「真剣にやれば書ける」は本当か―漢字が写せない子どもと学習障害の誤解
第108回医師国家試験 D問題 第20問
国試問題にチャレンジ
8歳の男児。学校へ行きたがらないことを主訴に母親に連れられて来院した。成績は中程度であるものの文字を書くことが苦手で,特に漢字を見本通りに書き写すことができない。このために教師や親から叱責されることが多くなり学校に行きたがらなくなった。友達関係に問題なく,運動も普通にできる。手先はやや不器用であるものの神経学的診察で他に異常を認めない。 この疾患について誤っているのはどれか。
- a.男児に多い。
- b.知能は正常範囲であることが多い。
- c.注意欠陥多動性障害の合併が多い。
- d.成人まで基本症状は持続することが多い。
- e.作業に真剣に取り組ませると書字は改善することが多い。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
学習障害(限局性学習症)は、全般的な知能は正常範囲にありながら、読む・書く・計算するといった特定の学習技能の習得に著しい困難を示す神経発達症です。男児に多く、ADHDや発達性協調運動症などの併存が多く、基本的な困難は成人期まで持続することが多いとされます。原因は脳の情報処理の特性であり努力不足ではないため、「真剣に取り組ませれば改善する」という考えは誤りで、叱責や反復練習の強要はかえって自己評価の低下や登校しぶりといった二次障害を招きます。WISCなどで特性を評価し、ICT機器の活用や合理的配慮など個別の支援につなげることが基本です。登校しぶりや学業不振の背景に発達特性を見いだし、周囲の誤解を解くことは、小児の診療に携わる医師にとって重要な役割です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・8歳男児、登校しぶりが主訴。 ・成績は中程度 → 全般的な知的能力は保たれていると考えられる。 ・文字を書くことが苦手で、特に漢字を見本どおりに書き写せない → 書字(書く能力)に限局した困難。読むことの困難は記載されていない。 ・叱責が重なって学校へ行きたがらなくなった → 学習の困難に続発した二次的な不適応(自己評価の低下、登校しぶり)。 ・友達関係に問題なし → 対人関係・社会的コミュニケーションは保たれており、自閉スペクトラム症(旧・広汎性発達障害)は考えにくい。 ・運動は普通にできる、手先はやや不器用、神経学的に他の異常なし → 粗大運動は正常で、明らかな神経疾患はない。微細運動のぎこちなさ(発達性協調運動症的な要素)が軽く併存している可能性はある。
診断へのプロセス
知的障害(知的能力障害)は成績が中程度であることから否定的である。自閉スペクトラム症は対人関係が良好であることから否定的である。神経疾患や視覚障害などの器質的原因も、神経学的所見から考えにくい。全般的な知能が保たれているにもかかわらず、特定の学習技能(ここでは書字)のみが年齢相応に獲得できないことから、学習障害(DSM-5では限局性学習症、specific learning disorder)の書字表出の障害(書字障害)と考えられる。
設問の考え方
「誤っているもの」を選ぶ問題である。学習障害は脳の情報処理の特性に基づく神経発達症であり、本人の努力不足や怠けが原因ではない。したがって「真剣に取り組ませれば改善する」という考え方は本疾患の本質と矛盾する。むしろ、そのような誤解に基づく叱責が本例の登校しぶりの原因となっている点に注目したい。
選択肢考察
- ×a. 男児に多い。
記述は正しい。学習障害は男児に多く、男女比はおおむね2〜3:1とされる。注意欠如・多動症(ADHD)や自閉スペクトラム症など他の神経発達症と同様に男性優位である。なお、女児は行動上の問題が目立ちにくく見過ごされやすいことも、男女差に影響している可能性がある。
- ×b. 知能は正常範囲であることが多い。
