日常診療で頻繁に出会う消化器症状(嘔吐、便通異常、黒色便、粘血便、腹痛)と、それを引き起こす代表的疾患の対応を問う一般問題である。誤っている組合せを一つ選ぶ。
考え方
各組合せについて、症状が生じる機序から確認すると判断しやすい。 ・感染性胃腸炎では、病原体が上部消化管に作用すれば嘔吐、腸管に作用すれば下痢が起こる。 ・甲状腺ホルモンは全身の代謝と交感神経系の反応性を高め、消化管運動も亢進させる。したがって甲状腺ホルモン過剰では便通は速く(排便回数増加・下痢)なり、ホルモン不足では遅く(便秘)なる。 ・消化管出血では、出血部位と腸管内の滞留時間によって便の色が変わる。 ・大腸粘膜にびまん性の炎症・潰瘍があれば、粘液と血液が混じった便(粘血便)が出る。 ・消化管が閉塞すると、内容物の通過障害により腸管が拡張し、腹痛・嘔吐・腹部膨満・排便排ガス停止が生じる。 このうち、甲状腺機能亢進症に便秘を対応させた組合せは機序と逆であり、誤りである。
選択肢考察
- ×a. ノロウイルス感染症 ―― 嘔吐
正しい組合せである。ノロウイルスは冬季に流行する感染性胃腸炎の代表的な原因ウイルスで、潜伏期間は1〜2日程度である。突然の悪心・嘔吐で発症することが多く、嘔吐が目立つのが特徴で、水様下痢、腹痛、軽度の発熱を伴う。通常は1〜3日で自然軽快し、治療は脱水に対する補液が中心となる。ごく少量のウイルスで感染が成立し、吐物や便を介して接触・飛沫・食品(二枚貝など)を介して広がる。アルコール消毒が効きにくいため、吐物処理や環境消毒には次亜塩素酸ナトリウムを用いる。
- ○b. 甲状腺機能亢進症 ―― 便秘
誤った組合せであり、これが正解である。甲状腺機能亢進症(代表はBasedow病)では甲状腺ホルモン過剰により消化管運動が亢進し、排便回数の増加や軟便・下痢をきたす。食欲は亢進するにもかかわらず代謝亢進のため体重が減少するのも特徴である。ほかに動悸・頻脈、発汗過多、暑がり、手指振戦、いらいら感などがみられる。便秘をきたすのは逆に甲状腺機能低下症(橋本病など)であり、寒がり、体重増加、皮膚乾燥、徐脈、粘液水腫などを伴う。
- ×c. 上部消化管出血 ―― 黒色便
正しい組合せである。Treitz靱帯より口側(食道・胃・十二指腸)からの出血では、血液中のヘモグロビンが胃酸や腸内細菌の作用で変性(ヘマチンなどに変化)し、腸管内を通過する間に黒色化するため、タール様の黒色便(タール便、メレナ)となる。出血量が多い場合や出血部位が口側にある場合は吐血(コーヒー残渣様や鮮紅色)を伴う。なお、上部消化管から短時間に大量出血した場合は、変性する時間がなく赤色の血便となることもある。代表的な原因は消化性潰瘍、食道・胃静脈瘤破裂、Mallory-Weiss症候群、胃癌などである。鉄剤やビスマス製剤の内服でも便は黒くなるため鑑別に注意する。
- ×d. 潰瘍性大腸炎 ―― 粘血便
正しい組合せである。潰瘍性大腸炎は大腸粘膜にびまん性・連続性の炎症(びらん・潰瘍)を生じる原因不明の炎症性腸疾患で、直腸から口側に連続して病変が広がる。障害された粘膜からの出血と粘液の過剰分泌により、粘液と血液の混じった便(粘血便)が出るのが最も特徴的な症状である。ほかに下痢、腹痛、しぶり腹(テネスムス)を伴い、重症例では発熱、頻脈、貧血、体重減少もみられる。粘血便をきたす疾患としては、ほかにアメーバ赤痢(イチゴゼリー状粘血便)、細菌性赤痢、カンピロバクター腸炎、腸管出血性大腸菌感染症などの感染性腸炎、虚血性大腸炎、大腸癌などが鑑別に挙がる。
- ×e. 消化管閉塞症 ―― 腹痛
正しい組合せである。腫瘍、癒着、ヘルニア嵌頓、腸重積、捻転などにより消化管が閉塞すると、閉塞部より口側の腸管に内容物やガスがたまって拡張し、通過させようとする蠕動亢進によって周期的な疝痛(間欠的な腹痛)が生じる。ほかに悪心・嘔吐、腹部膨満、排便・排ガスの停止がみられる(腸閉塞の4徴)。聴診では金属音を伴う腸雑音の亢進を認めることが多い。絞扼(腸管の血流障害)を伴う場合は持続的な激しい腹痛となり、腹膜刺激徴候を呈して緊急手術の適応となる。
甲状腺機能異常と全身症状の対比
・機能亢進症(Basedow病など): 頻脈・動悸、発汗過多、暑がり、体重減少(食欲は亢進)、排便回数増加・下痢、手指振戦、いらいら・不眠、月経不順(過少月経)、眼球突出(Basedow病)。 ・機能低下症(橋本病など): 徐脈、発汗減少・皮膚乾燥、寒がり、体重増加、便秘、無気力・動作緩慢、嗄声、粘液水腫、月経過多、深部腱反射の弛緩相遅延。 消化管運動は甲状腺ホルモンの量と同じ向きに変化すると覚えると整理しやすい。
便の色と出血部位
・黒色便(タール便): 主にTreitz靱帯より口側の上部消化管出血。血液が腸内で変性して黒くなる。 ・暗赤色便: 小腸〜右側結腸の出血、または上部消化管からの大量出血。 ・鮮血便: 左側結腸・直腸・肛門(痔核など)の出血。 ・粘血便: 大腸粘膜の炎症(潰瘍性大腸炎、感染性腸炎など)。
嘔吐が目立つ感染性胃腸炎
ノロウイルス、ロタウイルス(乳幼児、白色便)などのウイルス性胃腸炎のほか、黄色ブドウ球菌やセレウス菌(嘔吐型)のような毒素型食中毒でも、短い潜伏期間で嘔吐が前景に立つ。
POINT
・甲状腺機能亢進症では消化管運動が亢進し下痢・排便回数増加となる。便秘は甲状腺機能低下症の症状である。 ・ノロウイルス感染症は冬季に多く、嘔吐が目立つ。消毒にはアルコールではなく次亜塩素酸ナトリウムを用いる。 ・上部消化管(Treitz靱帯より口側)出血では黒色便(タール便)、出血量が多ければ吐血を伴う。 ・潰瘍性大腸炎の代表的症状は粘血便。アメーバ赤痢など感染性腸炎との鑑別が必要。 ・消化管閉塞では腹痛・嘔吐・腹部膨満・排便排ガス停止をきたし、絞扼では持続痛となり緊急手術を要する。
