「不安でいい」と伝える勇気―看取りを前にした家族に医療者ができること
第109回医師国家試験 F問題 第24問
国試問題にチャレンジ
70歳の男性。痩せと全身倦怠感とを主訴に家族に付き添われて来院した。5年前に大腸癌の手術をした。3年前に肝臓と肺の多発転移が判明し,1年前から自宅近くの診療所で緩和ケアを受けていた。徐々に食欲不振と痩せとが進行し,1か月前からほとんど食事をとらず寝たきりとなっていた。本人と妻は宗教心があつく毎日のお祈りを欠かさない。妻と長男夫婦が付き添っているが,身近に迫る患者の死を前にして強い不安がうかがわれる。 家族に対する対応として適切なのはどれか。
- a.奇跡を祈るよう促す。
- b.感情の表出を支援する。
- c.毎日のお祈りをやめさせる。
- d.取り乱さないよう指導する。
- e.不安を感じてはいけないと諭す。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
緩和ケアの対象は患者本人だけでなく家族も含まれ、死が迫る中で家族が抱く不安や悲しみは予期悲嘆と呼ばれる自然な反応です。医療者は感情を否定したり抑え込ませたりせず、安心して気持ちを表出できる場を用意して傾聴・共感することが基本となります。患者と家族の信仰や価値観は尊重すべきもので、医療者が祈りを勧めたりやめさせたりするのは適切ではありません。表出された思いから家族の具体的な心配を把握し、終末期の経過の説明や看取りの準備、死別後のグリーフケアへとつなげていきます。全人的苦痛の視点で家族まで含めて支える姿勢は、どの診療科でも看取りに関わる医師にとって欠かせない基本です。
解答・解説
正解はbです
状況の整理
・大腸癌術後に肝臓・肺へ多発転移し、1年前から緩和ケアを受けている70歳男性。 ・食欲不振と痩せが進み、1か月前からほとんど食事をとれず寝たきりである。がんの終末期で、余命は限られていると考えられる。 ・本人と妻は信仰心が厚く、毎日の祈りが心の支えになっている。 ・付き添う妻と長男夫婦には、迫りつつある死を前にした強い不安がみられる。
設問の考え方
問われているのは「家族」への対応である。緩和ケアは患者本人だけでなく家族も支援の対象とし、身体的な苦痛だけでなく、心理的・社会的・スピリチュアル(生きる意味や信仰、死生観にかかわる)な苦痛にも対応する。 大切な人の死が近づいたときに家族が不安・悲しみ・怒り・罪悪感などを抱くのは自然な反応であり、死別の前から始まる悲嘆(予期悲嘆)とよばれる。医療者に求められるのは、その感情を否定したり抑え込ませたりすることではなく、安心して気持ちを言葉にできる場をつくり、傾聴し、受け止めることである。また、信仰は本人と家族にとって大切な支えであり、医療者はそれを尊重する立場をとる。医療者自身の価値観で信仰を勧めたり、やめさせたりすることは適切でない。 この観点から、家族の感情の表出を支援する対応が適切である。
選択肢考察
- ×a. 奇跡を祈るよう促す。
何をどう祈るかは家族自身が決める信仰上の事柄であり、医療者が内容に踏み込んで指示すべきではない。また「奇跡を祈るよう」に促すことは、回復の見込みが乏しい現実から目をそらさせ、根拠のない期待を抱かせることにつながる。その結果、死を受け入れる準備や、残された時間をどう過ごすかの話し合いが妨げられ、死別後の悲嘆を強めるおそれもある。医療者は信仰を尊重しつつ、病状については誠実に伝える立場をとるべきである。
- ○b. 感情の表出を支援する。
死が迫る家族を前にした不安や悲しみは自然な感情であり、それを言葉にして誰かに受け止めてもらうことで気持ちが整理され、心理的な負担が軽くなる。医療者は落ち着いて話せる時間と場所を用意し、批判や安易な励ましをせずに傾聴・共感することで、家族の感情表出を支える。表出された思いから、家族が何を心配しているのか(苦しまずに逝けるか、今後どのような経過をたどるか、自分たちに何ができるか、など)が明らかになり、今後起こりうる変化の説明や看取りへの準備といった具体的な支援につなげられる。これは患者が亡くなった後の遺族ケア(グリーフケア)にもつながる対応である。
- ×c. 毎日のお祈りをやめさせる。
本人と妻にとって毎日の祈りは精神的な支えであり、スピリチュアルな苦痛を和らげる大切な営みである。医療上の害もなく、やめさせる理由はまったくない。患者と家族の価値観・信仰を尊重することは、終末期医療の基本である。必要に応じて、宗教者(チャプレンなど)の関与を支援することも考えられる。
- ×d. 取り乱さないよう指導する。
家族が取り乱しそうになるのは強い不安や悲しみの表れであり、それ自体を禁じても不安は消えず、かえって感情を抑え込ませて孤立感を深めることになる。家族が落ち着いて患者と向き合えるようになるのは、不安が受け止められ和らいだ結果であって、指導で求めるものではない。医療者は原因となっている不安に目を向け、感情の表出を受け止めることや、今後の経過の説明などを通じて支援すべきである。
- ×e. 不安を感じてはいけないと諭す。
家族の死を前にして不安を感じるのは当然の反応であり、「感じてはいけない」と否定することは家族の気持ちを傷つけ、医療者に本音を話しにくくさせる。感情を否定するのではなく、不安を抱くのは自然なことだと認め(感情の承認)、その内容に耳を傾けることが適切である。
緩和ケアの考え方(WHOの定義の要点)
生命を脅かす病気に直面する患者とその家族を対象に、痛みなどの身体的な問題、心理社会的な問題、スピリチュアルな問題を早い段階から把握して適切に評価・対処し、苦痛を予防・軽減して生活の質(QOL)を高める取り組みである。終末期だけでなく診断時から行われ、患者の死後の家族の悲嘆への支援も含む。
全人的苦痛(トータルペイン)
終末期患者の苦痛は、身体的苦痛、精神的苦痛(不安・抑うつなど)、社会的苦痛(仕事・経済・家族関係など)、スピリチュアルペイン(生きる意味、罪悪感、死への恐怖など)が互いに影響し合ったものとしてとらえる。シシリー・ソンダースが提唱した概念である。
家族へのケア
・予期悲嘆: 死別の前から始まる悲嘆。感情の表出を促し、受け止めることが支援の基本となる。 ・看取りの準備: 終末期に起こりうる変化(食事がとれなくなる、眠っている時間が長くなる、呼吸の様子が変わるなど)を事前に説明すると、家族の不安が和らぐ。 ・家族も「第二の患者」とよばれることがあり、介護疲労や心身の不調にも配慮する。 ・遺族ケア(グリーフケア): 死別後の家族の悲嘆を支える。悲嘆が長期化・複雑化した場合は専門的支援につなぐ。
死の受容過程(キューブラー・ロス)
否認 → 怒り → 取り引き → 抑うつ → 受容の5段階が知られる。ただし必ずしもこの順に進むわけではなく、段階を行き来することも多い。
POINT
・緩和ケアの対象は患者本人と家族である。 ・死を前にした家族の不安や悲しみは自然な反応(予期悲嘆)であり、否定・抑制せずに感情の表出を支え、傾聴・共感する。 ・患者と家族の信仰・価値観は尊重し、医療者が勧めたりやめさせたりしない。 ・苦痛は身体・精神・社会・スピリチュアルの全人的苦痛としてとらえる。 ・死別後の遺族ケア(グリーフケア)も緩和ケアの一部である。
