「死ねない」は「死にたくない」ではない―自殺念慮を尋ねる勇気がすべての出発点
第107回医師国家試験 I問題 第43問
国試問題にチャレンジ
55歳の男性。駅のホームで立ちつくしているところを保護され,遺書を持っていたため,会社の上司に伴われて受診した。2か月前から1日中憂うつで仕事も手につかずに悩んでいたという。「勇気はないので死ねない」,「迷惑をかけるのが嫌なので1人にして欲しい」と帰宅を希望する。 まず行うべき対応はどれか。
- a.1人で帰す。
- b.精神科に入院させる。
- c.すぐに警察に連絡する。
- d.抗うつ薬を点滴静注する。
- e.自殺念慮について具体的に尋ねる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
遺書の所持や駅のホームでの立ちつくし、「勇気がないので死ねない」「1人にして欲しい」という発言は、自殺念慮を伴ううつ病を強く示しており、本人の言葉を額面通りに受け取ってはいけません。このような患者に最初に行うべきは、自殺念慮の強さ、具体的な計画と準備、過去の自殺企図歴などを受容的な態度で具体的に尋ね、危険度を評価することです。自殺について率直に尋ねても誘発することはないとされ、むしろ支援の糸口になります。入院の要否や入院形態、薬物療法はこの評価の後に決めるもので、抗うつ薬は効果発現に時間がかかるため即効的な自殺予防策にはなりません。TALKの原則に沿って評価と安全確保を進める姿勢は、診療科を問わずすべての医師に求められる基本的な技能です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・55歳男性。駅のホームで立ちつくしていたところを保護され、遺書を所持していた。→ 自殺を具体的に準備していた可能性が高い(自殺念慮に加え、遺書という準備行動がある)。 ・2か月前から1日中憂うつで、仕事も手につかない。→ 抑うつ気分が2週間以上ほぼ毎日持続し、社会的・職業的機能が障害されており、うつ病(大うつ病性障害)の抑うつエピソードに合致する。 ・「勇気はないので死ねない」→ 死にたい気持ち自体は否定していない。「死にたいが実行する勇気がない」という意味であり、自殺念慮の存在を裏づける発言である。 ・「迷惑をかけるのが嫌なので1人にして欲しい」→ 自分が周囲の負担になっているという過度に自責的・自罰的な考え方であり、うつ病に典型的な思考である。また、援助を拒み孤立しようとする態度は、それ自体が自殺の危険を高める。
診断と危険度の評価
以上から、自殺念慮を伴ううつ病がまず考えられる。さらに、中高年男性、遺書の所持、自殺の場所となりうる駅ホームでの立ちつくし、援助の拒否など、自殺の危険因子が多く重なっている。患者本人の「死ねない」「1人にして欲しい」という言葉を額面通りに受け取ってはならない。
設問の考え方
問われているのは「まず」行うべき対応である。入院の要否や治療方針は、自殺の危険性がどの程度差し迫っているかによって決まる。したがって最初に必要なのは、受容的・共感的な態度で面接し、自殺念慮の有無と強さ、具体的な計画(方法・場所・時期)や準備の程度、過去の自殺企図歴、焦燥感や衝動性などを直接かつ具体的に確認して、危険度を評価することである。自殺について率直に尋ねても自殺を誘発することはなく、むしろ患者が苦しみを打ち明けるきっかけになるとされている。評価の結果、危険が高ければ入院(本人の同意が得られなければ非自発的入院も含めて)を検討する、という順序になる。
選択肢考察
- ×a. 1人で帰す。
誤り。遺書を用意するほど自殺を考えていた患者であり、「勇気がないので死ねない」という発言は希死念慮の否定ではない。「迷惑をかけたくない」という自責的な訴えもうつ病の症状として理解すべきで、本人の希望通りに1人で帰宅させると、その後に自殺を実行してしまう危険が極めて高い。危険度を評価しないまま帰宅させることは不適切である。
- ×b. 精神科に入院させる。
誤り(最初の対応としては不適切)。自殺の危険が高いと判断されれば、入院は重要な選択肢となる。本人の同意による任意入院が原則だが、同意が得られない場合には、精神保健指定医が入院が必要と判断し家族等が同意する医療保護入院や、自傷他害のおそれが著しい場合の措置入院(2名の指定医の診察による)がある。しかし、これらを決めるには自殺念慮の強さや切迫性の評価が前提となる。評価を行う前に入院を決めるのは順序が逆である。
