吸収はわずか1日1mg―「出口を絞る」ヘプシジンで読み解く鉄の旅
第107回医師国家試験 G問題 第34問
国試問題にチャレンジ
体内の鉄動態について正しいのはどれか。2つ選べ。
- a.鉄は2価イオンの形で吸収される。
- b.ヘプシジンは鉄の吸収を促進する。
- c.腸管からの鉄吸収率は50%を超える。
- d.Hb 15 g/dLの血液10 mLには10 mgの鉄が含まれる。
- e.血清鉄はトランスフェリンと結合して細胞に輸送される。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
食物中の非ヘム鉄は3価から2価に還元されて十二指腸で吸収され、フェロポルチンを通って血中に出たのち、3価に戻ってトランスフェリンに結合し、トランスフェリン受容体を介して赤芽球などに取り込まれます。肝臓由来のヘプシジンはフェロポルチンを分解させて鉄の吸収とマクロファージからの放出を抑制し、炎症で増加して慢性疾患に伴う貧血の原因となります。鉄の吸収は1日約1 mg(摂取量の約10%)で喪失量と釣り合い、血液1 mLには約0.5 mgの鉄が含まれるため、少量の慢性出血でも容易に鉄欠乏に陥ります。鉄には能動的な排泄経路がないため、繰り返す輸血では鉄過剰症にも注意が必要です。吸収・輸送・調節の流れを理解することは、鉄欠乏性貧血と慢性疾患に伴う貧血の鑑別や検査値の解釈に直結します。
解答・解説
正解はa, eです
体内の鉄代謝(吸収・輸送・貯蔵・調節)の基本を問う一般問題である。 鉄は体外へ積極的に排泄する仕組みをほとんど持たないため、体内の鉄量は主に「腸管からの吸収量」を調節することで保たれている。この流れを順に押さえると、各選択肢を判断しやすい。 【吸収】食物中の非ヘム鉄は主に3価鉄(Fe3+)であり、十二指腸〜空腸上部の粘膜上皮で2価鉄(Fe2+)に還元されてから細胞内に取り込まれる。 【細胞からの放出】腸上皮細胞内の鉄は、基底側膜の鉄排出蛋白フェロポルチンを通って血中へ出る。 【輸送】血中で鉄は3価に戻され、運搬蛋白トランスフェリンに結合して骨髄の赤芽球などへ運ばれる。 【調節】肝臓がつくるホルモンのヘプシジンが、フェロポルチンを分解させて鉄の吸収と放出を抑える。 さらに、1日の吸収量は摂取量のごく一部にすぎないこと、ヘモグロビン(Hb)中の鉄含有量の概算(Hb 1 gあたり約3.4 mgの鉄)も合わせて問われている。 以上から、鉄が2価イオンの形で吸収されるという記述(a)と、血清鉄がトランスフェリンと結合して細胞に運ばれるという記述(e)が正しい。
選択肢考察
- ○a. 鉄は2価イオンの形で吸収される。
正しい。食物中の非ヘム鉄の多くは3価鉄(Fe3+)の形で存在し、そのままでは中性付近で水に溶けにくく、吸収されにくい。胃酸によって可溶化されたのち、十二指腸上皮の刷子縁にある還元酵素(duodenal cytochrome b:Dcytb)によって2価鉄(Fe2+)に還元され、2価金属トランスポーター(divalent metal transporter 1:DMT1)を介して上皮細胞に取り込まれる。ビタミンC(アスコルビン酸)は3価鉄を2価鉄へ還元するため鉄吸収を促進し、逆に胃切除後や制酸薬(プロトンポンプ阻害薬など)の長期使用で胃酸が減ると、鉄吸収が落ちて鉄欠乏性貧血の原因になる。なお、肉や魚に含まれるヘム鉄は、ヘムのまま別の経路で取り込まれ、非ヘム鉄より吸収効率が高い。
- ×b. ヘプシジンは鉄の吸収を促進する。
誤り。ヘプシジンは肝臓で産生されるペプチドホルモンで、鉄の吸収を抑制する。ヘプシジンは腸上皮細胞やマクロファージの細胞膜にある鉄排出蛋白フェロポルチンに結合し、これを細胞内に取り込ませて分解させる。その結果、腸上皮細胞から血中への鉄の移行と、マクロファージからの再利用鉄の放出がともに抑えられる。体内の鉄が過剰なときや炎症時(IL-6などの刺激)にはヘプシジンが増加し、鉄欠乏や貧血、低酸素、赤血球造血が亢進しているときには減少する。慢性炎症に伴う貧血(慢性疾患に伴う貧血)で、貯蔵鉄が十分あるのに血清鉄が低下するのは、ヘプシジンの増加で鉄がマクロファージ内に閉じ込められるためである。逆に、遺伝性ヘモクロマトーシスの多くはヘプシジンの産生低下・作用不全によって鉄の過剰吸収が起こる病態である。
- ×c. 腸管からの鉄吸収率は50%を超える。
