夜の見えにくさと骨小体様色素―網膜色素変性を確定するのは「網膜の電気信号」
第108回医師国家試験 E問題 第29問
国試問題にチャレンジ
夜になると物が見えにくいと訴える患者の両眼の眼底写真(A)(B)を別に示す。 必要な検査はどれか。

- a.色覚検査
- b.隅角検査
- c.眼軸長検査
- d.視覚誘発電位
- e.網膜電図〈ERG〉
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
夜盲と両眼性の骨小体様色素沈着がみられれば網膜色素変性を考え、確定診断には網膜全体の視細胞機能を客観的に評価できる網膜電図(ERG)が不可欠です。本症では杆体が先に障害されるため夜盲から始まり、輪状暗点、求心性視野狭窄を経て中心視力低下へ進行し、ERGは眼底変化の乏しい初期から減弱し、進行するとa波・b波とも消失します。視覚誘発電位は視神経・視路、隅角検査は緑内障の病型、眼軸長検査は眼内レンズ度数計算や近視の評価に用いる検査であり、目的が異なります。ビタミンA欠乏や停在性夜盲、偽網膜色素変性との鑑別、Usher症候群などの全身疾患に伴う病型、白内障や黄斑浮腫などの合併症も合わせて押さえておくと、夜盲を訴える患者を診る際の思考の軸になります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・症状:夜になると物が見えにくい → 夜盲(暗い所で見えにくくなる症状)である。 ・眼底写真:両眼の中間周辺部を中心に、黒色の色素が骨の小さな断片のような形で網目状に沈着している(骨小体様色素沈着)。網膜血管の狭細化や視神経乳頭の蒼白(ろう様乳頭)を伴うのが典型である。
診断
夜盲と両眼性の骨小体様色素沈着の組み合わせは、網膜色素変性(retinitis pigmentosa)に特徴的である。網膜色素変性は、視細胞(主に杆体、進行すると錐体も)と網膜色素上皮が遺伝的に変性していく疾患である。暗所で働く杆体が先に障害されるため、夜盲で始まり、次いで輪状暗点から求心性視野狭窄へと進行し、末期には錐体も障害されて中心視力が低下する。 鑑別としては、ビタミンA欠乏症(夜盲を起こすが典型的な色素沈着は乏しい)、小口病・白点状眼底などの停在性夜盲、梅毒や風疹などによる網膜症(色素沈着をきたす偽網膜色素変性)、薬剤性網膜症(チオリダジン、クロロキンなど)が挙がる。
必要な検査の考え方
網膜色素変性の確定には、視細胞の機能が全体として低下していることを客観的に示すことが重要であり、そのための検査が網膜電図(electroretinogram:ERG)である。本症では病初期から、眼底所見が軽い段階でもERGが著明に減弱・消失(non-recordable)するのが特徴で、診断に最も有用である。わが国の診断基準でも、自覚症状(夜盲、視野狭窄、視力低下など)、眼底所見、ERGの異常(減弱または消失)、視野異常(輪状暗点・求心性視野狭窄)などを組み合わせて診断する。
選択肢考察
- ×a. 色覚検査
網膜色素変性でも錐体障害が進むと後天性の色覚異常(青黄系の異常が多い)を伴うことがあるが、非特異的な所見であり診断には必須でない。色覚検査が診断の中心となるのは、先天色覚異常や錐体ジストロフィ、視神経疾患などである。
- ×b. 隅角検査
隅角検査は、角膜と虹彩の間の房水の出口(隅角)を隅角鏡で観察する検査で、緑内障の病型(開放隅角か閉塞隅角か)の判定に用いる。網膜色素変性に緑内障を合併することがあり、その評価で行われることはあるが、網膜色素変性の診断には役立たない。
- ×c. 眼軸長検査
