StudyMed医師国家試験

補充が心臓を追い詰める?―甲状腺ホルモン療法前に心電図をとる理由

第106回医師国家試験 I問題 第17問

国試問題にチャレンジ

第106回 I問題 第17問

甲状腺機能低下症で薬物治療を開始する前に行うべき検査はどれか。

  1. a.脳波
  2. b.心電図
  3. c.頭部MRI
  4. d.腹部超音波
  5. e.神経伝導速度

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、甲状腺機能低下症の治療を始める前に何を確認すべきかを問う問題だ。診断のための検査ではなく、「治療そのものにどんな危険があるか」を考えるのがポイントになる。甲状腺ホルモンは、体にどんな作用をもつホルモンだったかな。
医学生医学生
全身の代謝を上げるホルモンです。足りなければ寒がりになったり、体重が増えたり、便秘になったりします。
ドクタードクター
その通り。心臓に対しては心拍数と心収縮力を増やす作用がある。では、機能低下症の患者さんの心臓はどういう状態だろう。
医学生医学生
代謝が落ちているので、心臓もゆっくり動いていて、徐脈になっていると思います。
ドクタードクター
そう。心筋の酸素需要も少ない状態なんだ。だから冠動脈に狭窄があっても、狭心症の症状が出にくい。さらに甲状腺機能低下症ではLDLコレステロールが上がりやすく、動脈硬化が進んで冠動脈疾患を合併していることが少なくない。
医学生医学生
脂質異常症の鑑別で甲状腺機能をチェックする、と内分泌の講義で習いました。そこにつながるんですね。
ドクタードクター
いい結びつけ方だね。ここで急に甲状腺ホルモンを補充するとどうなると思う?
医学生医学生
心拍数と心筋の酸素需要が一気に増えて……隠れていた狭窄で虚血が起こる、ということですか。
ドクタードクター
まさにそれ。それまで表に出ていなかった心筋虚血が顕在化して、狭心症や心筋梗塞、不整脈を起こすことがある。だから治療開始前に心電図で虚血性変化や不整脈がないかを確認し、必要なら循環器で精査する。正解は心電図だ。
医学生医学生
甲状腺機能低下症そのものでも心電図に変化が出ますよね。
ドクタードクター
出るね。洞性徐脈、低電位、T波平低化、QT延長などがみられる。低電位は心嚢液貯留を反映していることもある。ベースラインとして記録しておくと、治療中の変化を比較するのにも役立つ。
医学生医学生
脳波はどうでしょう。機能低下症は治療可能な認知症の原因と習ったので、少し気になりました。
ドクタードクター
確かに思考緩慢や記憶力低下が出て、treatable dementiaの原因のひとつだし、脳波で徐波化がみられることもある。でも脳波の結果で治療方針は変わらないし、補充に伴う危険の評価にも役立たない。治療前に必須の検査ではないんだ。
医学生医学生
頭部MRIは、下垂体の病気を調べるときに使いますよね。
ドクタードクター
そう。FT4が低いのにTSHが低値〜正常範囲なら中枢性を疑って頭部MRIを撮る。ただ甲状腺機能低下症の大部分は橋本病などによる原発性で、全例に必要な検査ではない。それから中枢性で副腎皮質機能低下症を合併している場合は、副腎皮質ホルモンを先に補充する。甲状腺ホルモンを先に入れると代謝が亢進して副腎クリーゼを誘発しうるからだ。
医学生医学生
順番が大事なんですね。神経伝導速度は手根管症候群でしょうか。
ドクタードクター
よく知っているね。組織にムコ多糖がたまって正中神経が圧迫され、手根管症候群を合併することがある。症状があれば神経伝導検査で評価するけれど、治療前に全例で行う検査ではない。腹部超音波も、便秘や腹水があることはあっても、補充の可否や方法には影響しないよ。
医学生医学生
実際の治療はどう始めるんですか。内科の臨床実習ではレボチロキシンが処方されていました。
ドクタードクター
T4製剤のレボチロキシンを使う。半減期が約1週間と長く、血中濃度が安定しやすいのが利点だ。高齢者や虚血性心疾患のある人、重症で長期にわたる機能低下症では、ごく少量から始めて数週ごとに少しずつ増やす。若くて心疾患のない人なら、はじめから維持量に近い量で始めることもある。
医学生医学生
効果判定はTSHで見ればいいですか。
ドクタードクター
原発性ならTSHで判定する。ただし中枢性ではTSHが指標にならないのでFT4を見る。そして増量中に胸痛や動悸が出てきたら、虚血が顕在化しているサインかもしれないから、心電図を再検して用量を見直そう。「足りないから一気に補う」ではなく、「心臓が追いつけるペースで補う」と覚えておくといい。

まとめ

甲状腺機能低下症では代謝の低下により心筋の酸素需要が少なく、高LDLコレステロール血症による冠動脈硬化があっても症状が隠れていることがあります。甲状腺ホルモンを補充すると心拍数・心収縮力・酸素消費量が増え、潜在的な心筋虚血が顕在化して狭心症・心筋梗塞・不整脈を起こしうるため、開始前に心電図で虚血性変化や不整脈を確認します。治療はレボチロキシンを用い、高齢者や心疾患合併例、重症・長期例では少量から漸増し、原発性ではTSH、中枢性ではFT4で効果を判定します。中枢性で副腎不全を合併する場合は副腎皮質ホルモンを先に補充する点も重要です。ホルモン補充を「不足を埋める」だけでなく「その作用が全身にどう負荷をかけるか」から考える視点は、内分泌疾患の治療全般に通じます。

