開けてみたらStage IV―膵頭部癌の術中に転移を見つけたとき外科医が選ぶ道
第107回医師国家試験 I問題 第59問
国試問題にチャレンジ
58歳の女性。褐色尿を主訴に来院した。画像診断で膵頭部癌による閉塞性黄疸と診断されたが,転移巣は描出されなかった。内視鏡的逆行性胆管ドレナージで減黄術を行い,膵頭十二指腸切除術を予定した。手術開腹時に,肝両葉の表面に小結節状の転移巣を5個と,腹膜に同様の結節を十数個認めた。 対応として適切なのはどれか。
- a.非切除
- b.肝部分切除術
- c.膵腫瘍摘出術
- d.肝膵同時切除術
- e.膵頭十二指腸切除術
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
膵癌で肝転移や腹膜播種が見つかれば遠隔転移(M1、Stage IV)であり、術前画像で切除可能と判断されていても、開腹時に判明した時点で切除は中止し、生検や腹腔洗浄細胞診で確認したうえで閉腹します。膵癌の切除が意味を持つのはR0切除が可能な場合に限られ、遠隔転移例では原発巣や転移巣を切除しても予後は改善せず、高侵襲手術の合併症で化学療法の開始が遅れるだけです。肝部分切除、肝膵同時切除、核出術はいずれも根治性がなく、遠隔転移例の治療の中心はFOLFIRINOXやゲムシタビン+ナブパクリタキセルなどの全身化学療法です。画像で見落とされやすい微小転移を見つけるために審査腹腔鏡が用いられることも含め、病期に応じて手術の意義を判断する考え方は、がん治療全般に通じる重要な視点です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・58歳女性、褐色尿(ビリルビン尿)で受診し、膵頭部癌による閉塞性黄疸と診断された。 ・術前画像では遠隔転移は見つからず、切除可能と判断されて内視鏡的逆行性胆管ドレナージ(ERBD:内視鏡で総胆管にステントを留置し胆汁を十二指腸へ流す処置)で減黄したうえで、膵頭十二指腸切除術(PD)が予定された。 ・ところが開腹すると、肝の左右両葉の表面に小結節状の転移が5個、腹膜に同様の結節が十数個見つかった。
病期の再評価
肝転移と腹膜播種はいずれも遠隔転移(M1)であり、膵癌は術中所見によってStage IVに変わる。CTやMRIでは数mm程度の小さな肝表面転移や腹膜播種は描出されにくく、「画像上は切除可能でも開腹すると切除不能」という事態は膵癌で珍しくない。
考え方
膵癌の外科切除が意味を持つのは、原発巣と所属リンパ節を肉眼的・顕微鏡的に取り残しなく切除(R0切除)できる場合に限られる。遠隔転移のある膵癌では、原発巣や転移巣を切除しても生存期間は延びず、膵頭十二指腸切除という高侵襲手術の合併症(膵液瘻、胃内容排出遅延など)と術後回復の遅れによって、本来の治療である全身化学療法の開始がかえって遅れる。したがって術中に遠隔転移が判明した時点で切除は中止し(非切除)、転移結節の生検や腹水・腹腔洗浄細胞診で病理学的に確認したうえで閉腹する。その後、患者・家族に状況を説明し、全身化学療法を中心とした治療方針に切り替える。
選択肢考察
- ○a. 非切除
肝両葉の多発転移と十数個の腹膜播種は遠隔転移であり、根治切除(R0切除)は不可能である。この状況で膵や肝を切除しても予後は改善せず、手術侵襲と合併症によって化学療法の導入が遅れるだけである。転移巣を生検して診断を確定し、切除せずに閉腹するのが適切である。胆道はすでにERBDで減黄されているため、胆道再建の目的でも切除は不要である。術後に病状を説明し、全身化学療法へ移行する。
- ×b. 肝部分切除術
