認知症の高齢者が「いたい、いたい」―転倒後の痛みは股関節を疑え
第108回医師国家試験 F問題 第22問
国試問題にチャレンジ
88歳の女性。肺炎のため入院中である。もともと認知症があり要介護3であったが,食事は自力摂取できていた。2日前に肺炎のため入院となり治療を行った。本日朝には平熱となり,介助によって経口摂取も可能となった。同日深夜,物音に気付いて看護師が訪室すると,患者がベッド脇の床に倒れていた。当直医が呼ばれて診察したところ,出血や裂創はみられないが,患者は「いたい,いたい」とうめくように繰り返していた。意識レベルはJCSⅠ-2。身長148 cm,体重44 kg。体温35.8℃。脈拍84/分,整。血圧132/80 mmHg。頭部に皮下血腫を認めない。対光反射は正常。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。上肢に麻痺を認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。腹部に圧痛を認めない。左下肢を動かすと疼痛が増強する。両足背に軽度の圧痕を残す浮腫を認める。下肢の色素沈着や紫斑を認めない。 痛みの原因を明らかにするために必要な検査はどれか。
- a.胸部造影CT
- b.腹部超音波検査
- c.下肢静脈超音波検査
- d.胸部エックス線撮影
- e.股関節エックス線撮影
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
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ドクターまとめ
骨粗鬆症を背景にもつ高齢女性が転倒し、下肢を動かすと痛みが増強する場合は、大腿骨近位部骨折(頸部骨折・転子部骨折)をまず疑い、股関節エックス線撮影(正面・側面)で評価します。認知症の患者は痛みの部位を正確に訴えられないため、頭部・胸部・腹部の所見を系統的に確認したうえで、身体所見から痛みの源を絞り込む姿勢が欠かせません。両側性の軽度浮腫は深部静脈血栓症の典型像とは異なり、胸腹部に異常所見がなければ胸部CTや腹部超音波の優先度は低くなります。単純エックス線で骨折線が不明瞭でも疑いが強ければMRIで不顕性骨折を検索し、診断後は早期手術と早期離床で廃用や合併症を防ぐことが原則です。高齢者の脆弱性骨折と入院中の転倒は日常診療で頻繁に遭遇するため、診断から予防までを一連の流れとして理解しておくことが重要です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・88歳女性、認知症があり要介護3。肺炎で入院中で、解熱し経口摂取も再開できた回復期である。 ・深夜にベッド脇の床に倒れているところを発見された(ベッドからの転落またはベッド脇での転倒)。 ・「いたい、いたい」と痛みを訴えている。 ・意識レベルJCS I-2(覚醒しているが見当識障害がある)。認知症の既往から説明でき、転倒による新たな意識障害とは断定できない。 ・バイタルサインは安定(脈拍84/分・整、血圧132/80 mmHg)。 ・頭部に皮下血腫なし、対光反射正常、上肢の麻痺なし → 頭部外傷や頸髄損傷を示唆する所見に乏しい。 ・心音・呼吸音に異常なし、腹部は平坦・軟で圧痛なし → 胸部・腹部の外傷を示唆する所見はない。 ・左下肢を動かすと疼痛が増強する → 痛みの部位は左下肢(特に股関節周囲)と考えられる。 ・両足背に軽度の圧痕性浮腫があるが両側性で、色素沈着や紫斑はない。
診断へのプロセス
高齢女性は骨粗鬆症を合併していることが多く、立った高さからの転倒程度の軽微な外力でも骨折を起こしやすい(脆弱性骨折)。高齢者の転倒で起こりやすい骨折は、大腿骨近位部骨折(大腿骨頸部骨折・大腿骨転子部骨折)、橈骨遠位端骨折、上腕骨近位端(外科頸)骨折、脊椎(胸腰椎)椎体骨折である。本症例は転倒・転落後に左下肢を動かすと痛みが増強しており、左大腿骨近位部骨折を最も疑う。認知症があると痛みの部位を正確に訴えられないことが多く、転倒後に「どこかが痛い」「動かすと痛がる」という情報だけでも大腿骨近位部骨折を積極的に疑う姿勢が重要である。
設問の考え方
痛みの原因を明らかにするには、疑わしい部位である左股関節の画像評価が必要であり、まず股関節エックス線撮影(正面像と側面像)を行う。胸部・腹部には異常所見がなく、下肢静脈疾患を示唆する所見にも乏しいため、それらの検査は痛みの原因検索としての優先度が低い。
