立てなくなった75歳男性―白く硬い胸椎が告げる「前立腺」からの便り
第109回医師国家試験 D問題 第42問
国試問題にチャレンジ
75歳の男性。急に立ち上がれなくなったため搬入された。数日前から下肢にしびれ感を感じていた。今朝起きた際に下肢に力が入らず立ち上がれなくなったため救急搬送された。意識は清明。対麻痺を認める。筋力は徒手筋力テストで下肢は1から2であるが,上肢には筋力低下はない。鼠径部以下に感覚障害を認める。上肢に感覚障害を認めない。下肢の深部腱反射は消失している。脊椎エックス線写真で第11胸椎に骨硬化を認める。病変部の胸椎CTを別に示す。 診断のために有用なのはどれか。

- a.FT4
- b.PSA
- c.PTH
- d.CEA
- e.CA19-9
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
上肢正常で下肢に限局した急速な対麻痺は胸髄以下の病変を示し、成人の脊髄は第1〜2腰椎の高さで終わるため、下位胸椎の病変でも鼠径部以下の感覚障害や腱反射消失(反射弓障害や脊髄ショック)が起こりえます。椎骨の骨破壊を伴う造骨性優位の変化は靱帯骨化症ではなく造骨型の骨転移を示唆し、高齢男性では前立腺癌が代表的な原発巣となるため、PSA測定が最も有用です。CEAやCA19-9は前立腺癌を狙い撃ちできず、甲状腺癌や膵・胆道癌の骨転移は溶骨性が主体で、FT4やPTHは原発巣検索の役に立ちません。PSAは良性疾患でも上昇するため確定には前立腺生検が必要で、麻痺を伴う転移性脊椎腫瘍は緊急疾患としてステロイド、除圧術、放射線照射を速やかに検討します。脊髄分節と椎体高位のずれ、転移の造骨型・溶骨型の区別を押さえることは、骨転移を疑う日常診療の土台になります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・75歳男性。数日前からの下肢のしびれに続き、朝起きたら下肢に力が入らず立てなくなった。短期間で急速に進行した対麻痺(両下肢の麻痺)である。 ・下肢の徒手筋力テスト(MMT:0〜5の6段階で筋力を評価する方法)は1〜2と高度に低下しているが、上肢の筋力と感覚は正常である。したがって病変は頸髄より下、胸髄以下にある。 ・感覚障害は鼠径部以下で、これはおおよそL1デルマトーム(皮膚分節)に相当する。脊髄は成人では第1〜2腰椎の高さで終わるため、脊髄の分節と椎体の高さはずれており、第11胸椎の高さには腰髄の上部がある。第11胸椎の病変で鼠径部以下の感覚障害が生じることはこの解剖と合致する。 ・下肢の深部腱反射が消失している。第11〜12胸椎の高さには腰髄膨大部(下肢を支配するL2〜S3前後の分節が集まって太くなった部分)があり、この高さの圧迫では膝蓋腱反射(L2〜L4)やアキレス腱反射(S1)の反射弓そのものが障害されうる。さらに急性期には脊髄ショックにより障害レベル以下の反射が一時的に消失し、数週かけて反射亢進(痙性)へ移行する。いずれにしても、この高さの急性の脊髄圧迫として矛盾しない。
画像所見と診断
・単純エックス線写真で第11胸椎に骨硬化がみられ、胸椎CTでは椎体から椎弓根・椎弓にかけて、骨が増える変化(造骨性)と骨が溶ける変化(溶骨性)が混在して骨構造が破壊され、脊柱管が狭くなっている。 ・椎骨に骨硬化を示す疾患として黄色靱帯骨化症(胸腰椎移行部に多い)や後縦靱帯骨化症も考えられるが、これらは靱帯の骨化であり椎体・椎弓の骨そのものが破壊されることはない。骨破壊を伴う造骨性優位の病変であることから、転移性脊椎腫瘍(造骨型の骨転移)による脊髄圧迫と判断する。
設問の考え方
高齢男性で造骨性の骨転移を起こす癌の代表は前立腺癌である。原発巣を探す第一歩として、前立腺癌の腫瘍マーカーであるPSA(前立腺特異抗原)の測定が最も有用である。なお、転移性脊椎腫瘍による急速進行性の対麻痺は緊急事態であり、診断と並行して副腎皮質ステロイド投与、除圧術や放射線照射を速やかに検討する必要がある。
選択肢考察
- ×a. FT4
FT4(遊離サイロキシン)は甲状腺機能を評価する検査で、甲状腺機能亢進症・低下症の診断に用いる。甲状腺癌も骨転移を起こすが、その転移は溶骨性が主体であり、しかも分化型甲状腺癌ではFT4は通常正常で腫瘍マーカーとしての意義はない(分化型甲状腺癌の術後の再発・転移の指標にはサイログロブリンを用いる)。本例の造骨性転移の原因検索には役立たない。
