「どこが詰まり、いつ起こるか」―冠動脈の地図と時間軸で読み解く心筋梗塞の合併症
第110回医師国家試験 D問題 第12問
国試問題にチャレンジ
心筋梗塞について正しいのはどれか。
- a.右室梗塞では肺動脈圧が上昇する。
- b.心室瘤では心電図でSTが低下する。
- c.心室細動は発症3日以降に起こりやすい。
- d.房室ブロックは下壁梗塞で起こりやすい。
- e.乳頭筋断裂は左前下行枝病変で起こりやすい。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
心筋梗塞の合併症は、閉塞した冠動脈(場所)と発症からの時期(時間)の2軸で整理すると理解しやすくなります。房室結節は約9割で右冠動脈が栄養するため、下壁梗塞では房室ブロックや洞徐脈が起こりやすく、多くは房室結節レベルの一過性のものですが、前壁梗塞に伴うブロックは予後不良でペースメーカを要しやすい点が対照的です。右室梗塞では肺動脈圧は上がらず、低血圧・頸静脈怒張・肺野清明を呈して輸液が治療の基本となり、心室瘤ではST上昇が持続し、乳頭筋断裂は単独支配の後乳頭筋に多く、左前下行枝閉塞ではむしろ心室中隔穿孔に注意します。また、心室細動は発症24時間以内、機械的合併症は数日〜1週間、心室瘤やドレスラー症候群は数週以降と時期が異なるため、この時間軸を押さえることが急性期の監視と急変対応の基盤になります。
解答・解説
正解はdです
本問は急性心筋梗塞(AMI)に伴う合併症を、「どの冠動脈が閉塞すると何が起こるか」「いつ起こるか」という2つの軸で整理できているかを問うている。
冠動脈の灌流域と合併症
・左前下行枝(LAD):左室前壁、心室中隔の前方約2/3、心尖部を灌流する。閉塞すると前壁中隔梗塞となり、広範なポンプ失調、心室中隔穿孔、心室瘤(前壁〜心尖部)が問題になる。 ・右冠動脈(RCA):右室、左室下壁、心室中隔の後方、多くの例で洞結節と房室結節を灌流する。閉塞すると下壁梗塞・右室梗塞となり、徐脈性不整脈(洞徐脈、房室ブロック)や後乳頭筋断裂が起こりやすい。 ・左回旋枝(LCx):左室側壁・後壁を灌流する。
時期と合併症
・発症直後〜24時間以内(特に数時間以内):心室細動などの致死性不整脈が最も多く、院外死亡の主因となる。 ・発症数日〜1週間前後:心破裂(自由壁破裂)、心室中隔穿孔、乳頭筋断裂といった機械的合併症。 ・数週間以降:心室瘤、心膜炎(ドレスラー症候群)など。 これらの知識を各選択肢に当てはめると、房室結節の血流を担う右冠動脈の閉塞で生じる下壁梗塞に房室ブロックが多い、という記述が正しいと判断できる。
選択肢考察
- ×a. 右室梗塞では肺動脈圧が上昇する。
誤り。肺動脈の収縮期圧は右室が血液を押し出す力で生じる。右室梗塞では右室の収縮力が落ちるため、肺動脈へ十分な血液を送り出せず、肺動脈圧はむしろ上昇しにくい。その結果、左室への血液流入(前負荷)が減って低血圧・低心拍出となり、上流では右房圧・中心静脈圧が上がって頸静脈怒張がみられる一方、肺うっ血は伴わないのが特徴である。肺動脈圧が上昇するのは、左室梗塞で左心不全となり肺うっ血をきたし、右室機能が保たれている場合である。
- ×b. 心室瘤では心電図でSTが低下する。
誤り。心室瘤は梗塞部の壊死心筋が線維化して薄くなり、収縮期に外側へ膨隆(奇異性運動)する状態である。心電図では、急性期にみられたST上昇が通常の経過のように基線へ戻らず、発症後数週間以上にわたって持続することが特徴であり、ST低下ではない。前壁〜心尖部梗塞(左前下行枝領域)に多く、心不全、心室性不整脈、瘤内血栓による塞栓症の原因となる。