- ×c. すぐに警察に連絡する。
誤り。本患者は上司に付き添われて医療機関を受診しており、他人を害するおそれも示していない。精神保健福祉法には、警察官が自傷他害のおそれのある精神障害者を発見した際に都道府県知事等へ通報する規定(第23条)があるが、これは警察官が発見した場合の手続きであり、すでに医療の場で診察を受けている患者について医師が最初に警察へ連絡する必要はない。まず医師自身が診察し、危険度を評価して医療的対応を決めるべきである。
- ×d. 抗うつ薬を点滴静注する。
誤り。うつ病の治療には抗うつ薬が用いられるが、診察と評価が済む前に最初に行う対応ではない。また、抗うつ薬の効果が現れるまでには通常2週間前後かかり、点滴静注(クロミプラミンなど)で経口投与より幾分早く効くとの報告はあっても、その場の自殺の危険を直ちに下げるものではない。現在の治療は選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などの経口薬が中心であり、点滴静注は一般的な第一選択でもない。
- ○e. 自殺念慮について具体的に尋ねる。
正解。自殺の危険性の評価が、その後の対応(帰宅の可否、入院形態、治療方針)すべての出発点になる。患者を責めたり説得したりせず、話を傾聴しながら「死にたいと思う気持ちはどのくらい強いか」「どのような方法を考えたか」「実際に準備したことはあるか」「以前に自殺を試みたことはあるか」などを具体的に確認する。自殺について直接尋ねることが自殺を誘発するという根拠はなく、むしろ患者が気持ちを表出でき、支援につながる。気分の落ち込みや興味の減退、生活・仕事上の支障についても自発的に話してもらい、全体像を把握する。
うつ病(大うつ病性障害)の診断の要点
DSM-5では、抑うつ気分または興味・喜びの著しい減退のいずれかを含み、以下の症状のうち5つ以上が2週間以上ほぼ毎日続き、苦痛や機能障害をきたす場合に抑うつエピソードとする。 ・抑うつ気分 ・興味・喜びの減退 ・体重・食欲の変化 ・不眠または過眠 ・精神運動焦燥または制止 ・易疲労感・気力の減退 ・無価値感・過剰な罪責感 ・思考力・集中力の低下、決断困難 ・死についての反復思考、自殺念慮、自殺企図
自殺の危険因子
・過去の自殺企図歴(最も強い危険因子) ・精神疾患(うつ病、アルコール使用障害、統合失調症など) ・男性、中高年~高齢 ・具体的な計画・手段の準備、遺書の作成 ・社会的孤立、失職・経済問題、身体疾患 ・焦燥感、衝動性、絶望感
自殺念慮のある患者への対応(TALKの原則)
Tell(心配していることを言葉で伝える)、Ask(自殺について率直に尋ねる)、Listen(傾聴する)、Keep safe(安全を確保する)。危険な手段を遠ざけ、1人にしない、家族など支援者と連携する。
精神保健福祉法による入院形態
・任意入院:本人の同意による入院。 ・医療保護入院:精神保健指定医1名が医療と保護のため入院が必要と判断し、家族等の同意がある場合、本人の同意なしに入院できる(2014年の法改正で保護者制度が廃止され「家族等」の同意となった)。 ・措置入院:自傷他害のおそれがあり、精神保健指定医2名の診察結果が一致した場合に、都道府県知事の権限で行う。 ・緊急措置入院:急を要する場合、指定医1名の診察で72時間まで。 ・応急入院:急を要し家族等の同意が得られない場合、指定医の診察で72時間まで。
抗うつ薬の注意点
効果発現に通常2~4週かかる。投与初期には、意欲が先に回復して自殺を実行に移しやすくなることや、若年者での賦活症候群(不安・焦燥・衝動性の亢進)に注意が必要である。
POINT
・遺書の所持、駅ホームでの立ちつくし、「死ねない」「1人にして欲しい」という発言は、自殺念慮を伴ううつ病を示す。本人の言葉を額面通りに受け取らない。 ・自殺念慮のある患者に「まず」行うのは、自殺念慮の強さ・計画・準備・既往を具体的に尋ねて危険度を評価することである。 ・自殺について直接尋ねても自殺を誘発しない。 ・入院や薬物療法は、危険度評価の後に決める。抗うつ薬は効果発現まで時間がかかり、即効的な自殺予防策にはならない。 ・他害のおそれがなく医療機関で診察中の患者について、医師がまず警察へ通報する必要はない。
