首の手術で何が起こる?―解剖から読み解く甲状腺全摘出術の3大合併症
第109回医師国家試験 D問題 第20問
国試問題にチャレンジ
甲状腺全摘出術を行う場合,術前に説明すべき合併症はどれか。3つ選べ。
- a.血腫
- b.動悸
- c.異常発汗
- d.テタニー
- e.反回神経麻痺
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
甲状腺全摘出術の代表的な合併症は、術後出血による血腫、副甲状腺機能低下症による低Ca血症とテタニー、反回神経麻痺の3つで、いずれも甲状腺周囲の解剖から理解できます。頸部の血腫は気管を圧迫して窒息を招くため緊急の血腫除去が必要であり、両側反回神経麻痺は呼吸困難から気管切開を要することがあります。動悸や異常発汗は甲状腺中毒症の症状で、機能亢進症でも術前に甲状腺機能を正常化してから手術するため、一般的な合併症には含めません。このほか上喉頭神経外枝麻痺による高音発声障害や、全摘後の生涯にわたる甲状腺ホルモン補充も説明事項です。解剖と合併症を結びつけて理解することは、インフォームド・コンセントと術後管理の両方に直結します。
解答・解説
正解はa, d, eです
甲状腺全摘出術は、甲状腺癌(乳頭癌、髄様癌など)、Basedow病(バセドウ病)、巨大な腺腫様甲状腺腫などに対して行われる。術前には、手術によって起こりうる代表的な合併症を患者に説明し、同意を得る必要がある(インフォームド・コンセント)。 甲状腺手術の合併症は、甲状腺周囲の解剖を思い浮かべると理解しやすい。 (1) 甲状腺は血流が非常に豊富な臓器であり、術後出血が起こりうる。頸部は閉鎖された狭い空間のため、出血がたまると気管を圧迫して窒息に至る危険がある。 (2) 甲状腺の背側には、通常4つの副甲状腺(上皮小体)が接して存在する。全摘出時に副甲状腺を誤って切除したり、その血流を損なったりすると、副甲状腺機能低下症による低Ca血症をきたす。 (3) 左右の反回神経(声帯を動かす筋を支配する迷走神経の枝)は、甲状腺の背側で気管と食道の間の溝に沿って上行する。手術操作で損傷すると声帯麻痺を起こす。 このほか、上喉頭神経外枝の損傷による高音発声障害や、術後の甲状腺機能低下症(全摘後は甲状腺ホルモン補充が生涯必要)も説明すべき事項である。 一方、動悸や異常発汗は甲状腺中毒症(甲状腺ホルモン過剰)の症状である。甲状腺機能亢進症の患者でも、手術は抗甲状腺薬や無機ヨウ素などで甲状腺機能を正常化してから行うのが原則であり、適切に準備すれば術後にこれらが生じることは通常ない。
選択肢考察
- ○a. 血腫
説明すべき合併症である。甲状腺は血流量の多い臓器で、術後数時間から24時間以内(特に術後早期)に出血を起こすことがある。頸部の限られた空間に血腫ができると気管が圧迫され、呼吸困難や窒息に至る危険がある。頸部の腫脹、呼吸困難、喘鳴などが出現したら、ただちに創部を開放して血腫を除去する必要があり、生命に関わる重篤な合併症として必ず説明する。
- ×b. 動悸
説明すべき合併症として適切ではない。動悸は甲状腺中毒症の症状である。甲状腺機能亢進状態のまま手術を行うと、手術侵襲をきっかけに甲状腺クリーゼ(甲状腺中毒症が急激に悪化し、頻脈・高熱・意識障害などを起こす致死的な状態)を起こし、著しい頻脈や動悸をきたすことがある。しかし、Basedow病や機能性結節でも、術前に甲状腺機能を正常化してから手術を行うのが原則であり、甲状腺全摘出術の一般的な合併症には含まれない。
- ×c. 異常発汗
説明すべき合併症として適切ではない。異常発汗も甲状腺中毒症の症状であり、機能亢進状態で手術を行った場合の甲状腺クリーゼで典型的にみられる。動悸と同様に、術前に甲状腺機能を正常化しておけば通常は起こらないため、甲状腺全摘出術の合併症として挙げるものではない。
- ○d. テタニー
説明すべき合併症である。甲状腺全摘出術では、甲状腺の背側にある副甲状腺を誤って摘出したり、副甲状腺への血流が障害されたりすることで、副甲状腺機能低下症が起こりうる。PTH(副甲状腺ホルモン)が不足すると低Ca血症となり、神経や筋の興奮性が高まって、口周囲や手指のしびれ、テタニー(手足の筋の持続的な収縮、助産師の手位など)を起こす。多くは一過性だが、永続的になるとCa製剤と活性型ビタミンD製剤の内服が必要となる。予防のため、術中に副甲状腺を温存し、血流が保てない場合は筋肉内に移植する(自家移植)ことがある。
- ○e. 反回神経麻痺
説明すべき合併症である。反回神経は甲状腺の背側を走行して喉頭に入り、声帯を動かす筋の大部分を支配する。手術中の損傷や牽引、熱による障害で麻痺が起こると、片側では嗄声(声がかすれる)や誤嚥が生じる。両側の麻痺では声帯が正中付近で固定され、気道が狭くなって呼吸困難をきたし、気管切開が必要になることもある。一過性で回復する例も多いが、永続することもあるため必ず説明する。予防には、術中に神経を確認して慎重に扱うことや、術中神経モニタリングの使用が有用である。
甲状腺手術の主な合併症
・術後出血(血腫):窒息の危険があり、最も緊急性が高い。 ・反回神経麻痺:片側で嗄声・誤嚥、両側で呼吸困難。 ・上喉頭神経外枝麻痺:輪状甲状筋の麻痺により高音が出しにくくなる。 ・副甲状腺機能低下症:低Ca血症によるしびれ、テタニー、Chvostek徴候、Trousseau徴候。 ・甲状腺機能低下症:全摘出後は甲状腺ホルモン(レボチロキシン)の補充が必要。 ・創部感染、乳び漏(左頸部の郭清時の胸管損傷)など。
甲状腺機能亢進症の手術前処置
Basedow病などで手術を行う場合、術前に抗甲状腺薬(チアマゾールなど)や無機ヨウ素、β遮断薬などを用いて甲状腺機能を正常化しておく。無機ヨウ素は甲状腺ホルモンの分泌を抑えるだけでなく、甲状腺の血流を減らして術中出血を少なくする効果もある。機能亢進状態のまま手術を行うと、甲状腺クリーゼを起こす危険がある。
解剖のポイント
・副甲状腺:通常は上下左右の計4腺が甲状腺背側に存在する。 ・反回神経:右は鎖骨下動脈、左は大動脈弓の下を回って反転し、気管食道溝を上行して喉頭に入る。甲状腺背側で下甲状腺動脈と交差する部位は損傷しやすい。
POINT
・甲状腺全摘出術の代表的合併症は、術後出血(血腫)、反回神経麻痺、副甲状腺機能低下症(低Ca血症・テタニー)である。 ・頸部の血腫は気道閉塞による窒息を起こしうるため、緊急の血腫除去が必要である。 ・両側反回神経麻痺は呼吸困難をきたし、気管切開が必要になることがある。 ・動悸・異常発汗は甲状腺中毒症の症状である。機能亢進症でも術前に機能を正常化して手術するため、一般的な合併症ではない。 ・全摘出後は甲状腺ホルモンの補充が生涯必要である。
