「数字が並ぶ」だけでは危険因子じゃない―冠動脈リスクは“この患者に実在するか”で選ぶ
第107回医師国家試験 A問題 第60問
国試問題にチャレンジ
47歳の男性。人間ドックで経口グルコース負荷試験〈75 g OGTT〉での境界型と心電図異常とを指摘され来院した。父親が心筋梗塞のため49歳で死亡。喫煙は20本/日を27年間。飲酒は日本酒1合/日を10年間。身長165 cm,体重73 kg。脈拍72/分,整。血圧124/80 mmHg。血液生化学所見:総コレステロール180 mg/dL,トリグリセリド112 mg/dL,HDLコレステロール60 mg/dL。 この患者における冠動脈疾患のリスクファクターはどれか。3つ選べ。
- a.飲酒
- b.喫煙
- c.家族歴
- d.脂質異常
- e.耐糖能異常
対話形式の解説
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ドクターまとめ
冠動脈疾患の主な危険因子は、加齢、男性、喫煙、高血圧、脂質異常症、糖尿病・耐糖能異常、慢性腎臓病、若年発症の冠動脈疾患の家族歴、肥満などです。設問では一般論ではなく「その患者に実在するか」を判定することが求められ、家族歴は第一度近親者の若年発症(男性55歳未満、女性65歳未満)が条件となります。耐糖能異常は境界型の段階から大血管障害のリスクを高める一方、日本酒1合程度の適量飲酒は危険因子とはされません。LDL-Cが示されていない場合はFriedewaldの式(総コレステロール-HDL-C-TG/5)で推定し、基準値と照らして脂質異常の有無を判断します。危険因子を正確に拾い上げる力は、心血管イベントの予防と生活指導の優先順位づけに直結する基本技能です。
解答・解説
正解はb, c, eです
所見の整理
・47歳の男性(男性であることと加齢自体も冠動脈疾患の危険因子である)。 ・75 g経口グルコース負荷試験(OGTT)で境界型:糖尿病型でも正常型でもない、耐糖能の低下した段階。 ・心電図異常を指摘されており、冠動脈疾患の存在も念頭に置く必要がある。 ・父親が49歳で心筋梗塞により死亡:若年発症の冠動脈疾患の家族歴に該当する。 ・喫煙20本/日×27年(喫煙指数540)、現在も喫煙中と推測される。 ・飲酒は日本酒1合/日(エタノール約20 g程度)で、いわゆる適量の範囲内。 ・身長165 cm、体重73 kgでBMIは約26.8 kg/m²と肥満がある。 ・血圧124/80 mmHgで高血圧はない。 ・総コレステロール180 mg/dL、トリグリセリド(TG)112 mg/dL、HDLコレステロール60 mg/dL。
脂質の評価
LDLコレステロールはFriedewaldの式(LDL-C=総コレステロール-HDL-C-TG/5、TG 400 mg/dL未満で使用可)で推定できる。180-60-112/5=180-60-22.4≒98 mg/dLとなり、脂質異常症の診断基準(LDL-C 140 mg/dL以上)を大きく下回る。non-HDLコレステロール(総コレステロール-HDL-C)も120 mg/dLで基準(170 mg/dL以上)未満、HDL-C(基準:40 mg/dL未満で低HDL-C血症)とTG(空腹時150 mg/dL以上で高TG血症)もともに正常である。
設問の考え方
冠動脈疾患の主な危険因子は、加齢、男性、喫煙、高血圧、脂質異常症、糖尿病(耐糖能異常を含む)、慢性腎臓病(CKD)、冠動脈疾患の家族歴(特に若年発症)、肥満・メタボリックシンドロームなどである。選択肢の項目それぞれについて、「一般論として危険因子になりうるか」ではなく「この患者で実際に危険因子として存在しているか」を判断することが求められている。本例では、喫煙、若年発症の家族歴、耐糖能異常の3つが該当し、飲酒は適量、脂質は正常範囲である。
選択肢考察
- ×a. 飲酒
日本酒1合(約180 mL、アルコール度数約15%)に含まれるエタノールは約20 g程度であり、高血圧治療ガイドラインで示される節酒の目安(男性でエタノール20〜30 mL/日以下)の範囲内である。大量飲酒は高血圧、高TG血症、心筋症、不整脈の原因となり心血管リスクを高めるが、適量の飲酒は冠動脈疾患の危険因子とはされていない(観察研究では少量飲酒者の冠動脈疾患リスクがむしろ低いとの報告もあるが、飲まない人に飲酒を勧める根拠にはならない)。本例の飲酒はリスクファクターに当たらない。
