遺書を書いていた48歳―うつ病の初期対応は「病気だと伝え、休ませる」
第106回医師国家試験 I問題 第78問
国試問題にチャレンジ
48歳の男性。不眠を主訴に来院した。6か月前に自ら望んで転職し,当初は順調であったが,2か月前からは気分の落ち込みと作業能力の低下とを自覚していた。最近の1か月は転職したことを後悔して食事も摂れなくなり,不眠が次第に悪化してきたという。本日会社を早退し,自宅で遺書を用意していたところを妻に発見され受診した。 現時点の対応として適切なのはどれか。2つ選べ。
- a.できるだけ早く休息をとらせる。
- b.現在の職場を辞めるように勧める。
- c.自殺を計画したことをとがめる。
- d.自殺について触れないようにする。
- e.治療が必要な病気であることを説明する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
抑うつ気分、食欲低下、不眠、作業能力の低下、自責感が続く場合はうつ病を考え、遺書の作成や手段の準備は自殺の危険が切迫しているサインと捉えます。初期対応の基本は、治療が必要で回復が期待できる病気であることを説明し、休職などで早く十分な休息をとらせることです。退職などの重大な決定は回復まで延期させ、自殺念慮は責めずに率直に尋ねて危険度を評価し、避けたりとがめたりしないことが原則です。危険が高い場合は家族の協力による見守りや入院を検討し、回復期の初めにも自殺の危険が高まる点に注意します。支持的な態度と具体的な安全確保策を組み合わせる考え方は、精神科に限らずあらゆる診療科で自殺リスクのある患者に向き合う際の土台になります。
解答・解説
正解はa, eです
所見の整理
・48歳の男性。6か月前に自ら望んで転職した。当初は順調だった。 ・2か月前から気分の落ち込みと作業能力の低下を自覚している。 ・最近1か月は転職を後悔し(自責的・悲観的な思考)、食事が摂れず、不眠が悪化している。 ・本日、会社を早退して自宅で遺書を用意していたところを妻に発見された。
診断へのプロセス
抑うつ気分、食欲低下、不眠、作業能力の低下(思考力・集中力の減退や気力の低下を反映)、自責感、自殺の準備行動が2週間以上続いている。職業上の機能も明らかに障害されており、うつ病(大うつ病性障害)の診断基準を満たす病像である。転職という生活上の変化が発症のきっかけになったと考えられるが、「自ら望んだ転職」のような前向きな出来事でも発症の誘因になりうる。症状の重さと持続期間から見ると、単なる適応障害ではなく、うつ病として扱うべきである。 遺書の準備は、自殺の具体的な計画と準備があることを意味し、自殺の危険が非常に高い状態である。
設問の考え方
自殺の危険が切迫したうつ病患者への初期対応の原則は、次のとおりである。 1. うつ病は「気の持ちよう」ではなく治療が必要な病気であり、治療で回復することを説明する(疾病教育)。 2. 仕事などの負担から離し、十分な休息をとらせる。 3. 退職・離婚などの重大な決定は回復まで先延ばしにするよう勧める。 4. 自殺念慮については、責めずに率直に尋ね、その危険度を評価する。 5. 本例のように危険が切迫している場合は、家族の協力を得て目を離さない体制をつくり、入院(必要なら医療保護入院などの非自発的入院)も検討する。 これらの原則に沿うものを選ぶ。
選択肢考察
- ○a. できるだけ早く休息をとらせる。
うつ病の治療は、休息・薬物療法・精神療法(支持的精神療法や認知行動療法)が柱である。本例は仕事上のストレスが発症に関わっており、作業能力も低下している。この状態で働き続けると、うまくできないことがさらに自責感を強め、症状が悪化しやすい。診断書を出して休職させるなど、早く負担から離して心身を休ませることが治療の第一歩となる。自殺の危険が高い本例では、入院による休息と安全確保も選択肢になる。
- ×b. 現在の職場を辞めるように勧める。
うつ病の間は思考が悲観的・否定的にかたよっているため、重大な決断を誤りやすい。回復後に「辞めなければよかった」と後悔することも多い。退職・転居・離婚など人生の大きな決定は、病気が回復するまで保留するよう助言するのが原則である。まずは休職で職場から離れて休息をとらせれば十分であり、医師から退職を勧めるべきではない。
- ×c. 自殺を計画したことをとがめる。