- ×c. 心室細動は発症3日以降に起こりやすい。
誤り。心室細動や心室頻拍などの致死性不整脈は、虚血心筋の電気的不安定性が最も強い発症直後から24時間以内、特に最初の数時間に集中して起こる。病院到着前の突然死の多くはこれによるため、急性期は心電図モニター監視と除細動器の準備が必須である。発症3日以降はむしろ頻度が下がり、この時期に注意すべきは心破裂などの機械的合併症である。
- ○d. 房室ブロックは下壁梗塞で起こりやすい。
房室結節を栄養する房室結節枝は約9割の症例で右冠動脈から分岐する。下壁梗塞の多くは右冠動脈閉塞によって生じるため、房室結節の虚血や、下壁の受容体を介した迷走神経反射(ベツォルト・ヤーリッシュ反射)が加わり、房室ブロックや洞徐脈が起こりやすい。この場合のブロックは房室結節レベルで生じ、補充調律は幅の狭いQRSで比較的安定し、一過性で回復することが多い。一方、前壁梗塞に伴う房室ブロックはヒス束以下の広範な障害による(幅の広いQRS)ことが多く、頻度は低いが予後不良でペースメーカを要しやすい。
- ×e. 乳頭筋断裂は左前下行枝病変で起こりやすい。
誤り。僧帽弁の前乳頭筋(前外側乳頭筋)は左前下行枝の対角枝と左回旋枝の鈍角枝の二重支配を受けるため、一方が閉塞しても虚血に陥りにくい。これに対し後乳頭筋(後内側乳頭筋)は主に後下行枝の単独支配であり、右冠動脈優位型の多くでは右冠動脈から血流を受ける。そのため乳頭筋断裂は右冠動脈(または回旋枝)閉塞による下壁・後壁梗塞で後乳頭筋に起こりやすく、急性の高度僧帽弁逆流から急性肺水腫・心原性ショックをきたす。左前下行枝病変で起こりやすい機械的合併症は心室中隔穿孔である(中隔前方を中隔枝が灌流するため)。
心筋梗塞の主な合併症
1. 不整脈 ・心室細動・心室頻拍:発症早期(24時間以内)に多い。 ・洞徐脈・房室ブロック:下壁梗塞(右冠動脈)に多い。 ・心房細動:心不全や心房虚血に伴う。 2. ポンプ失調(心不全・心原性ショック) ・梗塞範囲が広いほど起こりやすい(前壁広範梗塞など)。重症度評価にはキリップ分類(身体所見)やフォレスター分類(肺動脈楔入圧と心係数)を用いる。 3. 機械的合併症(多くは発症後数日〜1週間程度) ・左室自由壁破裂:心タンポナーデから急速に電気機械解離(無脈性電気活動:PEA)に陥る。高齢・女性・初回梗塞・再灌流が遅れた例に多い。 ・心室中隔穿孔:新たな汎収縮期雑音、左右短絡による右室の酸素飽和度上昇(ステップアップ)。前壁中隔梗塞(左前下行枝)にも下壁梗塞にも起こる。 ・乳頭筋断裂:急性僧帽弁逆流、急性肺水腫。後乳頭筋(右冠動脈・回旋枝領域)に多い。 4. 遠隔期の合併症 ・心室瘤:持続するST上昇、壁在血栓、心室性不整脈、心不全。 ・心膜炎:発症早期の梗塞後心膜炎と、数週後に免疫学的機序で起こるドレスラー症候群がある。
右室梗塞の特徴
・下壁梗塞に合併しやすい(右冠動脈近位部閉塞)。 ・三徴:低血圧、頸静脈怒張、肺野清明(肺うっ血なし)。 ・右側胸部誘導(V4R)でST上昇がみられる。 ・治療は輸液による前負荷維持が基本で、硝酸薬や利尿薬は前負荷を減らし血圧低下を悪化させるため慎重に扱う。
POINT
・房室結節は主に右冠動脈が灌流するため、下壁梗塞で房室ブロック・洞徐脈が起こりやすい(多くは一過性で予後良好)。 ・心室細動は発症24時間以内、特に最初の数時間に多い。 ・右室梗塞では肺動脈圧は上がらず、低血圧・頸静脈怒張・肺うっ血なしが特徴。治療は輸液。 ・心室瘤ではST上昇が持続する。 ・乳頭筋断裂は単独支配の後乳頭筋(右冠動脈・回旋枝領域)に多く、左前下行枝病変では心室中隔穿孔に注意する。