記述は正しい。学習障害は、全般的な知的発達に遅れがない(知的障害では説明できない)にもかかわらず、読む・書く・計算するなど特定の学習技能の習得に著しい困難があるものと定義される。知能が全般的に低い(おおむねIQ70未満で適応機能の障害を伴う)場合は、知的能力障害(精神遅滞)として扱われる。本例でも成績が中程度であり、知能は保たれていると考えられる。
- ×c. 注意欠陥多動性障害の合併が多い。
記述は正しい。神経発達症どうしは高率に併存し、学習障害と注意欠如・多動症(ADHD、旧称:注意欠陥多動性障害)の合併は特に多い。ほかに発達性協調運動症(不器用さ)、言語症、自閉スペクトラム症、不安や抑うつなどの併存もみられる。本例の「手先がやや不器用」という所見も、協調運動の問題の併存を示唆する。ADHDの不注意症状が学習困難を強めることもあり、併存の評価が治療上重要である。
- ×d. 成人まで基本症状は持続することが多い。
記述は正しい。学習障害は生まれつきの脳機能の特性によるもので、成長とともに消失するものではない。適切な支援や代償的な方略(パソコンでの入力、音声読み上げ、計算機の使用など)により日常生活や学業上の支障は軽減できるが、読み書きの遅さや不正確さといった基本的な困難は成人期まで持続することが多い。
- ○e. 作業に真剣に取り組ませると書字は改善することが多い。
記述は誤りであり、これが正解である。学習障害の困難は、文字の形を認識・記憶する視覚認知や、見たものを手の運動に変換する過程など、脳の情報処理の偏りに起因する。本人は十分努力していても習得できないのであり、やる気や真剣さの問題ではない。反復練習の強要や叱責はかえって自己評価の低下、学習意欲の喪失、登校しぶりや不登校といった二次障害を招く。必要なのは、特性の評価に基づく個別の指導方法の工夫(マス目の大きいノート、漢字を部首に分解して覚える、口頭で答えさせる、ICT機器の活用など)と、周囲の正しい理解である。
学習障害(限局性学習症)の概要
・定義:全般的な知的発達に遅れがないのに、読む、書く、計算する(推論する)など特定の能力の習得と使用に著しい困難を示す状態である。視覚・聴覚障害、知的障害、環境的要因(教育機会の不足など)が直接の原因ではない。 ・DSM-5の下位分類:読字の障害(ディスレクシア:読みの正確さ・速度・読解の困難)、書字表出の障害(綴り・文法・文章構成の困難)、算数の障害(数の感覚・計算・数学的推論の困難)。症状が少なくとも6か月持続し、支援を行っても改善が乏しいことが診断の要件となる。 ・文部科学省の定義(教育分野)では「聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力」のいずれかの習得と使用に著しい困難を示すものとされ、医学的定義よりやや範囲が広い。 ・頻度:学齢期児童の数%〜1割程度と報告され、男児に多い。
日本語の特徴と学習障害
ひらがな・カタカナは文字と音の対応が比較的規則的であるが、漢字は形が複雑で、読みも複数あるため、視覚認知や記憶に弱さがある子どもでは漢字の読み書きで困難が顕在化しやすい。小学校で漢字学習が本格化する時期に気づかれることが多い。
鑑別と評価
知能検査(WISC:ウェクスラー児童用知能検査)で全般的知能と能力のばらつき(得意・不得意の差)を評価し、読み書きの検査で困難の程度を確認する。視力・聴力障害、知的能力障害、ADHD、自閉スペクトラム症、発達性協調運動症、不適切な教育環境などを鑑別・併存評価する。
支援
薬物で学習障害そのものを治す方法はない(ADHD併存例ではADHD治療薬で不注意が改善し学習しやすくなることはある)。特性に合わせた教育的支援(通級指導、特別支援教育、合理的配慮としての試験時間延長や機器使用の許可など)と、二次障害(自尊感情の低下、不登校、抑うつ、行動上の問題)の予防が中心となる。
POINT
・学習障害(限局性学習症):知能は正常範囲、特定の学習技能(読む・書く・計算する)に限局した困難。 ・男児に多く、ADHDや発達性協調運動症などの併存が多い。 ・基本症状は成人まで持続することが多い。 ・努力不足・怠けではないため、叱責や反復練習の強要は二次障害(登校しぶり・自己評価低下)を招く。特性に応じた支援が原則。
