母と姉が乳癌―「検査より先に」話し合うべきこと
第110回医師国家試験 E問題 第27問
国試問題にチャレンジ
昨年,母が乳癌で亡くなり,1か月前に姉(25歳)も乳癌と診断され,心配で受診した22歳の女性。視触診と乳房超音波検査で異常を認めなかったが,不安を訴えている。 対応として推奨されるのはどれか。
- a.乳房造影CT
- b.全身FDG-PET
- c.予防的乳房切除術
- d.遺伝カウンセリング
- e.67Gaシンチグラフィ
対話形式の解説
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ドクターまとめ
若年発症の乳癌や血縁者に複数の乳癌・卵巣癌がある家系では、BRCA1/2の生殖細胞系列変異による常染色体顕性遺伝の遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)を疑います。異常所見のない未発症者が不安を訴える場合、精密な画像検査や手術に進む根拠はなく、まず遺伝カウンセリングで家系を評価し、遺伝学的検査を受けるかどうかを本人が自律的に決められるよう支援します。乳房造影CTやFDG-PET、67Gaシンチグラフィはスクリーニングに用いる検査ではなく、リスク低減乳房切除術は病的変異が確認され十分な説明を受けた後に本人が選ぶ選択肢です。変異保持者には乳房造影MRIによるサーベイランスやリスク低減手術、発症時のPARP阻害薬などの選択肢があり、わが国でも一部が保険診療の対象となっています。遺伝情報が本人と血縁者の双方に関わることを理解し、意思決定と心理面を支える姿勢は、ゲノム医療の時代に欠かせない臨床の基本です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・22 歳女性。本人に症状はなく、視触診と乳房超音波検査でも異常を認めない。 ・第一度近親者(親・きょうだい・子)に乳癌が 2 人いる。母は乳癌で死亡し、姉は 25 歳という非常に若い年齢で乳癌と診断された。 ・本人は自分も乳癌になるのではないかと強い不安を抱えている。
考え方
乳癌の多くは遺伝と無関係に発生する散発性であるが、全体の 5〜10% 程度は生まれつき(生殖細胞系列)の遺伝子変異が原因となる遺伝性乳癌である。その代表が BRCA1 または BRCA2 遺伝子の病的変異による遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC:hereditary breast and ovarian cancer)であり、常染色体顕性(優性)遺伝の形式をとる。若年発症(目安として 45 歳以下)の乳癌、血縁者に複数の乳癌・卵巣癌患者がいることは HBOC を疑う代表的な手がかりであり、本例はこれに当てはまる。 現時点では乳癌を疑う所見はないため、精密な画像検査や手術に進む根拠はない。いま必要なのは、家系の情報をもとに遺伝性腫瘍の可能性を評価し、遺伝学的検査を受けるかどうかを含めて本人が十分な情報を得たうえで意思決定できるよう支援すること、そして不安に寄り添うことである。その役割を担うのが遺伝カウンセリングである。
選択肢考察
- ×a. 乳房造影CT
乳房造影 CT は、乳癌と診断された後に病変の広がり(乳管内進展など)を評価する目的で用いられることがある検査である。無症状で異常所見のない若年女性に対するスクリーニングとしての有用性は確立しておらず、放射線被曝と造影剤の負担もあるため推奨されない。なお、遺伝性乳癌のハイリスク女性の画像サーベイランスでは、被曝がなく若年者の乳腺でも感度の高い乳房造影 MRI が用いられる。
- ×b. 全身FDG-PET
FDG-PET(18F-フルオロデオキシグルコースを用いた陽電子放出断層撮影)は、糖代謝が亢進した腫瘍組織を描出する検査で、乳癌では主に遠隔転移や再発の検索に用いる。小さな早期乳癌の検出感度は高くなく、異常のない若年女性のスクリーニングに用いる意義はない。被曝や費用の面からも不要である。
