噴水のように吐く1か月の赤ちゃん―「緑じゃない吐物」が示す肥厚性幽門狭窄症
第108回医師国家試験 I問題 第49問
国試問題にチャレンジ
1か月の乳児。頻回の嘔吐と体重減少とを主訴に母親に連れられて来院した。在胎38週,2,750 gにて出生。1週前から,哺乳のたびに噴水様の嘔吐を認めるようになり,体重も減少してきたため受診した。皮膚のツルゴールが低下している。母親の妊娠中には特に問題はなかった。 この疾患について正しいのはどれか。
- a.女児に多い。
- b.非胆汁性嘔吐である。
- c.β遮断薬が有効である。
- d.高カリウム血症を示す。
- e.呼吸性アルカローシスとなる。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
生後2~3週以降、特に第1子の男児に哺乳のたびの噴水様嘔吐と体重減少・脱水がみられたら、肥厚性幽門狭窄症を考えます。閉塞部位が胆汁の流入するVater乳頭より口側の幽門にあるため吐物は非胆汁性で、胆汁性嘔吐であれば中腸軸捻転などの緊急疾患を疑う必要があります。胃液中のH+、Cl-、Kを失うことで低Cl性低K性代謝性アルカローシスとなり、重症例では奇異性酸性尿を伴うこともあります。診断は腹部超音波での幽門筋肥厚の確認で、治療は輸液で脱水・電解質異常を補正した後の幽門筋切開術(Ramstedt手術)が基本です。吐物の色と発症時期から閉塞部位を推定する考え方は、乳児の嘔吐を診るうえでの基本となります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・生後1か月の乳児。主訴は頻回の嘔吐と体重減少。 ・在胎38週、出生体重2,750 gで、周産期に特記すべき異常はない。 ・1週前から、哺乳のたびに噴水様(勢いよく噴き出す)の嘔吐がある。 ・体重が減少し、皮膚ツルゴール(皮膚をつまんだ後の戻り)が低下しており、脱水状態である。 ・発熱などの感染徴候の記載はない。
診断へのプロセス
乳児の嘔吐の原因は、消化管の通過障害(肥厚性幽門狭窄症、腸回転異常症・中腸軸捻転、十二指腸閉鎖・狭窄、腸重積など)、感染症(胃腸炎、髄膜炎、尿路感染症など)、中枢神経疾患(頭蓋内圧亢進)、代謝疾患、胃食道逆流など多岐にわたる。鑑別では、発症時期、嘔吐の勢いと回数、吐物に胆汁が混じるか、随伴症状を確認することが重要である。 本例は、出生直後ではなく生後2~3週ごろから始まった噴水様嘔吐が哺乳のたびに繰り返され、体重減少と脱水を伴っている。発熱がなく、1週間持続していることから感染症や髄膜炎は考えにくい。この発症時期と嘔吐の性状は肥厚性幽門狭窄症に典型的である。 肥厚性幽門狭窄症は、胃の出口である幽門部の輪状筋が生後に肥厚し、幽門管が狭くなって胃内容が十二指腸へ通過しにくくなる疾患である。胃が強く収縮して内容を押し出そうとするため噴水様の嘔吐となり、嘔吐後も空腹で哺乳意欲は保たれる。狭窄部位は十二指腸乳頭(Vater乳頭:胆汁が十二指腸に流入する部位)より口側にあるため、吐物は胆汁を含まない。診察では、上腹部にオリーブ状の腫瘤(肥厚した幽門筋)を触れ、左上腹部から右へ進む胃の蠕動波がみられることがある。確定診断には腹部超音波検査が有用で、幽門筋の厚さや幽門管の長さの増大を確認する。
設問の考え方
本症の疫学(性差)、嘔吐の性状、治療、嘔吐に伴う電解質・酸塩基平衡異常がそれぞれ問われている。胃液には塩酸(H+とCl-)とカリウムが含まれ、これを嘔吐で失い続けると低Cl性低K性代謝性アルカローシスになる、という病態を理解しておくことが鍵である。
選択肢考察
- ×a. 女児に多い。
肥厚性幽門狭窄症は男児に多く、男女比はおよそ4~5:1である。特に第1子の男児に多いとされ、家族内発生もみられる。
- ○b. 非胆汁性嘔吐である。
胆汁は十二指腸下行部のVater乳頭から腸管内に流入する。肥厚性幽門狭窄症の閉塞部位は幽門で、Vater乳頭より口側にあるため、胆汁は胃内に逆流せず、吐物は乳汁や胃液のみの非胆汁性(白色~乳白色)となる。一方、Vater乳頭より肛門側の閉塞(十二指腸閉鎖の多く、腸回転異常症に伴う中腸軸捻転、小腸閉鎖など)では緑色の胆汁性嘔吐となり、とくに新生児・乳児の胆汁性嘔吐は中腸軸捻転などの緊急疾患を疑う重要なサインである。
- ×c. β遮断薬が有効である。