誤り。通常の食事に含まれる鉄は1日10〜15 mg程度だが、そのうち吸収されるのは約1 mg、すなわち吸収率はおよそ10%前後にとどまる。これは、汗・皮膚や腸上皮の脱落などで1日に失われる鉄(約1 mg)とほぼ釣り合う量である。鉄欠乏状態ではヘプシジンが低下して吸収率が上昇するが、それでも50%を超えるほどにはならない。吸収効率は鉄の形態によっても異なり、ヘム鉄は非ヘム鉄より吸収されやすい(一般にヘム鉄で十数〜数十%、非ヘム鉄で数%程度とされる)。
- ×d. Hb 15 g/dLの血液10 mLには10 mgの鉄が含まれる。
誤り。含まれる鉄は約5 mgである。計算は次のとおり。 Hb 15 g/dL の血液10 mL(=0.1 dL)に含まれるHbは、15 g/dL × 0.1 dL = 1.5 g。 Hb中の鉄含有率は約0.34%(Hb分子量約64,500に対し、鉄原子4個で約223)なので、1.5 g × 0.0034 ≒ 0.0051 g ≒ 5 mg。 つまり「血液1 mLあたり鉄約0.5 mg」と覚えておくと便利である。この値から、例えば1日10 mLの消化管出血が持続すれば1日約5 mgの鉄を失うことになり、通常の吸収量(約1 mg/日)を大きく上回るため、慢性的な少量出血でも鉄欠乏性貧血に陥ることが理解できる。
- ○e. 血清鉄はトランスフェリンと結合して細胞に輸送される。
正しい。腸上皮細胞からフェロポルチンを通って出た2価鉄は、ヘファエスチン(腸管)やセルロプラスミン(血中)などのフェロオキシダーゼによって3価鉄に酸化され、肝臓で合成される運搬蛋白トランスフェリンに結合する(トランスフェリン1分子あたり最大2個のFe3+を結合する)。血清鉄とは、主にこのトランスフェリンに結合した鉄を指す。鉄を結合したトランスフェリンは、骨髄の赤芽球などの細胞表面にあるトランスフェリン受容体に結合してエンドサイトーシスで細胞内に取り込まれ、鉄はヘム合成などに利用される。遊離の鉄はフェントン反応でフリーラジカルを生じ有害なため、蛋白に結合した形で運ばれることが重要である。なお、臨床で測る総鉄結合能(TIBC)はトランスフェリンが結合できる鉄の総量を反映し、鉄欠乏性貧血では上昇する。
体内の鉄の分布(成人で総量3〜4 g程度)
・ヘモグロビン鉄:全体の約2/3を占める最大の鉄プール ・貯蔵鉄:フェリチンやヘモジデリンとして肝臓・脾臓・骨髄のマクロファージなどに存在 ・ミオグロビン鉄、酵素(シトクロムなど)の鉄 ・トランスフェリン結合鉄(血清鉄):量としてはごくわずか(数mg)だが、各組織への運搬を担う
鉄の出納
・吸収:1日約1 mg(摂取量の約10%) ・喪失:1日約1 mg(腸上皮・皮膚の脱落、汗など)。月経のある女性では平均でさらに多く失い、妊娠・授乳でも需要が増す。 ・老化赤血球は脾臓などのマクロファージに貪食され、ヘム由来の鉄の大部分(1日20 mg程度)が再利用される。造血に使われる鉄の大部分はこの再利用鉄であり、吸収鉄はその不足分を補う役割である。 ・鉄には能動的な排泄経路がないため、輸血を繰り返すと鉄過剰(輸血後鉄過剰症)となり、鉄キレート薬が必要になることがある。
鉄代謝に関わる主な分子
・Dcytb:十二指腸刷子縁でFe3+をFe2+に還元 ・DMT1:Fe2+を腸上皮細胞内に取り込む ・フェロポルチン:細胞から血中へ鉄を排出する唯一の蛋白 ・ヘファエスチン/セルロプラスミン:Fe2+をFe3+に酸化 ・トランスフェリン:血中の鉄運搬蛋白(Fe3+を結合) ・トランスフェリン受容体:細胞への鉄取り込み ・フェリチン:細胞内の鉄貯蔵蛋白。血清フェリチンは貯蔵鉄量を反映する ・ヘプシジン:フェロポルチンを分解させ、鉄の吸収・放出を抑える調節ホルモン
鉄関連検査の読み方
・鉄欠乏性貧血:血清鉄↓、TIBC↑、血清フェリチン↓、トランスフェリン飽和度↓ ・慢性疾患に伴う貧血:血清鉄↓、TIBC正常〜↓、血清フェリチン正常〜↑
POINT
・非ヘム鉄はFe3+からFe2+に還元されて十二指腸で吸収される(ビタミンCは吸収を促進)。 ・鉄の吸収率は約10%(1日約1 mg)で、喪失量とほぼ釣り合う。 ・ヘプシジンはフェロポルチンを分解させ、鉄の吸収・マクロファージからの放出を抑制する。炎症で増加し、慢性疾患に伴う貧血の原因となる。 ・血清鉄はトランスフェリンに結合して運ばれ、トランスフェリン受容体を介して細胞に取り込まれる。 ・Hb 1 gあたり鉄約3.4 mg、血液1 mLあたり鉄約0.5 mg(Hb 15 g/dLの場合)。
