仰向けで頭を持ち上げる―徒手筋力テストで見抜く頸部屈曲の主役
第110回医師国家試験 H問題 第9問
国試問題にチャレンジ
徒手筋力テストの図を示す。矢印の方向に頭部を動かしている。 主に働く筋はどれか。

- a.三角筋
- b.僧帽筋
- c.大胸筋
- d.肩甲挙筋
- e.胸鎖乳突筋
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
仰臥位で後頭部を台から持ち上げる運動は頸部の屈曲であり、その主動作筋は両側の胸鎖乳突筋です(深層では頸長筋・頭長筋なども働きます)。胸鎖乳突筋が片側だけ収縮すると、頭部は同側へ側屈し、顔は反対側を向きます。僧帽筋上部線維や肩甲挙筋は頸部に付着しますが、頭頸部への作用は伸展・側屈・回旋であり、三角筋や大胸筋は肩関節を動かす筋で頸部には関与しません。胸鎖乳突筋と僧帽筋はともに副神経支配で、頸部郭清後の副神経損傷や筋強直性ジストロフィーの筋力低下など臨床との接点も多い筋です。運動方向を言語化し、付着部から作用を導く考え方は、MMTや神経診察で筋力低下の分布を読み解く基盤となります。
解答・解説
正解はeです
図から読み取る運動
図では被検者が診察台の上で仰向け(背臥位)になり、後頭部を台から持ち上げて、顎を胸に近づける方向に頭部を動かしている。これは頸部の屈曲(前屈)運動であり、重力に抗して頭の重さを持ち上げる、頸部屈筋群の徒手筋力テスト(manual muscle testing:MMT)の肢位である。
考え方
MMTでは「どの関節を、どの方向に、どの肢位で動かしているか」を図から判断し、その運動の主動作筋を答える。頸部屈曲の主動作筋は、浅層の胸鎖乳突筋と、深層の頸長筋・頭長筋・前頭直筋(椎前筋群)である。このうち体表から観察・触知でき、選択肢に含まれるのは胸鎖乳突筋のみである。胸鎖乳突筋は両側が同時に収縮すると頸部を屈曲させ、片側だけが収縮すると頭部を同側へ側屈させつつ顔を反対側へ回旋させる。 残りの選択肢(三角筋・僧帽筋・大胸筋・肩甲挙筋)は、いずれも主に肩関節や肩甲骨を動かす筋であり、頸部屈曲の主動作筋ではない。特に僧帽筋上部線維と肩甲挙筋は頸部に付着するが、頸部に対する作用はむしろ伸展(後屈)・側屈・回旋の方向であり、屈曲とは逆向きである点に注意する。
選択肢考察
- ×a. 三角筋
三角筋は鎖骨外側・肩峰・肩甲棘から起こり上腕骨の三角筋粗面に付く、肩を覆う筋である。腋窩神経(C5、C6)支配で、主な作用は肩関節の外転(腕を横に挙げる)であり、前部線維は屈曲・内旋、後部線維は伸展・外旋にも働く。頸部には付着しておらず、頭部の運動には関与しない。
- ×b. 僧帽筋
僧帽筋は後頭骨・項靱帯・胸椎棘突起から起こり、鎖骨外側・肩峰・肩甲棘に付く背部浅層の大きな筋である。副神経と頸神経叢(C3、C4)の支配を受ける。主な作用は肩甲骨の挙上(肩をすくめる)・内転・下制・上方回旋である。肩甲骨を固定した状態では上部線維が頭頸部を伸展(後屈)・側屈させ、顔を反対側へ向けるが、頸部の屈曲には働かない。したがって図の運動の主動作筋ではない。
- ×c. 大胸筋
大胸筋は鎖骨内側・胸骨・肋軟骨・腹直筋鞘から起こり上腕骨の大結節稜に付く前胸部の筋で、内側・外側胸筋神経の支配を受ける。主な作用は肩関節の内転・内旋・屈曲(鎖骨部)であり、腕立て伏せや物を抱え込む動作で働く。頸部や頭部には付着しないため、頸部屈曲には関与しない。
- ×d. 肩甲挙筋
肩甲挙筋は上位頸椎(C1〜C4)の横突起から起こり、肩甲骨の上角・内側縁上部に付く筋で、肩甲背神経(C5)および頸神経(C3、C4)の支配を受ける。主な作用は肩甲骨の挙上と下方回旋である。肩甲骨が固定されると頸部を同側へ側屈・回旋させ、伸展を補助するが、頸部屈曲の主動作筋ではない。
- ○e. 胸鎖乳突筋
胸鎖乳突筋は胸骨柄と鎖骨内側部の二頭から起こり、側頭骨の乳様突起と後頭骨上項線外側部に付く前頸部の筋で、副神経(運動)の支配を受け、頸神経叢(C2、C3)からも枝を受ける。両側が同時に収縮すると頸部を屈曲させ、仰臥位で頭を台から持ち上げる図の運動の主動作筋となる。片側のみの収縮では頭部を同側へ側屈させ、顔(オトガイ)を反対側へ向ける(対側回旋)。以上から、図の頸部屈曲で主に働く筋として最も適切である。
頸部の運動と主な筋
・屈曲(前屈):胸鎖乳突筋(両側)、頸長筋、頭長筋、前頭直筋。斜角筋群も補助する。 ・伸展(後屈):頭板状筋・頸板状筋、頭半棘筋、脊柱起立筋の頸部、僧帽筋上部線維、後頭下筋群。 ・側屈:同側の胸鎖乳突筋、斜角筋群、肩甲挙筋、板状筋など。 ・回旋:胸鎖乳突筋は顔を反対側へ、板状筋・下頭斜筋は顔を同側へ向ける。
頸部屈筋のMMT
被検者を背臥位とし、顎を引いたまま頭部を台から持ち上げさせる。全可動域を重力に抗して動かせれば段階3であり、検者が前額部に手を当てて後方へ抵抗を加え、その強さに耐えられるかで段階4・5を判定する。重力に抗せない場合は、頸部が重力の影響を受けにくい側臥位などで評価する。なお、胸鎖乳突筋を個別に評価するときは、頭部を反対側へ回旋させた状態で頭を持ち上げさせ、側頭部に抵抗を加える。
MMTの段階(Danielsらの方法)
5:最大の抵抗に抗して全可動域を動かせる(正常) 4:ある程度の抵抗に抗して全可動域を動かせる 3:抵抗がなければ重力に抗して全可動域を動かせる 2:重力を除いた肢位なら全可動域を動かせる 1:筋収縮は触知できるが関節運動は起こらない 0:筋収縮を認めない
臨床との関連
胸鎖乳突筋と僧帽筋はともに副神経(第XI脳神経)の支配を受ける。頸部リンパ節郭清などで副神経が損傷されると、肩の挙上困難や翼状肩甲などがみられる。胸鎖乳突筋の筋力低下は筋強直性ジストロフィーなどで目立ち、仰臥位から頭を持ち上げられなくなることがある。
POINT
・仰臥位で頭部を台から持ち上げる運動は頸部屈曲である。 ・頸部屈曲の主動作筋は胸鎖乳突筋(両側の収縮)であり、深層の頸長筋・頭長筋・前頭直筋も働く。 ・胸鎖乳突筋の片側収縮では、頭部は同側へ側屈し、顔は反対側へ向く。 ・僧帽筋上部線維や肩甲挙筋は頸部に付着するが、作用は伸展・側屈・回旋側であり屈曲ではない。 ・胸鎖乳突筋と僧帽筋はいずれも副神経支配である。