解答・解説

正解はbです

甲状腺機能低下症に甲状腺ホルモン補充療法を始めるとき、どのような危険に注意すべきかを問う問題である。 甲状腺ホルモンは全身の代謝を高め、心臓に対しては心拍数と心収縮力を増やす。機能低下症の状態では代謝が落ちているため心筋の酸素需要も少なく、冠動脈に狭窄があっても狭心症の症状が出にくい。さらに甲状腺機能低下症ではLDLコレステロールが上がりやすく、動脈硬化が進んで冠動脈疾患を合併していることが多い。 この状態で急に甲状腺ホルモンを補充すると、心拍数と心筋の酸素需要が急に増え、それまで隠れていた心筋虚血が表に出て、狭心症や心筋梗塞、不整脈を起こすことがある。したがって、治療開始前に心電図で虚血性変化や不整脈の有無を確認し、必要に応じて心臓の精査を行う。治療は少量のレボチロキシン(T4製剤)から始め、症状や心電図を見ながら段階的に増やす。高齢者や心疾患のある患者、重症・長期の機能低下症では特に慎重に行う。 設問は「治療開始前に行うべき検査」を問うており、ホルモン補充に伴う最大の危険である心血管イベントを予測するための検査を選べばよい。

選択肢考察

  1. ×a.  脳波

    治療開始前に必須の検査ではない。甲状腺機能低下症では思考緩慢、記憶力低下、傾眠などが出て、治療で改善しうる認知症(treatable dementia)の原因の一つとされる。脳波で徐波化がみられることもあるが、脳波は診断や治療方針の決定に必要なく、ホルモン補充に伴う危険の評価にも役立たない。

  2. ○b.  心電図

    治療開始前に行うべき検査である。甲状腺ホルモンを補充すると代謝が高まり、心拍数・心収縮力・心筋酸素消費量が増える。甲状腺機能低下症の患者は脂質異常症(高LDLコレステロール血症)から冠動脈硬化を合併していることが多く、隠れていた心筋虚血が補充によって顕在化し、狭心症・心筋梗塞・不整脈を起こす危険がある。そのため開始前に心電図で虚血性変化や不整脈を確認する。甲状腺機能低下症の心電図では、洞性徐脈、低電位、T波平低化、QT延長などもみられる。異常があれば循環器の精査を行い、レボチロキシンをごく少量から始めて慎重に増やす。

  3. ×c.  頭部MRI

    一般的な甲状腺機能低下症の治療前に必要な検査ではない。甲状腺機能低下症の大部分は、慢性甲状腺炎(橋本病)などによる原発性(甲状腺そのものの障害)であり、頭部の画像検査は治療に関係しない。なお、TSHが低いか正常なのに甲状腺ホルモンが低い中枢性(下垂体性・視床下部性)甲状腺機能低下症を疑う場合は、下垂体腫瘍などを調べるため頭部MRIを行う。この場合は副腎皮質機能低下症の合併にも注意が必要で、副腎不全があるときは副腎皮質ホルモンの補充を甲状腺ホルモンより先に行う(先に甲状腺ホルモンを入れると代謝が亢進して副腎クリーゼを誘発しうる)。

  4. ×d.  腹部超音波

    治療開始前に必須の検査ではない。甲状腺機能低下症では便秘や腹水がみられることもあるが、腹部超音波検査の結果はホルモン補充の可否や方法に影響しない。甲状腺の形態評価には頸部(甲状腺)超音波検査を用いる。

  5. ×e.  神経伝導速度

    治療開始前に必須の検査ではない。甲状腺機能低下症では、組織にムコ多糖がたまって正中神経が圧迫されることで手根管症候群を合併することがあり、そのような症状があれば神経伝導検査で評価する。しかし、ホルモン補充療法を始める前に全例で行う検査ではない。

甲状腺機能低下症の主な症候

易疲労感、寒がり、体重増加、便秘、皮膚乾燥、嗄声、浮腫(圧痕を残さない粘液水腫)、徐脈、月経異常、思考緩慢、腱反射の弛緩相遅延などがみられる。検査では高LDLコレステロール血症、CK上昇、低ナトリウム血症、心嚢液貯留などを伴うことがある。

原発性と中枢性の区別

・原発性:FT4低値、TSH高値。原因の多くは慢性甲状腺炎(橋本病)である。 ・中枢性:FT4低値なのにTSHは低値〜正常範囲。下垂体・視床下部の病変を頭部MRIで調べ、他の下垂体ホルモン(特にACTH・コルチゾール)も評価する。

ホルモン補充療法の原則

・T4製剤(レボチロキシン)を用いる。T4は半減期が約1週間と長く、血中濃度が安定しやすい。 ・高齢者、虚血性心疾患のある患者、重症・長期の機能低下症では、少量(例:12.5〜25μg/日)から始め、数週ごとに少しずつ増やす。若く心疾患のない患者では、はじめから維持量に近い量で始めることもある。 ・治療の効果は原発性ではTSHで判定する。中枢性ではTSHが指標にならないためFT4で判定する。 ・副腎皮質機能低下症を合併する場合は、副腎皮質ホルモンの補充を先に行う。

POINT

・甲状腺ホルモン補充は心筋の酸素需要を増やし、隠れた虚血性心疾患を顕在化させうるため、開始前に心電図で確認する ・高齢者・心疾患合併例ではレボチロキシンを少量から始めて漸増する ・副腎不全を合併する場合は、副腎皮質ホルモンを先に補充する

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。