段差の前で止まる会食―ICFで読み解く「参加制約」の本当の意味
第109回医師国家試験 B問題 第1問
国試問題にチャレンジ
対麻痺患者の参加制約にあたるのはどれか。
- a.抑うつ気分になる。
- b.仙骨部に褥瘡がある。
- c.1日4回自己導尿している。
- d.移動には電動車椅子が必要である。
- e.3段の段差のあるカフェで会食できない。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
ICFは人の生活機能を心身機能・身体構造、活動、参加の3レベルでとらえ、それぞれの困難を機能障害、活動制限、参加制約と呼びます。対麻痺の患者では、抑うつ気分や褥瘡、神経因性膀胱は機能障害、歩行や移動の困難は活動制限、段差のために友人とカフェで会食できないといった社会的場面への関わりの困難が参加制約にあたります。電動車椅子や段差は環境因子であり、ICFでは障害を個人と環境の相互作用としてとらえるため、環境を整えれば機能障害が変わらなくても参加制約は解消しうる点が重要です。ICIDHの能力障害が活動制限に、社会的不利が参加制約に言い換えられた経緯も合わせて押さえておきましょう。各レベルに応じた介入を組み合わせる視点は、リハビリテーションや在宅医療で患者の生活全体を支えるための基本となります。
解答・解説
正解はeです
本問は、WHO(世界保健機関)が2001年に採択した国際生活機能分類〈ICF:International Classification of Functioning, Disability and Health〉の概念を問うものである。 ICFでは、人が生きていくうえでの「生活機能」を次の3つのレベルでとらえ、それぞれが損なわれた状態を障害とよぶ。 ・心身機能・身体構造 → 問題が生じた状態が「機能障害(構造障害を含む)〈impairment〉」 ・活動(個人が課題や行為を遂行すること) → 困難が生じた状態が「活動制限〈activity limitation〉」 ・参加(社会や生活・人生の場面に関わること) → 困難が生じた状態が「参加制約〈participation restriction〉」 さらに、これらに影響を与える「背景因子」として、環境因子(建物の構造、福祉用具、周囲の人の態度、制度など)と個人因子(年齢、性別、性格、生活歴など)が置かれている。各要素は一方向ではなく相互に影響し合う(相互作用モデル)。 選択肢を判定する際は、「からだや心の働き・構造の問題」なのか、「個人として何かの動作・行為ができるかどうか」なのか、「社会的な場面や役割に関われるかどうか」なのかを考える。対麻痺(両下肢の麻痺。脊髄損傷などで生じる)そのものは機能障害であるが、段差のために友人との会食という社会的場面に加われないことは、生活・人生場面への関わりの困難であり参加制約にあたる。
選択肢考察
- ×a. 抑うつ気分になる。
気分・感情は、ICFでは心身機能のうち精神機能(情動機能)に分類される。したがって抑うつ気分は心身機能の問題、すなわち機能障害のレベルに位置づけられ、社会生活場面への関わりの困難を示す参加制約ではない。なお、抑うつになりやすいといった性格傾向・気質としてとらえれば個人因子の要素とも考えられるが、いずれにせよ参加制約にはあたらない。
- ×b. 仙骨部に褥瘡がある。
褥瘡は皮膚・皮下組織の損傷であり、身体構造・心身機能(皮膚の機能)の問題、すなわち機能障害(構造障害)にあたる。対麻痺患者では感覚障害と長時間の同一体位により、仙骨部や坐骨部に褥瘡が生じやすい。参加制約ではない。
- ×c. 1日4回自己導尿している。
脊髄障害による神経因性膀胱で自力排尿が困難なことは排尿機能の障害(機能障害)である。自己導尿は、その機能障害に対して患者自身が排尿という行為を代替手段で遂行している状態であり、セルフケアに関わる活動のレベルの事柄である。社会的な場面への関わりが妨げられていることを示すものではなく、参加制約ではない。
- ×d. 移動には電動車椅子が必要である。
自力で歩いて移動することが困難であるのは、個人が行為を遂行する際の困難、すなわち活動制限のレベルである。電動車椅子は環境因子のうちの福祉用具にあたり、これを用いることで移動という活動の制限が軽減されている。参加制約ではない。
- ○e. 3段の段差のあるカフェで会食できない。
友人などとカフェで会食することは、社会生活・余暇といった生活・人生の場面への関わりであり、ICFの「参加」にあたる。それが段差という物理的バリア(阻害因子として働く環境因子)のためにできないことは、参加制約の典型例である。スロープやエレベーターの設置などで環境因子を整えれば、機能障害そのものが変わらなくても参加制約は解消しうる点が、ICFの考え方の重要なところである。
ICIDHからICFへ
WHOは1980年に国際障害分類〈ICIDH〉を発表し、障害を「機能障害〈impairment〉→能力障害〈disability〉→社会的不利〈handicap〉」という一方向の流れで説明した。しかしこのモデルは障害のマイナス面のみに注目し、環境の影響を考慮しにくいという批判があった。そこで2001年に改訂されたのがICFであり、次の特徴をもつ。 ・「できないこと」だけでなく「生活機能」という中立的・肯定的な用語で人全体をとらえる。 ・能力障害→活動制限、社会的不利→参加制約と言い換えた。 ・背景因子(環境因子・個人因子)を導入し、障害は個人の問題だけでなく環境との相互作用で生じるものとした(医学モデルと社会モデルの統合)。 ・健康状態、心身機能・身体構造、活動、参加、環境因子、個人因子が双方向に影響し合う。
具体例による整理(対麻痺の場合)
・機能障害:両下肢の運動麻痺、感覚障害、神経因性膀胱・直腸障害、褥瘡、抑うつ気分 ・活動制限:歩行できない、階段昇降できない、入浴が一人でできない ・参加制約:職場復帰できない、段差のある店で友人と食事できない、地域の行事に加われない ・環境因子:車椅子・自己導尿カテーテルなどの福祉用具、段差やスロープなどの建築環境、家族の支援、介護保険・障害者総合支援法などの制度 ・個人因子:年齢、性別、性格、職業歴、価値観
リハビリテーションとの関係
機能障害への治療的アプローチ(機能回復訓練)、活動制限への代償的アプローチ(福祉用具・残存機能の活用)、参加制約への環境調整(住宅改修、バリアフリー化、社会資源の活用)と、各レベルに応じた介入を組み合わせることが重要である。
POINT
・ICFの3レベル:機能障害(心身機能・身体構造)、活動制限(個人の行為の困難)、参加制約(社会・生活場面への関わりの困難)。 ・背景因子として環境因子と個人因子があり、各要素は相互に影響し合う。 ・社会的な場面(会食、就労、地域活動など)に関われないことが参加制約。 ・福祉用具や段差は環境因子。環境の改善で参加制約は解消しうる。 ・ICIDHの能力障害→活動制限、社会的不利→参加制約。