β遮断薬は本症の治療に用いられない。根本的な治療は、脱水と電解質異常を輸液で補正したうえで行う幽門筋切開術(Ramstedt手術:粘膜を残して肥厚した筋層のみを縦に切開する。開腹または腹腔鏡下)である。内科的治療としては、抗コリン薬である硫酸アトロピンの静注・経口投与で幽門筋の攣縮を和らげる方法があり、有効例も報告されているが、治療期間が長く、無効例もある。
- ×d. 高カリウム血症を示す。
本症では低カリウム血症を示す。機序は、①胃液中のカリウムを嘔吐で直接失うこと、②脱水により活性化したレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系が腎臓でのカリウム排泄を促すこと、③代謝性アルカローシスでカリウムが細胞内へ移動し、腎からのカリウム排泄も増えること、による。重症になると、体内のカリウム不足を補うため腎で水素イオンを排泄するようになり、アルカローシスにもかかわらず尿が酸性となる(奇異性酸性尿)。
- ×e. 呼吸性アルカローシスとなる。
本症の酸塩基平衡異常は、嘔吐による胃酸(H+とCl-)の喪失を原因とする低Cl性代謝性アルカローシスである。体液量減少によりアルドステロンが増えて腎でのNa再吸収とH+排泄が増すことや、Cl-不足で腎がHCO3-を排泄しにくくなることもアルカローシスを持続させる。呼吸性アルカローシスは過換気でCO2が失われて起こる病態であり、本症には当たらない。むしろ代謝性アルカローシスを代償するため換気は抑制され、PaCO2は上昇する方向に動く(代償性の低換気)。
肥厚性幽門狭窄症の概要
・病態:幽門輪状筋が生後に肥厚し、幽門管が狭窄・延長して胃の排出が障害される。原因は明らかではないが、遺伝的要因に加え、幽門筋の神経支配(一酸化窒素合成酵素の低下など)の異常が関与すると考えられている。新生児期のエリスロマイシンなどマクロライド系抗菌薬の投与は発症リスクを高める。 ・疫学:出生約1,000人に1~2人(日本ではやや少ない)。男児に多く(男女比約4~5:1)、第1子に多い。 ・発症時期:生後2~3週ごろから発症し、生後1~2か月に多い。出生直後から嘔吐することは少ない。
症状・身体所見
・哺乳直後の噴水様・非胆汁性嘔吐。吐物にコーヒー残渣様の血液が混じることもある(胃炎による)。 ・嘔吐後も哺乳意欲は旺盛。 ・体重増加不良・体重減少、脱水(ツルゴール低下、大泉門陥凹、尿量減少)。 ・上腹部(右上腹部~心窩部)のオリーブ状腫瘤の触知、胃の蠕動不穏(左上腹部から右へ移動する蠕動波)。
検査
・腹部超音波検査:第一選択。幽門筋の厚さが約4 mm以上、幽門管の長さが約15~18 mm以上に肥厚・延長していれば診断的である(施設により基準値はやや異なる)。 ・上部消化管造影:幽門管の細く延長した像(string sign)、幽門筋が胃前庭部に突出する像(shoulder sign)、造影剤の二重の線状像(double track sign)など。現在は超音波で診断されることが多い。 ・血液検査:低Cl血症、低K血症、代謝性アルカローシス(HCO3-上昇)。脱水が高度になると腎前性の尿素窒素上昇がみられる。
治療
・まず輸液で脱水と電解質・酸塩基平衡異常を補正する(本症は外科的緊急疾患ではなく、内科的緊急疾患として全身状態の是正を優先する。代謝性アルカローシスが残ると術後の無呼吸を起こしやすい)。 ・根治術は幽門筋切開術(Ramstedt手術)。粘膜を切らずに肥厚筋層のみを切開して内腔を広げる。開腹(臍部弧状切開など)または腹腔鏡下に行う。術後早期から哺乳を再開でき、予後は良好である。 ・硫酸アトロピン療法(静注後に経口へ移行)も選択肢の一つである。
乳児の嘔吐の鑑別で押さえること
・非胆汁性嘔吐:肥厚性幽門狭窄症、胃食道逆流症、溢乳、感染症、頭蓋内圧亢進など ・胆汁性嘔吐:中腸軸捻転(腸回転異常症)、十二指腸閉鎖(Vater乳頭より肛門側の場合)、小腸閉鎖、Hirschsprung病など。胆汁性嘔吐は緊急対応を要することが多い。
POINT
・生後2~3週以降の男児(特に第1子)の哺乳直後の噴水様嘔吐→肥厚性幽門狭窄症。 ・閉塞部位はVater乳頭より口側なので非胆汁性嘔吐。 ・胃液喪失により低Cl性低K性代謝性アルカローシス(奇異性酸性尿を伴うことがある)。代償として換気は抑制される。 ・オリーブ状腫瘤、胃の蠕動波。診断は腹部超音波(幽門筋肥厚)。 ・治療は輸液で脱水・電解質を補正した後、幽門筋切開術(Ramstedt手術)。硫酸アトロピン療法も選択肢。