- ○b. 喫煙
喫煙は冠動脈疾患の代表的な危険因子である。ニコチンによる交感神経刺激と冠攣縮の誘発、一酸化炭素による酸素運搬能の低下、血管内皮障害、LDLの酸化促進、HDL-Cの低下、血小板凝集能の亢進などにより、動脈硬化と血栓形成を促進する。本例は20本/日を27年間吸っており、明らかな危険因子である。禁煙によりリスクは速やかに低下するため、最優先で指導すべき項目である。
- ○c. 家族歴
第一度近親者(親・兄弟姉妹・子)に若年発症の冠動脈疾患がある場合、遺伝的素因や共有する生活習慣のため本人の冠動脈疾患リスクは高くなる。「若年」とは一般に男性55歳未満、女性65歳未満での発症を指す。本例の父親は49歳で心筋梗塞により死亡しており、この条件を満たす。家族性高コレステロール血症などの遺伝性疾患が背景にある場合もあるが、本例の脂質は正常である。
- ×d. 脂質異常
Friedewaldの式で推定したLDL-Cは約98 mg/dLであり、脂質異常症の診断基準である140 mg/dL以上に該当しない。HDL-C 60 mg/dL(40 mg/dL未満で低HDL-C血症)、TG 112 mg/dL(空腹時150 mg/dL以上で高TG血症)、non-HDL-C 120 mg/dL(170 mg/dL以上で高non-HDL-C血症)もすべて正常範囲である。したがって本例には脂質異常は存在せず、危険因子には当たらない。なお、LDL-C約98 mg/dLは冠動脈疾患の二次予防における管理目標値(100 mg/dL未満)も満たす水準である。
- ○e. 耐糖能異常
75 g OGTTの境界型は、空腹時血糖110〜125 mg/dLまたは2時間値140〜199 mg/dLで糖尿病型に至らない状態であり、糖尿病予備群にあたる。糖尿病の細小血管合併症(網膜症・腎症・神経障害)は糖尿病域に入ってから問題となるが、冠動脈疾患などの大血管障害は、境界型、特に食後高血糖を示す耐糖能異常(IGT)の段階からすでに増加することが知られている。本例では明らかな危険因子である。
動脈硬化性疾患(冠動脈疾患)の主な危険因子
・変えられない因子:加齢、男性、冠動脈疾患の家族歴(第一度近親者の若年発症:男性55歳未満、女性65歳未満) ・治療・改善できる因子:喫煙、高血圧、脂質異常症、糖尿病・耐糖能異常、慢性腎臓病(CKD)、肥満(特に内臓脂肪型)・メタボリックシンドローム、運動不足 ・既往:冠動脈疾患、非心原性脳梗塞、末梢動脈疾患などの動脈硬化性疾患の既往
脂質異常症の診断基準(空腹時採血、日本動脈硬化学会)
・LDL-C 140 mg/dL以上:高LDL-C血症(120〜139 mg/dLは境界域) ・HDL-C 40 mg/dL未満:低HDL-C血症 ・TG 150 mg/dL以上:高TG血症 ・non-HDL-C 170 mg/dL以上:高non-HDL-C血症(150〜169 mg/dLは境界域) ・LDL-Cは直接法またはFriedewaldの式(TC-HDL-C-TG/5)で求める。TG 400 mg/dL以上や食後採血ではnon-HDL-Cを用いる。
75 g OGTTの判定
・正常型:空腹時110 mg/dL未満かつ2時間値140 mg/dL未満 ・糖尿病型:空腹時126 mg/dL以上または2時間値200 mg/dL以上 ・境界型:いずれにも属さないもの(空腹時血糖異常〈IFG〉、耐糖能異常〈IGT〉を含む)
本例の今後
心電図異常を指摘されているため、運動負荷心電図、心エコー、冠動脈CTなどで冠動脈疾患の有無を評価する。生活指導としては禁煙を最優先し、肥満(BMI約26.8)の是正、食事・運動療法による耐糖能の改善を図る。
POINT
・冠動脈疾患の危険因子:加齢、男性、喫煙、高血圧、脂質異常症、糖尿病・耐糖能異常、CKD、若年発症の冠動脈疾患の家族歴、肥満など。 ・家族歴は第一度近親者の若年発症(男性55歳未満、女性65歳未満)が重要。 ・耐糖能異常(境界型)の段階から大血管障害のリスクは上昇する。 ・適量の飲酒(エタノール男性20〜30 mL/日以下、日本酒約1合)は危険因子とはしない。 ・LDL-CはFriedewaldの式(TC-HDL-C-TG/5)で計算して評価する。
