硬膜外カテーテルに何を流す?―「作用点が脊髄にある薬」だけが選ばれる理由
第109回医師国家試験 G問題 第26問
国試問題にチャレンジ
術後鎮痛のため硬膜外腔に投与できるのはどれか。
- a.ケタミン
- b.モルヒネ
- c.アセトアミノフェン
- d.副腎皮質ステロイド
- e.非ステロイド性抗炎症薬〈NSAIDs〉
対話形式の解説
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ドクターまとめ
硬膜外腔に投与された薬は脊髄神経根や脊髄に作用するため、術後鎮痛で硬膜外に用いるのは、作用点がそこにある局所麻酔薬とオピオイド(モルヒネ、フェンタニル)です。モルヒネは脊髄後角のμオピオイド受容体に作用して少量で長時間の鎮痛をもたらしますが、水溶性が高く頭側へ広がるため遅発性呼吸抑制に注意し、ナロキソンで拮抗できます。ケタミン、アセトアミノフェン、NSAIDsは作用部位が脳や末梢にあり、静注・経口などで使う薬で、ステロイドは慢性疼痛の神経ブロックに用いられることはあっても術後鎮痛目的の持続投与には用いません。またレミフェンタニルは添加物のため脊柱管内投与が禁忌です。薬の作用部位から投与経路を考える姿勢は、多角的鎮痛を組み立てるうえでの基本になります。
解答・解説
正解はbです
硬膜外腔とは、脊柱管の中で、脊髄を包む硬膜の外側と黄色靱帯・椎骨の内側との間にある隙間で、脂肪組織や静脈叢を含む。ここにカテーテルを留置して薬剤を持続的に投与する硬膜外鎮痛は、開胸・開腹手術などの術後鎮痛として広く行われている。 硬膜外腔に投与された薬剤は、(1)椎間孔を出入りする脊髄神経根に直接作用する、(2)硬膜・くも膜を通過して脳脊髄液中に移行し、脊髄に作用する、という経路で効果を発揮する。したがって硬膜外投与に適した薬剤とは、脊髄神経根や脊髄そのものに作用点を持つ薬剤である。 日常臨床で硬膜外腔に投与される鎮痛薬は、大きく次の2群である。 ・局所麻酔薬(ロピバカイン、レボブピバカイン、ブピバカインなど):神経根のNa+チャネルを遮断して痛みの伝導を止める。 ・オピオイド(モルヒネ、フェンタニルなど):脊髄後角に豊富に存在するμオピオイド受容体に作用し、痛みの信号が脳へ伝わるのを抑える。 実際の術後鎮痛では、両者を少量ずつ併用することが多い。作用機序の異なる薬を組み合わせることで、運動神経遮断や低血圧などの局所麻酔薬の副作用、呼吸抑制などのオピオイドの副作用をそれぞれ抑えつつ、良好な鎮痛が得られる。 一方、作用部位が脳(中枢神経の上位)や末梢の炎症部位にある薬剤は、硬膜外に投与しても意味がないうえ、製剤中の添加物による神経毒性の危険もあるため用いられない。選択肢の中で硬膜外投与が確立しているのはモルヒネである。
選択肢考察
- ×a. ケタミン
ケタミンはNMDA受容体拮抗作用を持つ静脈麻酔薬で、静注または筋注で用いる。体表(皮膚・骨・関節)の痛みに対する鎮痛作用は強いが、内臓痛への効果は弱い。主な作用部位は大脳皮質や視床などの中枢神経であり、意識と感覚の連絡を断つ「解離性麻酔」を生じる。 日本では硬膜外腔への投与は認められていない。製剤に含まれる保存剤による神経毒性が懸念されることも、脊柱管内に投与しない理由である。術後鎮痛に使う場合は少量の静脈内持続投与として用いられる。
- ○b. モルヒネ
モルヒネは代表的なオピオイドで、μオピオイド受容体に結合して鎮痛作用を示す。μ受容体は脊髄後角(特に膠様質)に豊富に存在し、硬膜外腔に投与されたモルヒネは硬膜を通過して脳脊髄液に移行し、この部位に作用して痛みの伝達を抑える。少ない量で強力かつ長時間(12〜24時間程度)の鎮痛が得られ、硬膜外投与・くも膜下投与のいずれも術後鎮痛として確立した方法である。 モルヒネは水溶性が高いため脳脊髄液中にとどまりやすく、髄液の流れに乗って頭側へ広がる。このため投与後数時間〜十数時間たってから生じる遅発性呼吸抑制に注意が必要で、術後は呼吸数や意識レベルの観察を行う。そのほかの副作用として、瘙痒感、悪心・嘔吐、尿閉がある。呼吸抑制にはオピオイド拮抗薬のナロキソンが有効である。
