StudyMed医師国家試験

日本人・女性・非喫煙者―EGFR変異陽性肺腺癌が教える「患者背景」の読み方

第110回医師国家試験 E問題 第26問

国試問題にチャレンジ

第110回 E問題 第26問

肺腺癌において上皮成長因子受容体〈EGFR〉の遺伝子変異と強く関連する因子はどれか。

  1. a.男性
  2. b.日本人
  3. c.喫煙者
  4. d.飲酒歴
  5. e.家族歴

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は肺腺癌のドライバー遺伝子であるEGFR遺伝子変異について、どんな患者さんに見つかりやすいかを問う問題だ。いわば変異の「疫学プロファイル」を押さえているかがポイントになる。まず、EGFRがどんな分子か思い出せるかな。
医学生医学生
細胞膜を貫通する受容体型チロシンキナーゼで、増殖因子が結合すると増殖シグナルを伝える分子だと、腫瘍学の講義で習いました。
ドクタードクター
その通り。肺腺癌では、そのチロシンキナーゼ領域をコードする部分に変異が起こり、リガンドがなくても受容体が常にオンになってしまうことがある。主なものはエクソン19の欠失変異とエクソン21のL858R点変異で、これが癌の増殖を駆動するからドライバー遺伝子変異とよぶんだ。
医学生医学生
肺癌のリスク因子といえば喫煙なので、喫煙者に多いのかと最初は思いました。
ドクタードクター
そこが典型的な落とし穴だね。肺癌全体の発症リスクとしては喫煙が最大の因子だけれど、EGFR変異に限っていえば逆で、非喫煙者の肺腺癌に多い。喫煙者の肺癌では、KRAS変異のような喫煙に関連した変異の頻度が高くなり、EGFR変異は少なくなるんだ。
医学生医学生
「肺癌になりやすいか」と「どの変異をもつか」は別の問題なんですね。
ドクタードクター
その区別がとても大事。EGFR変異が多いのは、東アジア人、女性、非喫煙者、組織型が腺癌という4つの背景をもつ患者さんだ。日本人の肺腺癌では約40〜50%に見られるのに対し、欧米人では10〜15%程度とされる。だから選択肢のなかで強く関連するのは日本人ということになる。
医学生医学生
男性は逆の側ですね。女性に多いのはホルモンの影響でしょうか。
ドクタードクター
理由は完全には解明されていないけれど、一部は女性に非喫煙者の肺腺癌が多いことで説明されると考えられている。いずれにしても、男性は変異の頻度が低い側だよ。
医学生医学生
家族歴はどうでしょう。遺伝子変異と聞くと、親から遺伝しそうなイメージがあります。
ドクタードクター
よくある誤解だね。肺腺癌のEGFR変異は癌細胞にだけ後天的に生じる体細胞変異で、親から受け継ぐ生殖細胞系列の変異ではない。生殖細胞系列のEGFR変異による家族性肺癌はごくまれに報告がある程度で、家族歴は強い関連因子とはいえない。飲酒歴も、口腔・咽頭・食道癌や肝癌のリスク因子ではあるけれど、EGFR変異との明らかな関連は知られていないんだ。
医学生医学生
病理実習で、遺伝子検査の話になったときに「体細胞変異」と「生殖細胞系列変異」を区別するように言われたのを思い出しました。
ドクタードクター
それは臨床でもとても大切な視点だ。ちなみにこの人種差が注目されるようになったのは、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬のゲフィチニブが、東アジア人で特に高い奏効を示したことがきっかけなんだ。
医学生医学生
実際の診療では、日本人の非喫煙女性ならEGFR陽性とみなして治療を始めるのですか。
ドクタードクター
いや、背景因子はあくまで頻度の傾向で、変異の有無は検査で確かめる。進行非小細胞肺癌、特に非扁平上皮癌では、治療方針を決める前にEGFR、ALK、ROS1、BRAF V600Eなどのドライバー遺伝子検査と、PD-L1の発現検査を行う。最近は複数の遺伝子をまとめて調べる遺伝子パネル検査も用いられているよ。
医学生医学生
陽性ならEGFRチロシンキナーゼ阻害薬ですね。CBTの勉強でオシメルチニブの名前を見ました。
ドクタードクター
そう。第1世代のゲフィチニブ・エルロチニブ、第2世代のアファチニブ・ダコミチニブ、第3世代のオシメルチニブがある。第1・2世代の使用中に生じる獲得耐性の約半数はエクソン20のT790M変異によるもので、オシメルチニブはこれにも有効だ。副作用としては、ざ瘡様皮疹や下痢、肝機能障害のほか、頻度は高くないけれど重篤化しうる間質性肺疾患に注意したい。
医学生医学生
治療中に咳や息切れが出てきたら、癌の進行だけでなく薬剤性の肺障害も疑う必要があるということですね。
ドクタードクター
その通り。最後に、ほかのドライバー遺伝子とも比べておこう。ALK融合遺伝子は若年・非喫煙者・腺癌に多く、KRAS変異は喫煙者の腺癌や欧米人に多い。こうしてセットで比較すると、患者背景から「どの変異がありそうか」をイメージしやすくなるよ。