- ×c. 予防的乳房切除術
リスク低減乳房切除術は、遺伝学的検査で BRCA1/2 などの病的変異が確認された人に対し、十分な説明と遺伝カウンセリングを経て本人が選択しうる選択肢の一つである。本例はまだ遺伝性の有無すら評価されていない段階であり、不安があるという理由だけで侵襲が大きく不可逆的な手術を勧めることは適切でない。
- ○d. 遺伝カウンセリング
若年発症の乳癌を含め第一度近親者に乳癌が 2 人いる家系であり、HBOC などの遺伝性乳癌が疑われる。遺伝カウンセリングでは、家系図を作成して遺伝性腫瘍の可能性を評価し、遺伝学的検査(BRCA1/2 遺伝子検査など)の意義・限界・結果が本人や血縁者に与える影響を説明したうえで、検査を受けるかどうかを本人が自律的に決められるよう支援する。結果に応じた今後のサーベイランスやリスク低減策の情報提供、不安への心理的支援も行う。異常所見がなく不安を訴えている本例に対して最も推奨される対応である。
- ×e. 67Gaシンチグラフィ
67Ga(ガリウム)シンチグラフィは、悪性リンパ腫などの腫瘍や炎症巣(サルコイドーシス、不明熱の検索など)に集積する核医学検査である。乳癌の早期発見に用いる検査ではなく、本例で行う意義はない。
遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)
・原因:BRCA1 または BRCA2 遺伝子の生殖細胞系列の病的変異。いずれも DNA 二本鎖切断の修復(相同組換え修復)に関わる癌抑制遺伝子である。 ・遺伝形式:常染色体顕性(優性)遺伝。子が変異を受け継ぐ確率は性別にかかわらず 50% である。 ・関連する癌:乳癌(男性乳癌を含む)、卵巣癌(卵管癌・腹膜癌を含む)、前立腺癌、膵癌など。 ・疑う手がかり:若年発症の乳癌、両側または多発の乳癌、トリプルネガティブ乳癌(特に BRCA1)、卵巣癌、男性乳癌、血縁者に乳癌・卵巣癌・膵癌・前立腺癌が複数いる、など。
遺伝カウンセリングと遺伝学的検査
・遺伝カウンセリングは、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーなどが担い、情報提供と心理社会的支援を通して本人の自律的な意思決定を支える。 ・未発症の血縁者が検査を受ける場合、可能であればまず家系内の発症者(本例では姉)が検査を受けて病的変異を特定し、そのうえで同じ変異の有無を調べるのが効率的で解釈もしやすい。 ・遺伝情報は血縁者にも関わるため、検査前後の説明と同意、プライバシーの保護が重要である。
BRCA1/2 病的変異保持者への対応
・サーベイランス:25 歳前後からの定期的な視触診と乳房造影 MRI、年齢に応じたマンモグラフィの追加など。 ・リスク低減手術:リスク低減乳房切除術、リスク低減卵管卵巣摘出術(出産希望が終わった後、一般に 35〜40 歳頃が目安)。わが国でも 2020 年から、乳癌または卵巣癌を発症した HBOC 患者に対するリスク低減手術や MRI サーベイランスが保険診療の対象となった。 ・治療:BRCA 変異陽性の乳癌・卵巣癌などでは PARP 阻害薬(オラパリブなど)が用いられる。
POINT
・若年発症の乳癌や血縁者の複数の乳癌・卵巣癌は、遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)を疑う手がかりである。 ・HBOC は BRCA1/2 の生殖細胞系列変異による常染色体顕性遺伝の疾患である。 ・異常所見のない未発症者が家族歴で不安を訴える場合は、まず遺伝カウンセリングを行う。 ・リスク低減手術は遺伝学的検査で病的変異が確認され、十分な説明を受けた後に本人が選ぶ選択肢であり、最初に行う対応ではない。 ・ハイリスク女性の画像サーベイランスには乳房造影 MRI を用いる。
