僧帽弁を閉じる5つの部品―「どこが壊れたか」で見抜くMRの原因
第108回医師国家試験 I問題 第21問
国試問題にチャレンジ
僧帽弁閉鎖不全症の直接の原因とならないのはどれか。
- a.乳頭筋断裂
- b.リウマチ熱
- c.僧帽弁逸脱
- d.感染性心内膜炎
- e.急性大動脈解離
対話形式の解説
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ドクターまとめ
僧帽弁閉鎖不全症は、弁尖・弁輪・腱索・乳頭筋・左室壁からなる僧帽弁複合体のいずれかの異常で生じます。僧帽弁逸脱(現在の手術例で最多)、リウマチ性弁膜症、感染性心内膜炎は弁尖や腱索を直接障害する一次性MRの原因であり、心筋梗塞後の乳頭筋断裂(下壁梗塞で後内側乳頭筋に多い)は急性肺水腫をきたす急性MRの代表です。一方、急性大動脈解離(Stanford A型)が大動脈基部に波及して起こす弁膜症は大動脈弁閉鎖不全症であり、僧帽弁を直接障害することはありません。Marfan症候群で解離とMRが併存するのは共通の基礎疾患による別々の病変です。弁膜症の原因を「どの構造が壊れたか」で整理する習慣は、急性MRの見逃しを防ぎ、緊急時の判断を支える土台になります。
解答・解説
正解はeです
僧帽弁閉鎖不全症(mitral regurgitation:MR)は、左室の収縮期に僧帽弁が完全に閉じず、血液が左室から左房へ逆流する病態である。僧帽弁がきちんと閉じるためには、次の構成要素(僧帽弁複合体)がすべて正常に働く必要がある。 1) 弁尖(前尖・後尖) 2) 弁輪(弁尖が付着するリング状の構造) 3) 腱索(弁尖の縁を左室側へつなぎ止める索状の組織) 4) 乳頭筋(腱索が付着する左室壁の筋肉) 5) 左室壁(乳頭筋の土台) このどこかに異常が生じるとMRが起こる。原因は大きく次の2つに分けて考えると整理しやすい。 ・一次性(器質性)MR:弁尖・腱索そのものの病変による。例として僧帽弁逸脱、リウマチ性弁膜症、感染性心内膜炎がある。 ・二次性(機能性)MR:弁そのものは正常だが、左室の拡大や変形、弁輪拡大によって弁尖がうまく合わさらなくなる。例として拡張型心筋症や陳旧性心筋梗塞に伴う左室リモデリングがある。 乳頭筋断裂は、弁を支える装置が急に破綻して起こる急性MRの代表である。 本問は「直接の原因とならない」ものを選ぶ否定形の問題である。選択肢のうち、僧帽弁複合体のどの構成要素にも直接かかわらないものを探せばよい。大動脈解離が弁膜症を起こすとすれば、それは大動脈基部にある大動脈弁の閉鎖不全(AR)である。
選択肢考察
- ×a. 乳頭筋断裂
MRの直接の原因となる(したがって本問の正解ではない)。乳頭筋断裂は急性心筋梗塞の機械的合併症の一つで、発症後数日以内(多くは1週間以内)に起こりやすい。前外側乳頭筋は左前下行枝と左回旋枝の二重支配を受けるのに対し、後内側乳頭筋は右冠動脈(または左回旋枝)のみの単独支配である。そのため下壁梗塞で後内側乳頭筋が断裂しやすい。乳頭筋が断裂すると腱索ごと弁尖が支えを失い、弁尖が左房側へ翻転(flail)して高度の急性MRが生じる。左房・左室は急な容量負荷に適応できないため、急性肺水腫や心原性ショックをきたし、緊急手術の適応となる。断裂に至らない乳頭筋の虚血・機能不全でもMRは起こる。
- ×b. リウマチ熱
MRの直接の原因となる(したがって本問の正解ではない)。リウマチ熱はA群β溶血性レンサ球菌による咽頭炎の後に起こる自己免疫性の炎症性疾患で、急性期には心内膜・心筋・心外膜すべてに炎症が及ぶ(汎心炎)。急性期の弁膜炎として主にMRを生じる。さらに慢性期には、弁尖の肥厚・交連部の癒合・腱索の短縮や癒合が進み、リウマチ性弁膜症として僧帽弁狭窄症(MS)やMR、両者の合併(連合弁膜症)を残す。抗菌薬の普及によりわが国では新規発症はまれになったが、高齢者の弁膜症の原因としては依然重要である。
- ×c. 僧帽弁逸脱
