日本人・女性・非喫煙者―EGFR変異陽性肺腺癌が教える「患者背景」の読み方
第110回医師国家試験 E問題 第26問
国試問題にチャレンジ
肺腺癌において上皮成長因子受容体〈EGFR〉の遺伝子変異と強く関連する因子はどれか。
- a.男性
- b.日本人
- c.喫煙者
- d.飲酒歴
- e.家族歴
対話形式の解説
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ドクターまとめ
EGFRは細胞膜を貫通するチロシンキナーゼ型受容体で、肺腺癌ではエクソン19欠失やL858R点変異によって恒常的に活性化し、癌の増殖を駆動するドライバー遺伝子となります。EGFR変異は東アジア人(日本人)・女性・非喫煙者・腺癌に多く、日本人肺腺癌では約40〜50%と欧米人より高頻度にみられます。男性や喫煙者はむしろ頻度が低い側であり、癌細胞に後天的に生じる体細胞変異であるため家族歴とも、また飲酒歴とも強い関連はありません。実臨床では背景にかかわらず遺伝子検査で変異を確認し、陽性であればEGFRチロシンキナーゼ阻害薬を用い、耐性変異T790Mにはオシメルチニブが有効で、間質性肺疾患などの副作用に注意します。患者背景と変異の傾向を結びつけて理解することは、分子標的治療の時代に検査と治療を適切に選ぶための基礎となります。
解答・解説
正解はbです
上皮成長因子受容体(EGFR:epidermal growth factor receptor)は細胞膜を貫通するチロシンキナーゼ型受容体であり、リガンドが結合すると細胞内のチロシンキナーゼ領域が活性化して細胞増殖のシグナルを伝える。肺腺癌では、このチロシンキナーゼ領域をコードする遺伝子部分に変異(主にエクソン 19 の欠失変異とエクソン 21 の L858R 点変異)が生じ、リガンドがなくても受容体が常に活性化した状態となることで癌の増殖を駆動する例がある。これを「ドライバー遺伝子変異」とよぶ。 EGFR 遺伝子変異は癌細胞に後天的に生じる体細胞変異であり、その頻度には明確な偏りがある。変異陽性となりやすいのは「東アジア人(日本人を含む)」「女性」「非喫煙者(喫煙歴がない、または少ない)」「組織型が腺癌」という背景をもつ患者である。日本人の肺腺癌では約 40〜50% に EGFR 変異を認めるのに対し、欧米人では 10〜15% 程度にとどまる。 本問は、この 4 つの背景因子を覚えていれば、選択肢のうち「日本人」だけが該当すると判断できる。男性・喫煙者は逆に変異が少ない側の因子であり、飲酒歴や家族歴は EGFR 変異との強い関連が知られていない。
選択肢考察
- ×a. 男性
EGFR 遺伝子変異は女性の肺腺癌に多くみられ、男性はむしろ頻度が低い側である。女性に多い理由の一部は、女性に非喫煙者の肺腺癌が多いことによると考えられている。
- ○b. 日本人
EGFR 遺伝子変異の頻度には人種差があり、日本人を含む東アジア人の肺腺癌では約 40〜50% と高頻度に認められる(欧米人では 10〜15% 程度)。このため日本人であることは EGFR 変異陽性と強く関連する因子である。この人種差は、EGFR チロシンキナーゼ阻害薬(ゲフィチニブなど)が東アジア人で特に高い奏効を示したことから注目されるようになった。
- ×c. 喫煙者
EGFR 遺伝子変異は非喫煙者(喫煙歴がない、または少ない人)の肺腺癌に多い。喫煙者の肺癌では、喫煙関連の変異として KRAS 遺伝子変異などの頻度が高くなり、EGFR 変異は少ない。
- ×d. 飲酒歴
飲酒歴と EGFR 遺伝子変異との間に明らかな関連は知られていない。飲酒は口腔・咽頭・食道癌や肝癌などのリスク因子であるが、肺腺癌のドライバー変異の予測因子とはされていない。
- ×e. 家族歴
肺腺癌の EGFR 遺伝子変異は、癌細胞にのみ後天的に生じる体細胞変異であり、親から受け継ぐ生殖細胞系列の変異ではない。そのため家族歴は変異の有無と強く関連する因子ではない(生殖細胞系列の EGFR 変異による家族性肺癌はごくまれに報告がある程度である)。
肺癌のドライバー遺伝子と分子標的治療
進行非小細胞肺癌(特に非扁平上皮癌)では、治療方針の決定前に EGFR 遺伝子変異、ALK 融合遺伝子、ROS1 融合遺伝子、BRAF V600E 変異などのドライバー遺伝子検査と、PD-L1(programmed death-ligand 1)発現検査を行う。近年は複数の遺伝子を一度に調べる遺伝子パネル検査も用いられる。
EGFR 遺伝子変異
・主な感受性変異:エクソン 19 欠失変異とエクソン 21 の L858R 点変異で、EGFR 変異全体の約 9 割を占める。 ・治療薬:EGFR チロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)。第 1 世代のゲフィチニブ、エルロチニブ、第 2 世代のアファチニブ、ダコミチニブ、第 3 世代のオシメルチニブがある。 ・耐性:第 1・2 世代 EGFR-TKI の使用中に生じる獲得耐性の約半数はエクソン 20 の T790M 変異による。オシメルチニブは T790M 変異にも有効である。 ・主な副作用:皮疹(ざ瘡様皮疹)、下痢、肝機能障害、間質性肺疾患(頻度は高くないが重篤化しうる)。
他のドライバー遺伝子の臨床的特徴
・ALK 融合遺伝子:若年、非喫煙者、腺癌に多い。ALK 阻害薬(アレクチニブなど)を用いる。 ・KRAS 遺伝子変異:喫煙者の腺癌に多く、欧米人で頻度が高い。KRAS G12C 変異には阻害薬(ソトラシブ)がある。
POINT
・肺腺癌の EGFR 遺伝子変異は「東アジア人(日本人)・女性・非喫煙者・腺癌」で多い。 ・日本人肺腺癌の約 40〜50% に EGFR 変異がみられる。 ・EGFR 変異は体細胞変異であり、家族歴・飲酒歴とは関連しない。 ・主な変異はエクソン 19 欠失と L858R で、EGFR チロシンキナーゼ阻害薬が有効である。 ・耐性変異 T790M にはオシメルチニブが有効である。