- ○b. PSA
PSA(prostate-specific antigen、前立腺特異抗原)は前立腺上皮から分泌されるタンパクで、前立腺癌の腫瘍マーカーとして最も有用である。前立腺癌は高齢男性に多く、骨転移の頻度が高く、脊椎・骨盤に造骨性(骨硬化性)転移を起こすのが特徴である。本例の造骨性変化を伴う脊椎病変の原発巣として前立腺癌を第一に考え、PSAを測定する。骨転移を伴う前立腺癌ではPSAが著明高値(しばしば100 ng/mL以上)となることが多い。なお前立腺肥大症や前立腺炎でも上昇するため、確定診断には前立腺生検が必要である。
- ×c. PTH
PTH(副甲状腺ホルモン)は副甲状腺機能亢進症の診断などに用いる。原発性副甲状腺機能亢進症では骨吸収が亢進し、骨膜下吸収や線維性骨炎(褐色腫)などの骨病変を起こしうるが、椎骨の局所的な骨破壊と造骨の混在による脊髄圧迫の原因を探す検査としては適切でない。また悪性腫瘍に伴う高カルシウム血症ではPTHはむしろ抑制される(PTH関連タンパクPTHrPが関与する)。
- ×d. CEA
CEA(がん胎児性抗原)は大腸癌をはじめ胃癌、膵・胆道癌、肺腺癌、乳癌など多くの腺癌で上昇する汎用的な腫瘍マーカーである。臓器特異性が低く、喫煙者でも軽度上昇する。高齢男性の造骨性骨転移の原発巣として最も可能性の高い前立腺癌を狙い撃ちできる検査ではなく、本問で最も有用な検査とはいえない。
- ×e. CA19-9
CA19-9(糖鎖抗原19-9)は膵癌、胆道癌で特に高値を示す腫瘍マーカーで、胃癌・大腸癌などの消化器癌や卵巣癌でも上昇することがある。胆道閉塞や胆管炎などの良性疾患でも上昇する。これらの癌の骨転移は溶骨性が主体であり、造骨性転移の原因検索としては適切でない。
転移性脊椎腫瘍
・脊椎は骨転移の最も多い部位である。骨転移を起こしやすい原発巣は、肺癌、乳癌、前立腺癌、腎癌、甲状腺癌などである。 ・転移巣の性状による分類 造骨型(骨硬化型):前立腺癌が代表。乳癌の一部、胃癌(特に低分化型)や肺癌の一部でもみられる。 溶骨型:肺癌、腎癌、甲状腺癌、多発性骨髄腫(骨髄腫は転移ではないが打ち抜き像の溶骨性病変を示す)、乳癌の多く。 混合型:乳癌などでは造骨と溶骨が混在する。 ・初発症状は局所の痛み(安静時・夜間にも続く背部痛)が多く、進行すると病的骨折や腫瘍の脊柱管内進展により脊髄・馬尾が圧迫され、しびれや麻痺、膀胱直腸障害が生じる。 ・単純エックス線正面像で椎弓根の陰影が消える所見(pedicle sign、winking owl sign)は溶骨性転移の早期所見として知られる。MRI、CT、骨シンチグラフィ、PET-CTで病変の広がりを評価する。
転移性脊椎腫瘍による脊髄圧迫の対応
・神経症状が出てから時間がたつほど回復が難しくなるため、緊急対応が必要である。 ・副腎皮質ステロイド(デキサメタゾン)で浮腫を軽減し、除圧・固定術や放射線照射を検討する。前立腺癌であればホルモン療法(アンドロゲン除去療法)も有効である。
脊髄の分節と椎体の高さのずれ
・成人の脊髄は第1〜2腰椎の高さで脊髄円錐として終わり、それより下は馬尾(神経根の束)となる。 ・第11〜12胸椎の高さには腰髄膨大部が、第12胸椎〜第1腰椎の高さには仙髄・脊髄円錐が位置するため、第11〜12胸椎の病変で下肢全体の麻痺や膀胱直腸障害が起こりうる。 ・感覚レベルの目安:乳頭 T4、臍 T10、鼠径部 L1。
主な腫瘍マーカー
・PSA:前立腺癌 ・CEA:大腸癌など腺癌全般 ・CA19-9:膵癌、胆道癌 ・AFP、PIVKA-Ⅱ:肝細胞癌 ・CA125:卵巣癌 ・CA15-3:乳癌 ・SCC:扁平上皮癌 ・ProGRP、NSE:小細胞肺癌
POINT
・高齢男性の造骨性(骨硬化性)骨転移 → 前立腺癌を考え、PSAを測定する。 ・造骨型転移の代表は前立腺癌(乳癌の一部、胃癌・肺癌の一部でも起こる)、溶骨型は肺癌・腎癌・甲状腺癌など。 ・成人の脊髄は第1〜2腰椎の高さで終わるため、下位胸椎の病変でも腰髄レベル(鼠径部以下)の障害が起こる。 ・急性の脊髄圧迫では脊髄ショックにより障害レベル以下の腱反射が消失し、後に亢進に転じる。 ・転移性脊椎腫瘍による麻痺は緊急疾患で、ステロイド・除圧術・放射線照射を速やかに検討する。