うつ病患者はもともと自責的で、自分を価値のない存在と感じていることが多い。自殺の計画を責めると、罪責感や絶望感を強め、医療者に本心を打ち明けなくなり、自殺の危険をかえって高める。苦しさに共感し、打ち明けてくれたことを受け止める支持的な態度で接するべきである。
- ×d. 自殺について触れないようにする。
自殺について尋ねると自殺を誘発する、という考えは誤りである。自殺念慮の有無・具体的な計画・手段の準備・過去の自殺企図などを率直に尋ねることで、危険度を評価でき、適切な対応(家族の見守り、危険な物の除去、入院など)を決められる。患者にとっても、苦しみを話せることは安心につながる。遺書を準備していた本例では、自殺の話題を避けることは許されない。あわせて「自殺しない」と約束してもらうこともよく行われるが、約束だけで安全が保証されるわけではない。家族との連携や入院の検討など、具体的な安全確保策と組み合わせる必要がある。
- ○e. 治療が必要な病気であることを説明する。
うつ病の患者は、自分の不調を「怠けている」「意志が弱い」と捉えて自分を責めがちである。うつ病は脳の機能の変化を伴う病気であり、治療によって回復が期待できることを伝える。そうすることで自責感がやわらぎ、治療を受ける動機づけと服薬の継続(アドヒアランス)が高まる。家族にも病気であることを説明し、休養や見守りへの協力を得ることが大切である。
うつ病(大うつ病性障害)の診断基準の要点(DSM-5)
以下の9症状のうち5つ以上が同じ2週間の間に存在し、そのうち少なくとも1つは(1)抑うつ気分か(2)興味・喜びの喪失であること。 (1) ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分 (2) ほとんどすべての活動における興味・喜びの著しい減退 (3) 著しい体重の減少・増加、または食欲の減退・増加 (4) 不眠または過眠 (5) 精神運動焦燥または制止 (6) 疲労感または気力の減退 (7) 無価値感または過剰・不適切な罪責感 (8) 思考力・集中力の減退、または決断困難 (9) 死についての反復思考、自殺念慮、自殺企図、または自殺のための具体的計画 さらに、症状が臨床的に意味のある苦痛や社会的・職業的な機能障害を引き起こしていること、物質や他の医学的疾患の影響によらないことが求められる。 かつてのDSM-IVには、混合性エピソードの除外や、死別後2か月以内なら診断しないという「死別反応の除外」の項目があった。DSM-5ではこれらが削除され、死別後であっても基準を満たせばうつ病と診断しうることになった。 本例では(1)抑うつ気分、(3)食欲減退、(4)不眠、(9)自殺の計画・準備があり、作業能力の低下は(6)や(8)に相当すると考えられる。後悔の念は(7)の罪責感とも関連する。
うつ病患者への対応の原則
・病気であり治療で回復することを説明する。 ・十分な休養をとらせる(休職、必要なら入院)。 ・重大な決定は回復まで延期する。 ・安易な激励(「頑張れ」)は、頑張れない自分をさらに責めさせるため避ける。 ・自殺について率直に尋ね、危険度を評価する。 ・回復には時間がかかり、よくなったり悪くなったりしながら回復することを伝えておく。
自殺の危険因子
・過去の自殺企図(最も強い危険因子)、精神疾患(うつ病、双極性障害、統合失調症、アルコール使用障害など) ・男性、中高年・高齢、独居・社会的孤立、失職・経済的困窮、身体疾患、喪失体験 ・具体的な計画、手段の準備、遺書の作成などは切迫した危険を示す。 ・うつ病の回復期の初め(意欲が戻りかけた時期)は、行動力が回復する一方で絶望感が残るため、自殺の危険が高いとされる。
治療
・薬物療法:選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、ミルタザピンなど。効果が出るまで数週間かかる。 ・精神療法:支持的精神療法、認知行動療法 ・重症・自殺の危険が切迫している場合や、薬物療法が効かない場合は、修正型電気けいれん療法(m-ECT)も選択肢となる。
POINT
・うつ病の初期対応は「病気であることの説明」と「十分な休息」が基本である。 ・退職・離婚など人生の重大な決定は回復まで延期させる。 ・自殺念慮は責めずに率直に尋ねる。尋ねることで自殺が誘発されるわけではない。 ・遺書の作成や手段の準備は、自殺の危険が切迫している徴候である。家族の協力と入院の検討が必要となる。 ・安易な激励や叱責は避け、共感的・支持的な態度で接する。