肝転移巣だけを部分切除しても、原発巣の膵頭部癌と多数の腹膜播種が残るため治療的意義はない。しかも転移は肝の両葉にまたがって多発しており、膵癌の肝転移切除は生存の延長につながらない。転移巣の診断確定のための小さな生検は行ってよいが、治療目的の肝部分切除は不適切である。
- ×c. 膵腫瘍摘出術
膵腫瘍摘出術(核出術)は、境界が明瞭で悪性度の低い腫瘍(インスリノーマなど小さな神経内分泌腫瘍)に用いられる術式であり、浸潤性に広がる膵管癌には適応がない。遠隔転移がある状態で原発巣のみを摘出しても予後は改善せず、膵液瘻などの合併症のリスクだけが加わる。
- ×d. 肝膵同時切除術
原発巣と肝転移を同時に切除しても、十数個の腹膜播種は取り切れないため根治にはならない。肝膵同時切除は侵襲がきわめて大きく、合併症や術死のリスクが高い一方で、膵癌の遠隔転移例では生存上の利益が示されていない。適応はない。
- ×e. 膵頭十二指腸切除術
当初予定された術式ではあるが、それは遠隔転移がないという前提で選ばれたものである。肝転移と腹膜播種が判明した以上、原発巣を切除しても転移巣が残り、予後の改善は期待できない。PDは膵液瘻、胃内容排出遅延、腹腔内膿瘍などの合併症が多い高侵襲手術であり、術後回復の遅れにより化学療法の開始も遅れるため、続行すべきではない。
膵癌の切除可能性分類
膵癌は画像所見から次のように分類し、治療方針を決める。 ・切除可能(resectable):主要血管への浸潤がなく、遠隔転移もない。手術が原則であり、術前化学療法(ゲムシタビン+S-1など)を行ってから切除し、術後補助化学療法(S-1)を追加するのが標準的である。 ・切除可能境界(borderline resectable):上腸間膜静脈・門脈への広い浸潤や、上腸間膜動脈・総肝動脈への半周未満の接触などがある。術前治療を行ってから切除を検討する。 ・切除不能(unresectable):局所進行(上腸間膜動脈や腹腔動脈への半周以上の浸潤など)または遠隔転移(肝、腹膜、肺、遠隔リンパ節など)がある。
遠隔転移を伴う膵癌の治療
全身化学療法が中心となる。代表的なレジメンはFOLFIRINOX(5-FU、レボホリナート、イリノテカン、オキサリプラチン)やゲムシタビン+ナブパクリタキセルであり、全身状態が不良な場合はゲムシタビン単剤なども選択される。BRCA遺伝子変異やマイクロサテライト不安定性(MSI-High)などのバイオマーカーを調べ、該当すれば分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の対象となる。化学療法が著効して長期に安定した場合に限り、切除(コンバージョン手術)が検討されることもある。
術中に切除不能と判明した場合の対応
・転移結節の生検や腹腔洗浄細胞診により、病理学的に転移を確認する。 ・胆道閉塞が残っていれば胆管空腸吻合、十二指腸狭窄があれば胃空腸吻合などのバイパス術を追加することがある。本例は既にERBDで減黄済みである。 ・閉腹後、患者と家族に結果を説明し、化学療法の方針を相談する。
審査腹腔鏡(staging laparoscopy)
画像で見落とされやすい腹膜播種や肝表面の小転移を見つけるため、開腹の前に腹腔鏡で腹腔内を観察し、洗浄細胞診を行うことがある。腫瘍が大きい、CA19-9が高値であるなど転移のリスクが高い例で有用とされ、不要な開腹を避けることにつながる。
POINT
・肝転移や腹膜播種は遠隔転移(M1、Stage IV)であり、膵癌では切除適応がない。 ・術前画像で転移がなくても、開腹時に遠隔転移が見つかれば切除は中止し、生検で確認して閉腹する(非切除)。 ・遠隔転移のある膵癌では、原発巣や転移巣の切除は予後を改善せず、全身化学療法(FOLFIRINOX、ゲムシタビン+ナブパクリタキセルなど)が治療の中心となる。 ・画像で見逃されやすい微小転移の検出には審査腹腔鏡が役立つ。