MRの直接の原因となる(したがって本問の正解ではない)。僧帽弁逸脱(mitral valve prolapse:MVP)は、弁尖の粘液腫様変性や腱索の延長・断裂により、収縮期に弁尖が弁輪を越えて左房側へ落ち込む状態である。前尖・後尖のどちらでも起こる(後尖に多い)。現在わが国で手術を要するMRの最も多い原因である。若年〜中年のやせ型の女性に多い型(Barlow病型)のほか、中高年では腱索断裂を伴う変性型もみられる。Marfan症候群などの結合組織疾患にも合併する。聴診では収縮中期クリックとそれに続く収縮後期雑音が特徴的で、非特異的な胸痛や動悸を訴えることがある。
- ×d. 感染性心内膜炎
MRの直接の原因となる(したがって本問の正解ではない)。感染性心内膜炎では、弁や心内膜に細菌の塊を含む疣腫(疣贅、vegetation)が形成される。僧帽弁に生じると、疣腫が弁の接合を妨げるほか、弁尖の破壊・穿孔や腱索断裂を起こしてMRを生じる。急激に進行すると急性の高度MRから心不全をきたし、外科手術の適応となる。もともと僧帽弁逸脱などの弁膜症がある人に起こりやすい点も重要である。
- ○e. 急性大動脈解離
これが正解(MRの直接の原因とならない)。急性大動脈解離は、大動脈壁の内膜に亀裂が入り、中膜が裂けて血液が壁内に流れ込む疾患である。上行大動脈に及ぶStanford A型解離が大動脈基部(Valsalva洞)に波及すると、大動脈弁の交連部の支持が失われて弁尖が落ち込み、急性の大動脈弁閉鎖不全症(aortic regurgitation:AR)をきたす。そのほか、冠動脈入口部への波及による心筋梗塞(右冠動脈に多い)、心嚢内への破裂による心タンポナーデなどを起こしうる。しかし僧帽弁の弁尖・弁輪・腱索・乳頭筋を直接障害することはなく、MRの直接の原因とはならない。なお、Marfan症候群では大動脈解離と僧帽弁逸脱(によるMR)がそれぞれ独立して合併しうるが、これは解離がMRを引き起こしているのではなく、共通の基礎疾患による別々の病変である。
僧帽弁閉鎖不全症の原因の整理
・弁尖の異常:僧帽弁逸脱(粘液腫様変性)、リウマチ性弁膜症、感染性心内膜炎(疣腫・弁穿孔)、先天性(僧帽弁裂隙:房室中隔欠損に合併)、膠原病(SLEのLibman-Sacks心内膜炎)など ・腱索の異常:腱索断裂(変性、感染性心内膜炎、外傷) ・乳頭筋の異常:心筋梗塞による乳頭筋断裂・乳頭筋機能不全 ・弁輪・左室の異常(機能性MR):拡張型心筋症、虚血性心筋症、左室リモデリングによる弁輪拡大や乳頭筋の外方偏位(弁尖が引っ張られて閉じなくなる状態=tethering) ・その他:閉塞性肥大型心筋症では、収縮期に僧帽弁前尖が心室中隔側へ引き寄せられる現象(SAM:systolic anterior motion)に伴ってMRを生じる。
急性MRと慢性MRの違い
・急性MR(乳頭筋断裂、腱索断裂、感染性心内膜炎など):左房が拡大して逆流を受け止める余裕がないため、左房圧が急上昇し、急性肺水腫・心原性ショックに陥る。心雑音は逆流が早く終わるため短く小さいこともある。 ・慢性MR(僧帽弁逸脱、リウマチ性など):左房・左室が徐々に拡大して代償するため、長期間無症状で経過する。進行すると心房細動や心不全をきたす。
身体所見
心尖部に最強点をもち、左腋窩に放散する全収縮期雑音が典型である。高度MRでは左室への急速流入によりⅢ音を聴取する。僧帽弁逸脱では収縮中期クリックと収縮後期雑音が特徴である。
大動脈解離と弁膜症
Stanford A型解離では、大動脈基部への波及により急性ARを生じ、拡張期雑音を聴取することがある。急性ARは急性心不全の原因となる。Stanford A型解離は緊急手術の適応であり、基部病変に対しては大動脈弁の温存手術や、大動脈弁・基部の置換術が行われる。
POINT
・MRは弁尖・弁輪・腱索・乳頭筋・左室壁(僧帽弁複合体)のいずれかの異常で起こる。 ・一次性MR:僧帽弁逸脱(現在最多)、リウマチ性弁膜症、感染性心内膜炎。 ・急性MR:乳頭筋断裂(下壁梗塞で後内側乳頭筋に多い)、腱索断裂、感染性心内膜炎。急性肺水腫をきたす。 ・二次性(機能性)MR:拡張型心筋症・虚血性心筋症による左室拡大と弁輪拡大。 ・急性大動脈解離(Stanford A型)が起こす弁膜症は大動脈弁閉鎖不全症(AR)であり、MRではない。 ・Marfan症候群では大動脈解離とMRが独立して合併しうる。
