「なぜ転んだのか」を問診で解く―高齢者の転倒に潜む失神・脳卒中・薬剤
第108回医師国家試験 A問題 第11問
国試問題にチャレンジ
72歳の男性。散歩中に転倒し前頭部を打ったため心配になって来院した。10年前から高血圧症にて自宅近くの診療所に通院している。 転倒の原因を推論するための質問として有用性が低いのはどれか。
- a.「最近,食欲が増加しましたか」
- b.「最近,内服薬が変わりましたか」
- c.「転倒直前に動悸や胸痛はありましたか」
- d.「転倒直前に目の前が真っ暗になりましたか」
- e.「転倒直前に片側の手足の力が弱い感じはありましたか」
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高齢者の転倒では外傷への対応と並行して、機械的転倒、失神(前駆状態を含む)、脳血管障害、薬剤性という原因カテゴリーを問診で切り分けることが重要です。動悸や胸痛は見逃してはならない心原性失神の手がかり、眼前暗黒感は脳全体の低灌流を示す失神前駆症状、片側の脱力は脳梗塞やTIAを示唆し、内服薬の変更は降圧薬による過降圧や睡眠薬による転倒を考えるきっかけになります。これに対し食欲の増加は転倒の原因となる病態とほとんど結びつかず、原因推論のための質問としての有用性は低いと判断できます。原因の枠組みを先に描いてから質問を組み立てる考え方は、医療面接やOSCE、さらに実臨床での効率的な鑑別診断の基礎となります。
解答・解説
正解はaです
状況の整理
72歳の高血圧症の男性が、散歩中に転倒して前頭部を打った。本人がわざわざ受診するほど心配しているのは、単なるつまずきや滑りではなく、「なぜ倒れたのか分からない」「倒れる前に何か変だった」という背景がありうることを示唆する。高齢者の転倒では、転倒そのもの(外傷)への対応と並行して、転倒の原因となった内因性の病態を探ることが重要である。
転倒の原因をどう考えるか
転倒の原因は大きく、(1)つまずき・滑りなどの環境要因や歩行・バランス障害(機械的転倒)、(2)一過性の意識消失(失神)や失神前駆状態、(3)脳血管障害などによる急性の神経脱落症状、(4)薬剤の影響、に分けて考えると整理しやすい。 失神は、脳全体の血流が一時的に低下して意識を失う状態であり、原因として頻度が高いのは血管迷走神経反射性失神(いわゆる迷走神経反射)や起立性低血圧である。一方、生命予後に直結するため必ず除外すべきなのが心原性失神で、徐脈性・頻脈性不整脈(Adams-Stokes症候群など)、大動脈弁狭窄症、急性冠症候群などが代表である。本例は高血圧の既往がある高齢男性であり、動脈硬化を背景とした心血管疾患・脳血管疾患のリスクが高い。また、高血圧で通院中であることから、降圧薬の変更や追加による過降圧も原因候補になる。
設問の考え方
問われているのは「転倒の原因を推論するのに役立たない質問」である。薬剤歴、転倒直前の前駆症状(動悸・胸痛、眼前暗黒感)、神経症状(片側の脱力)はいずれも上記の原因カテゴリーの鑑別に直結する。これに対し、食欲の増加は転倒・失神の原因となる病態とほとんど結びつかず、原因推論のための質問としての有用性は低い。
選択肢考察
- ○a. 「最近,食欲が増加しましたか」
食欲が増えることと転倒・失神を結びつける代表的な病態はほとんどない。あえて挙げればインスリノーマ(インスリンを過剰に分泌する膵腫瘍)では低血糖を避けるために過食となり、低血糖による意識障害で倒れることがありうるが、極めてまれであり、高血圧のある高齢者の転倒で最初に想定する疾患ではない。したがって本問の状況で原因を推論する質問としての有用性は低く、これが正解である。なお、食欲「低下」や体重減少であれば脱水・低栄養・悪性腫瘍などにつながる情報となり得るが、本選択肢はそうした問いではない。
- ×b. 「最近,内服薬が変わりましたか」
