胃を失って20年―通院中断が招いた「大きすぎる赤血球」とビタミンB12欠乏
第109回医師国家試験 E問題 第53問
国試問題にチャレンジ
82歳の男性。易疲労感を主訴に来院した。3か月前から顔面が蒼白であることを指摘され,息切れと易疲労感とを自覚するようになった。2か月前から味覚異常と手足のしびれとを感じていた。3週前から易疲労感が増悪するため受診した。20年前に胃癌に対し胃全摘術を受けたが,10年前から自らの判断で通院をやめていた。身長172 cm,体重56 kg。体温36.2℃。脈拍92/分,整。血圧102/66 mmHg。呼吸数18/分。眼瞼結膜は貧血様である。眼球結膜に黄染を認めない。下腿に軽度の浮腫を認める。下腿から遠位に感覚障害を認める。血液所見:赤血球172万,Hb 6.8 g/dL,Ht 21%,白血球3,300,血小板11万。血液生化学所見:総蛋白5.8 g/dL,アルブミン2.8 g/dL,総ビリルビン1.2 mg/dL,AST 24 IU/L,ALT 32 IU/L,LD 648 IU/L(基準176~353),尿素窒素11 mg/dL,クレアチニン0.9 mg/dL,血糖106 mg/dL。 まず投与すべきなのはどれか。
- a.鉄剤
- b.亜鉛製剤
- c.ニコチン酸製剤
- d.カルシウム製剤
- e.ビタミンB12製剤
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
胃全摘術後には内因子が失われるため、ビタミンB12を吸収できなくなり、肝臓の貯蔵が尽きる術後数年以降に巨赤芽球性貧血が現れます。MCVが120 fLを超える高度の大球性貧血に、無効造血による汎血球減少やLD上昇、Hunter舌炎による味覚異常、末梢神経障害や亜急性連合性脊髄変性症による感覚障害が加われば、B12欠乏を強く疑います。治療はビタミンB12の非経口投与で、生涯続ける必要があり、神経障害を残さないためには早期の補充が重要です。鉄欠乏性貧血は小球性、亜鉛欠乏は味覚障害が中心、ニコチン酸欠乏はペラグラと、それぞれ病像が異なります。B12欠乏への葉酸単独投与は神経症状を悪化させうることや、造血回復期の鉄欠乏・低カリウム血症にも注意が必要で、胃切除後の長期フォローの意義を理解するうえで重要な問題です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・82歳男性。20年前に胃癌で胃全摘術を受け、10年前から自己判断で通院を中断している。 ・3か月前から顔面蒼白・息切れ・易疲労感(貧血症状)、2か月前から味覚異常と手足のしびれ。 ・身体所見:眼瞼結膜の貧血、下腿浮腫、下腿より遠位の感覚障害(手袋靴下型の末梢神経障害を示唆)。BMIは56÷1.72²≒18.9とやせ気味。脈拍92/分とやや頻脈で、貧血に対する代償と考えられる。 ・血液所見:赤血球172万、Hb 6.8 g/dL、Ht 21%、白血球3,300、血小板11万と、三系統がいずれも低下した汎血球減少である。 ・生化学:LD 648 IU/Lと高値、総ビリルビン1.2 mg/dLと上限付近。AST/ALTは正常。総蛋白5.8 g/dL、アルブミン2.8 g/dLと低栄養。
赤血球指数の計算
・MCV(平均赤血球容積)=Ht(%)÷赤血球数(10⁶/μL)×10=21÷1.72×10≒122 fL → 大球性(基準はおおむね80〜100 fL) ・MCH(平均赤血球ヘモグロビン量)=Hb(g/dL)÷赤血球数(10⁶/μL)×10=6.8÷1.72×10≒40 pg ・MCHC(平均赤血球ヘモグロビン濃度)=Hb÷Ht×100=6.8÷21×100≒32% → 正色素性 すなわち大球性正色素性貧血である。
診断へのプロセス
MCVが120 fLを超えるような高度の大球性貧血は、巨赤芽球性貧血(ビタミンB12または葉酸の欠乏)に特徴的である。巨赤芽球性貧血ではDNA合成障害により骨髄内で血球が成熟できずに壊れる「無効造血」が起こり、赤血球だけでなく白血球・血小板も減って汎血球減少を呈しうる。骨髄内での細胞破壊によりLD(特にLD1・LD2)と間接ビリルビンが上昇する点も本例に合致する。 ビタミンB12の吸収には、胃の壁細胞から分泌される内因子が必要である。胃全摘術後は内因子が失われるため、ビタミンB12の補充(通常は非経口投与)を継続しなければならない。ビタミンB12は肝臓に数年分が貯蔵されているため、欠乏症状は術後おおむね5年前後以降に顕在化する。本例は通院中断により補充が途絶え、10年かけて欠乏が進行したと考えられる。 手足のしびれ・遠位の感覚障害はビタミンB12欠乏による神経障害(末梢神経障害や亜急性連合性脊髄変性症)で説明でき、味覚異常は舌乳頭の萎縮を伴う舌炎(Hunter舌炎)によるものと解釈できる。以上から、胃全摘術後のビタミンB12欠乏による巨赤芽球性貧血と診断する。