眼軸長検査は、角膜から網膜までの眼球の前後径を超音波や光干渉法で測る検査で、白内障手術で挿入する眼内レンズの度数計算や、軸性近視の評価に用いる。網膜の視細胞機能を反映するものではなく、網膜色素変性の診断には不要である。
- ×d. 視覚誘発電位
視覚誘発電位(visual evoked potential:VEP)は、光や図形の刺激に対して後頭葉の視覚野から生じる電位を頭皮上で記録する検査で、網膜から視神経・視路を経て視覚野に至る経路全体、特に黄斑部と視神経の機能を反映する。視神経炎などの視神経疾患や心因性視覚障害の評価、乳幼児の視機能評価に用いる。網膜色素変性の末期には視神経萎縮を伴うこともあるが、網膜の視細胞全体の機能障害を示すにはERGが適しており、VEPは診断に必須ではない。
- ○e. 網膜電図〈ERG〉
ERGは、光刺激に対する網膜全体の電気的反応を、角膜上に置いた電極で記録する検査である。主な波形として、視細胞の反応を反映する陰性のa波と、双極細胞・Müller細胞など網膜内層の反応を反映する陽性のb波がある。暗順応下の弱い光刺激で杆体の反応を、明順応下の刺激で錐体の反応を分けて評価できる。網膜色素変性では視細胞が広範に変性するため、早期から杆体反応が低下し、進行するとa波・b波とも著明に減弱ないし消失する。眼底変化が目立たない初期にも異常が検出できるため、本症の確定診断に不可欠な検査である。
網膜色素変性の概要
・遺伝性の網膜変性疾患で、わが国の中途失明原因の上位を占める。有病率は数千人に1人程度とされる。 ・遺伝形式は常染色体潜性(劣性)、常染色体顕性(優性)、X連鎖性とさまざまで、原因遺伝子も多数報告されている(ロドプシン遺伝子など)。家族歴のない孤発例も多い。 ・症状:夜盲 → 輪状暗点 → 求心性視野狭窄 → 中心視力低下の順に進行する。羞明(まぶしさ)や色覚異常を伴うことがある。 ・眼底所見:骨小体様色素沈着、網膜血管の狭細化、視神経乳頭の蒼白(ろう様萎縮)。 ・合併症:後嚢下白内障、嚢胞様黄斑浮腫、緑内障、視神経萎縮など。 ・全身疾患に伴う病型:Usher症候群(感音難聴を伴う)、Bardet-Biedl症候群(肥満・多指症・性腺機能低下・知的障害)、Refsum病(フィタン酸蓄積)、Kearns-Sayre症候群(外眼筋麻痺・心伝導障害)など。
治療
根本的な治療法は長く存在しなかったが、RPE65遺伝子の両アレル変異による網膜ジストロフィに対しては遺伝子治療薬(ボレチゲン ネパルボベク)が承認されている。対症的には遮光眼鏡、ロービジョンケア、白内障や黄斑浮腫など合併症の治療を行う。
夜盲をきたす主な疾患
・進行性:網膜色素変性、コロイデレミア、脳回状網脈絡膜萎縮 ・停在性(進行しない):小口病、白点状眼底、先天停在性夜盲 ・後天性:ビタミンA欠乏症(ロドプシンの合成障害)
ERGと他の電気生理検査の使い分け
・全視野ERG:網膜全体の機能(網膜色素変性、先天停在性夜盲、網膜中心動脈閉塞でのb波減弱など) ・多局所ERG:黄斑部など局所の網膜機能 ・VEP:網膜から視覚野までの視路の機能(視神経疾患など) ・EOG(眼球電図):網膜色素上皮の機能(Best病で異常)
POINT
・夜盲+骨小体様色素沈着 → 網膜色素変性を考える。 ・確定診断に最も有用な検査はERGで、初期から減弱し、進行するとa波・b波とも消失する(non-recordable)。 ・症状は夜盲 → 輪状暗点 → 求心性視野狭窄 → 中心視力低下と進む。 ・VEPは視神経・視路の評価、隅角検査は緑内障の病型評価、眼軸長検査は眼内レンズ度数計算・近視の評価に用いる。