高齢者の転倒原因として薬剤は非常に重要である。本例は高血圧で通院中であり、降圧薬の増量・追加(特にα遮断薬や利尿薬、血管拡張薬)による過降圧や起立性低血圧で失神・ふらつきを起こした可能性がある。そのほか睡眠薬・抗不安薬(ベンゾジアゼピン系など)による鎮静や筋弛緩、抗不整脈薬やβ遮断薬による徐脈、血糖降下薬による低血糖なども転倒を招く。薬剤歴の確認は必須であり、有用性の高い質問である。
- ×c. 「転倒直前に動悸や胸痛はありましたか」
心原性失神を疑うための重要な質問である。動悸は頻脈性不整脈(心室頻拍など)や徐脈頻脈症候群を示唆し、不整脈で心拍出量が急低下して脳血流が途絶えると失神する(Adams-Stokes発作)。胸痛は急性冠症候群(およびそれに伴う致死的不整脈)、大動脈弁狭窄症、大動脈解離、肺塞栓症などを示唆する。心原性失神は予後不良で見逃してはならないため、有用性の高い質問である。
- ×d. 「転倒直前に目の前が真っ暗になりましたか」
眼前暗黒感は、脳全体(網膜を含む)の血流が低下したときに生じる失神前駆症状の代表である。この症状があれば、転倒がつまずきではなく、起立性低血圧・血管迷走神経反射・不整脈などによる一過性の脳低灌流(失神や失神前駆状態)によるものと推定でき、原因検索の方向性が大きく変わる。なお、片眼だけが一過性に見えなくなる場合は一過性黒内障(内頸動脈系の一過性脳虚血発作の一型)を考える。いずれにしても有用性の高い質問である。
- ×e. 「転倒直前に片側の手足の力が弱い感じはありましたか」
片側の上下肢の脱力は、脳梗塞や一過性脳虚血発作(TIA:脳の局所的な虚血による神経症状が短時間で消失するもの)、脳出血などの脳血管障害を示唆する。高血圧は脳血管障害の最大の危険因子であり、片麻痺による転倒は十分にありうる。脳血管障害の有無を確認する有用な質問である。なお、TIAが意識消失だけを起こすことはまれで、失神の原因としてTIAを考えるのは通常、局所神経症状を伴う場合である。
失神の分類
失神は「一過性の脳全体の低灌流による、急速に発症し、短時間で自然かつ完全に回復する意識消失」と定義される。 ・反射性(神経調節性)失神:血管迷走神経反射性失神(長時間の立位、痛み・恐怖が誘因)、状況失神(排尿・排便・咳嗽時)、頸動脈洞症候群。最も頻度が高い。 ・起立性低血圧による失神:自律神経障害(糖尿病、Parkinson病など)、脱水・出血による循環血液量減少、降圧薬・利尿薬などの薬剤性。高齢者で多い。 ・心原性失神:不整脈(洞不全症候群、高度房室ブロック、心室頻拍など)、器質的心疾患(大動脈弁狭窄症、肥大型心筋症、急性心筋梗塞、肺塞栓症、大動脈解離など)。予後が悪く、最優先で除外する。
心原性失神を疑う手がかり
労作中や臥位での発症、前駆症状に乏しい突然の意識消失、動悸・胸痛の先行、器質的心疾患や心不全の既往、突然死の家族歴、心電図異常など。
失神と鑑別すべき病態
てんかん発作(強直間代けいれん、発作後のもうろう状態、舌咬傷)、低血糖、脳血管障害(局所神経症状を伴う)、機械的転倒など。成人発症のてんかんで意識消失と転倒だけを起こす発作は少ない。
高齢者の転倒の危険因子
筋力低下・バランス障害、視力障害、認知機能障害、多剤併用(ポリファーマシー)、睡眠薬・向精神薬・降圧薬の使用、住環境(段差、照明不足)など。転倒は骨折や頭部外傷を招き、ADL低下や寝たきりの原因となる。
POINT
・転倒の原因推論では、機械的転倒か、失神(前駆状態を含む)か、脳血管障害か、薬剤性かを問診で切り分ける。 ・失神で最も見逃してはならないのは心原性失神(不整脈、大動脈弁狭窄症、急性冠症候群など)で、動悸・胸痛の有無は重要な手がかりである。 ・眼前暗黒感は脳全体の低灌流を示す失神前駆症状である。 ・片側の脱力は脳梗塞・TIAを示唆する。 ・高齢者では降圧薬・睡眠薬などの薬剤変更が転倒の原因になりやすい。 ・食欲増加は転倒原因の推論にはほとんど役立たない。