選択肢考察
- ×a. 胸部造影CT
胸部造影CTは、肺血栓塞栓症や大動脈解離、胸部外傷による血胸・臓器損傷などを評価する検査である。本症例では心音・呼吸音に異常がなく、胸痛や呼吸困難、循環動態の悪化もみられず、痛みは左下肢の運動で増強している。胸部の精査は痛みの原因検索として必要性が低く、高齢者では造影剤による腎機能障害のリスクも考慮すべきである。
- ×b. 腹部超音波検査
腹部超音波検査は、腹部外傷後の腹腔内出血(FAST: 外傷初期診療における迅速簡易超音波検査)や肝・脾損傷などの評価に用いる。本症例は血圧・脈拍が安定し、腹部は平坦・軟で圧痛もないため、腹腔内臓器損傷を疑う根拠に乏しく、痛みの原因検索としては適切でない。
- ×c. 下肢静脈超音波検査
下肢静脈超音波検査は深部静脈血栓症(DVT)を疑う際に行う。DVTでは通常、片側性の下肢腫脹・発赤・把握痛を呈する。本症例の浮腫は両側の足背に軽度みられるのみで、長期臥床や高齢、低栄養などによるものと考えられ、色素沈着・紫斑もない。今回の痛みは転倒直後に出現し下肢の運動で増強しており、DVTより骨折を考えるべきである。なお大腿骨近位部骨折の患者は術前後にDVTのリスクが高く、その評価は別途重要になるが、今回の痛みの原因検索には該当しない。
- ×d. 胸部エックス線撮影
胸部エックス線撮影は肺炎の経過観察や、肋骨骨折・気胸などの評価に用いる。本症例は肺炎が改善傾向にあり、呼吸音にも異常がなく、痛みは左下肢に関連している。痛みの原因を明らかにする検査としては適切でない。
- ○e. 股関節エックス線撮影
骨粗鬆症の可能性が高い高齢女性が転倒・転落し、左下肢を動かすと疼痛が増強していることから、左大腿骨近位部骨折(頸部骨折または転子部骨折)が最も疑われる。股関節エックス線撮影(正面像・側面像)で骨折の有無、部位、転位の程度を評価できる。単純エックス線で明らかでない不顕性骨折が疑われる場合には、MRIやCTを追加する。
大腿骨近位部骨折
・大腿骨近位部骨折は、関節包の内側で起こる大腿骨頸部骨折(関節内骨折)と、関節包の外側で起こる大腿骨転子部骨折(関節外骨折)に大別される。 ・骨粗鬆症を背景とする高齢女性に多く、多くは転倒などの軽微な外傷で生じる。 ・典型的な症状・所見は、股関節部の疼痛、起立・歩行不能、患肢の短縮と外旋位である。ただし転位の少ない骨折(嵌入骨折など)では歩行可能なこともあり、見逃されやすい。 ・大腿骨頸部骨折は関節包内にあり骨膜性の仮骨形成が乏しく、転位すると大腿骨頭への血流(主に内側大腿回旋動脈の枝)が途絶えやすいため、偽関節や大腿骨頭壊死を起こしやすい。転位の程度はGarden分類(stage I〜IV)で評価し、非転位型では骨接合術、転位型では人工骨頭置換術が選択されることが多い。 ・大腿骨転子部骨折は血流が豊富で骨癒合が得られやすく、骨接合術(γネイルなどの髄内釘やcompression hip screw)が行われる。 ・長期臥床は廃用症候群、肺炎、褥瘡、深部静脈血栓症、認知症の悪化などを招くため、全身状態が許せば早期に手術を行い、早期離床・リハビリテーションを図るのが原則である。
画像検査
・まず股関節の単純エックス線(正面・側面)を撮影する。 ・単純エックス線で骨折線がはっきりしないが臨床的に骨折が疑われる場合(不顕性骨折)は、MRI(T1強調像で低信号の骨折線)が最も感度が高い。CTも有用である。
高齢者に多い脆弱性骨折
大腿骨近位部骨折、脊椎椎体骨折(胸腰椎移行部に多い)、橈骨遠位端骨折、上腕骨近位端骨折が代表的である。
入院中の転倒・転落
高齢、認知症、せん妄、睡眠薬の使用、環境変化などは入院中の転倒の危険因子である。本症例のように肺炎の回復期で活動性が上がり始めた時期、特に夜間に起こりやすい。転倒後は頭部外傷(特に抗血栓薬内服者の頭蓋内出血)と骨折の評価を系統的に行う。
POINT
・高齢女性の転倒後に股関節・下肢の運動で痛む → 大腿骨近位部骨折(頸部・転子部)を疑い、股関節エックス線撮影を行う。 ・単純エックス線で不明瞭でも疑いが強ければMRIで不顕性骨折を検索する。 ・認知症患者は痛みの部位を正確に訴えにくいため、転倒後は骨折を積極的に疑う。 ・高齢者の脆弱性骨折: 大腿骨近位部、脊椎椎体、橈骨遠位端、上腕骨近位端。