まとめ

EGFRは細胞膜を貫通するチロシンキナーゼ型受容体で、肺腺癌ではエクソン19欠失やL858R点変異によって恒常的に活性化し、癌の増殖を駆動するドライバー遺伝子となります。EGFR変異は東アジア人(日本人)・女性・非喫煙者・腺癌に多く、日本人肺腺癌では約40〜50%と欧米人より高頻度にみられます。男性や喫煙者はむしろ頻度が低い側であり、癌細胞に後天的に生じる体細胞変異であるため家族歴とも、また飲酒歴とも強い関連はありません。実臨床では背景にかかわらず遺伝子検査で変異を確認し、陽性であればEGFRチロシンキナーゼ阻害薬を用い、耐性変異T790Mにはオシメルチニブが有効で、間質性肺疾患などの副作用に注意します。患者背景と変異の傾向を結びつけて理解することは、分子標的治療の時代に検査と治療を適切に選ぶための基礎となります。

解答・解説

正解はbです

上皮成長因子受容体(EGFR:epidermal growth factor receptor)は細胞膜を貫通するチロシンキナーゼ型受容体であり、リガンドが結合すると細胞内のチロシンキナーゼ領域が活性化して細胞増殖のシグナルを伝える。肺腺癌では、このチロシンキナーゼ領域をコードする遺伝子部分に変異(主にエクソン 19 の欠失変異とエクソン 21 の L858R 点変異)が生じ、リガンドがなくても受容体が常に活性化した状態となることで癌の増殖を駆動する例がある。これを「ドライバー遺伝子変異」とよぶ。 EGFR 遺伝子変異は癌細胞に後天的に生じる体細胞変異であり、その頻度には明確な偏りがある。変異陽性となりやすいのは「東アジア人(日本人を含む)」「女性」「非喫煙者(喫煙歴がない、または少ない)」「組織型が腺癌」という背景をもつ患者である。日本人の肺腺癌では約 40〜50% に EGFR 変異を認めるのに対し、欧米人では 10〜15% 程度にとどまる。 本問は、この 4 つの背景因子を覚えていれば、選択肢のうち「日本人」だけが該当すると判断できる。男性・喫煙者は逆に変異が少ない側の因子であり、飲酒歴や家族歴は EGFR 変異との強い関連が知られていない。

選択肢考察

  1. ×a.  男性

    EGFR 遺伝子変異は女性の肺腺癌に多くみられ、男性はむしろ頻度が低い側である。女性に多い理由の一部は、女性に非喫煙者の肺腺癌が多いことによると考えられている。

  2. ○b.  日本人

    EGFR 遺伝子変異の頻度には人種差があり、日本人を含む東アジア人の肺腺癌では約 40〜50% と高頻度に認められる(欧米人では 10〜15% 程度)。このため日本人であることは EGFR 変異陽性と強く関連する因子である。この人種差は、EGFR チロシンキナーゼ阻害薬(ゲフィチニブなど)が東アジア人で特に高い奏効を示したことから注目されるようになった。

  3. ×c.  喫煙者

    EGFR 遺伝子変異は非喫煙者(喫煙歴がない、または少ない人)の肺腺癌に多い。喫煙者の肺癌では、喫煙関連の変異として KRAS 遺伝子変異などの頻度が高くなり、EGFR 変異は少ない。

  4. ×d.  飲酒歴

    飲酒歴と EGFR 遺伝子変異との間に明らかな関連は知られていない。飲酒は口腔・咽頭・食道癌や肝癌などのリスク因子であるが、肺腺癌のドライバー変異の予測因子とはされていない。

  5. ×e.  家族歴

    肺腺癌の EGFR 遺伝子変異は、癌細胞にのみ後天的に生じる体細胞変異であり、親から受け継ぐ生殖細胞系列の変異ではない。そのため家族歴は変異の有無と強く関連する因子ではない(生殖細胞系列の EGFR 変異による家族性肺癌はごくまれに報告がある程度である)。

肺癌のドライバー遺伝子と分子標的治療

進行非小細胞肺癌(特に非扁平上皮癌)では、治療方針の決定前に EGFR 遺伝子変異、ALK 融合遺伝子、ROS1 融合遺伝子、BRAF V600E 変異などのドライバー遺伝子検査と、PD-L1(programmed death-ligand 1)発現検査を行う。近年は複数の遺伝子を一度に調べる遺伝子パネル検査も用いられる。

EGFR 遺伝子変異

・主な感受性変異:エクソン 19 欠失変異とエクソン 21 の L858R 点変異で、EGFR 変異全体の約 9 割を占める。 ・治療薬:EGFR チロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)。第 1 世代のゲフィチニブ、エルロチニブ、第 2 世代のアファチニブ、ダコミチニブ、第 3 世代のオシメルチニブがある。 ・耐性:第 1・2 世代 EGFR-TKI の使用中に生じる獲得耐性の約半数はエクソン 20 の T790M 変異による。オシメルチニブは T790M 変異にも有効である。 ・主な副作用:皮疹(ざ瘡様皮疹)、下痢、肝機能障害、間質性肺疾患(頻度は高くないが重篤化しうる)。

他のドライバー遺伝子の臨床的特徴

・ALK 融合遺伝子:若年、非喫煙者、腺癌に多い。ALK 阻害薬(アレクチニブなど)を用いる。 ・KRAS 遺伝子変異:喫煙者の腺癌に多く、欧米人で頻度が高い。KRAS G12C 変異には阻害薬(ソトラシブ)がある。

POINT

・肺腺癌の EGFR 遺伝子変異は「東アジア人(日本人)・女性・非喫煙者・腺癌」で多い。 ・日本人肺腺癌の約 40〜50% に EGFR 変異がみられる。 ・EGFR 変異は体細胞変異であり、家族歴・飲酒歴とは関連しない。 ・主な変異はエクソン 19 欠失と L858R で、EGFR チロシンキナーゼ阻害薬が有効である。 ・耐性変異 T790M にはオシメルチニブが有効である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。