- ×c. アセトアミノフェン
アセトアミノフェンは解熱鎮痛薬で、主に中枢神経(脳)に作用して効果を示すと考えられている。末梢での抗炎症作用はほとんどない。経口、坐剤、静注の剤形があり、術後鎮痛では静注製剤が多く用いられる。硬膜外腔に投与する製剤・方法はない。 消化管障害や腎障害、出血傾向といったNSAIDsの副作用が少ないため、術後の多角的鎮痛(複数の鎮痛法を組み合わせる方法)の基本薬としてよく併用される。過量投与による肝障害には注意する。
- ×d. 副腎皮質ステロイド
副腎皮質ステロイドには抗炎症作用はあるが、直接の鎮痛作用はない。腰部脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアによる神経根性疼痛などの慢性疼痛に対して、神経根周囲の炎症を抑える目的で局所麻酔薬とともに硬膜外ブロックに用いられることや、脊椎手術の際に抗炎症目的で硬膜外付近に使用されることはある。しかし、術後鎮痛を目的として硬膜外腔に持続投与する薬剤ではない。
- ×e. 非ステロイド性抗炎症薬〈NSAIDs〉
NSAIDs(ロキソプロフェン、ジクロフェナク、フルルビプロフェンなど)は、シクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害してプロスタグランジンの産生を抑え、主に末梢の炎症部位で鎮痛・抗炎症作用を示す。経口、坐剤、静注で用いられ、術後鎮痛にも広く使われるが、硬膜外腔に投与することはない。 術後に使用する際は、消化性潰瘍、腎機能障害、血小板機能抑制による出血傾向、アスピリン喘息などの副作用に注意する。
硬膜外鎮痛の概要
硬膜外カテーテルを手術創に対応する脊髄分節の高さ(例:開腹上腹部手術では下位胸椎レベル)に留置し、局所麻酔薬とオピオイドを持続注入する。患者自身がボタンを押して追加投与できる自己調節鎮痛(PCEA:patient-controlled epidural analgesia)として用いることも多い。 利点:良好な鎮痛による早期離床、深呼吸・咳嗽が可能となることによる術後肺合併症の減少、腸管運動の回復促進など。 禁忌:患者の拒否、穿刺部位の感染、凝固障害や抗凝固療法中(硬膜外血腫の危険)、重度の循環血液量減少、頭蓋内圧亢進など。
脊柱管内に投与される主な薬剤
・局所麻酔薬:ロピバカイン、レボブピバカイン、ブピバカイン(脊髄くも膜下麻酔では高比重・等比重製剤)など。 ・オピオイド:モルヒネ(水溶性が高く作用時間が長いが、遅発性呼吸抑制に注意)、フェンタニル(脂溶性が高く作用発現が速く、作用時間は比較的短い)。 ・脊柱管内に投与してはならないオピオイドの例:レミフェンタニル(製剤にグリシンが含まれ、神経毒性のおそれがあるため硬膜外・くも膜下投与は禁忌)。
硬膜外オピオイドの副作用
呼吸抑制(モルヒネでは遅発性)、瘙痒感、悪心・嘔吐、尿閉、傾眠。ナロキソンで拮抗できる。
硬膜外局所麻酔薬の副作用
交感神経遮断による低血圧・徐脈、運動神経遮断による下肢の筋力低下、局所麻酔薬中毒(血管内誤注入時)、くも膜下誤注入による全脊髄くも膜下麻酔。
多角的鎮痛(multimodal analgesia)
硬膜外鎮痛や末梢神経ブロック、アセトアミノフェン、NSAIDs、オピオイドなど作用機序の異なる鎮痛法を組み合わせ、それぞれの使用量と副作用を減らしながら鎮痛効果を高める考え方である。
POINT
・硬膜外腔に投与する鎮痛薬は「局所麻酔薬」と「オピオイド(モルヒネ、フェンタニル)」である。 ・オピオイドは脊髄後角のμオピオイド受容体に作用して鎮痛効果を示す。 ・硬膜外モルヒネは水溶性が高く頭側に広がるため、遅発性呼吸抑制に注意する。その他、瘙痒感・悪心・尿閉が副作用である。 ・ケタミン、アセトアミノフェン、NSAIDsは硬膜外には投与しない(静注・経口などで用いる)。 ・レミフェンタニルは添加物(グリシン)のため脊柱管内投与は禁忌である。