設問の考え方
「まず投与すべき」薬剤は、病態の中心であるビタミンB12欠乏を補うものである。胃全摘後は内因子がなく経口吸収が期待しにくいため、筋注などの非経口投与で補充するのが基本となる。
選択肢考察
- ×a. 鉄剤
鉄剤は鉄欠乏性貧血の治療薬である。鉄欠乏性貧血はヘモグロビン合成の材料不足による小球性低色素性貧血(MCV低値、MCHC低値)となるが、本例はMCV約122 fLの大球性正色素性貧血であり、病態の主体は鉄欠乏ではない。なお胃全摘後は胃酸の欠如により鉄(3価→2価への還元)の吸収も低下するため鉄欠乏を合併することはあり、ビタミンB12投与で造血が回復すると鉄需要が急増して鉄欠乏が顕在化することもある。その場合は後から鉄剤を追加するが、最初に投与すべき薬剤ではない。
- ×b. 亜鉛製剤
亜鉛欠乏は味覚障害、皮膚炎、脱毛、創傷治癒遅延などをきたし、亜鉛製剤はその治療に用いられる。本例にも味覚異常はあるが、高度の大球性貧血・汎血球減少・末梢神経障害は亜鉛欠乏では説明できない。味覚異常はビタミンB12欠乏によるHunter舌炎(舌乳頭萎縮)で説明可能であり、優先すべき治療ではない。
- ×c. ニコチン酸製剤
ニコチン酸(ナイアシン、ビタミンB3)の欠乏症はペラグラであり、皮膚炎(日光露光部の皮疹)、下痢、認知症(精神症状)の三徴(3D)を特徴とする。本例にはこれらの症状がなく、大球性貧血もペラグラの特徴ではないため適応とならない。
- ×d. カルシウム製剤
カルシウム製剤は低カルシウム血症や骨粗鬆症などに用いられる。胃切除後は脂肪の吸収障害に伴ってカルシウム・ビタミンDの吸収も低下し、骨軟化症や骨粗鬆症(胃切除後骨障害)をきたすことがあるが、本例の主問題である貧血・神経障害の治療にはならない。
- ○e. ビタミンB12製剤
胃全摘により内因子が欠如し、ビタミンB12補充の中断によって巨赤芽球性貧血と神経障害をきたした病態であり、原因療法としてビタミンB12を補充する。内因子がないため経口剤では吸収効率が低く、筋注などの非経口投与が基本である。投与後は数日で網赤血球が増加し、貧血は数週〜数か月で改善する。神経障害は治療開始が遅れると不可逆的な後遺症を残しうるため、速やかな補充が重要である。補充は生涯継続する必要がある。
巨赤芽球性貧血の原因
・ビタミンB12欠乏:悪性貧血(抗内因子抗体・抗壁細胞抗体による自己免疫性萎縮性胃炎)、胃全摘後(内因子欠如)、回腸末端切除やCrohn病(吸収部位の障害)、盲係蹄症候群(腸内細菌によるB12消費)、広節裂頭条虫症、厳格な菜食主義など。 ・葉酸欠乏:アルコール多飲、低栄養、妊娠・溶血性貧血など需要増大、メトトレキサートなどの葉酸拮抗薬。葉酸は体内貯蔵が数か月分と少なく、比較的短期間で欠乏しうる。
ビタミンB12欠乏に特徴的な所見
・大球性貧血(MCVはしばしば120 fL前後以上)、汎血球減少、網赤血球の相対的減少 ・末梢血の過分葉好中球、骨髄の巨赤芽球 ・無効造血によるLD高値(LD1・2優位)、間接ビリルビン上昇、ハプトグロビン低下 ・Hunter舌炎(舌乳頭萎縮、平滑舌、味覚異常) ・神経障害:末梢神経障害、亜急性連合性脊髄変性症(後索障害による深部感覚低下・失調、側索障害による錐体路徴候)、認知機能低下 ・葉酸欠乏では神経障害はまれであり、この点が両者の鑑別に役立つ。
治療上の注意
・ビタミンB12欠乏に対して葉酸だけを投与すると、貧血は一時的に改善しても神経障害が進行・増悪することがあるため、原因を確認してから補充する。 ・治療開始後は造血が急速に回復するため、鉄欠乏の顕在化や低カリウム血症に注意する。
胃切除後症候群の主な晩期合併症
・ダンピング症候群(早期・後期) ・ビタミンB12欠乏による巨赤芽球性貧血(術後数年以上経て出現) ・鉄欠乏性貧血(胃酸低下による鉄吸収障害) ・骨障害(カルシウム・ビタミンD吸収障害による骨粗鬆症・骨軟化症) ・体重減少・低栄養、逆流性食道炎(残胃炎・吻合部炎)
POINT
・胃全摘後は内因子が欠如するため、ビタミンB12の非経口補充を生涯継続する必要がある。 ・ビタミンB12は肝に数年分貯蔵されるため、欠乏症状は術後数年以上経って出現する。 ・MCV=Ht÷赤血球数(10⁶/μL)×10。MCV高度上昇+汎血球減少+LD上昇=無効造血を伴う巨赤芽球性貧血を考える。 ・B12欠乏の随伴症状:Hunter舌炎(味覚異常)、末梢神経障害、亜急性連合性脊髄変性症。 ・B12欠乏に葉酸単独投与は神経症状を悪化させうる。
