尤度比8.2が告げる「向き」―検査前確率がわからなくても答えは出せる
第106回医師国家試験 H問題 第30問
国試問題にチャレンジ
50歳の男性。発熱と咳とを主訴に来院した。3日前に咳が出現した。昨日から痰を伴うようになり,悪寒も自覚したため,救急外来を受診した。生来健康で,気管支喘息の既往はない。体温38.5℃。心拍数104/分,整。血圧110/70 mmHg。呼吸数20/分。聴診上,右前胸部で呼吸音の減弱を認めた。coarse cracklesとwheezesとを認めない。肺炎の診断に関する文献を調べたところ,「気管支喘息がない」,「体温>37.8℃」,「心拍数>100/分」,「呼吸音が減弱している」,「coarse cracklesを聴取する」の5項目に該当する項目数によって,尤度比を予測できることが報告されていた。その対応関係を示す。 該当する項目数 尤度比 0~1 0.3 2~3 1.0 4~5 8.2 病歴と身体診察所見に基づき計算した場合に,検査前確率〈事前確率〉に比べた検査後確率〈事後確率〉の変化として適切なのはどれか。
- a.低くなった。
- b.高くなった。
- c.変化しなかった。
- d.診察前の確率による。
- e.評価できない。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
尤度比は確率の比ではなくオッズの比であり、「検査後オッズ=検査前オッズ×尤度比」の関係で検査後確率を求めます。本問では5項目中4項目に該当して尤度比は8.2となるため、検査前確率がいくらであっても検査後確率は上昇し、正解は「高くなった」です。検査前確率は上昇の幅や具体的な値には影響しますが、尤度比が1より大きければ上昇、1なら不変、1未満なら低下という変化の向きには影響しません。陽性尤度比=感度÷(1−特異度)、陰性尤度比=(1−感度)÷特異度もあわせて押さえ、検査前確率が中程度のときに検査の情報価値が最も大きいことも理解しておきましょう。病歴・身体所見を含むあらゆる情報を尤度比で評価する考え方は、日常診療における診断推論の土台となります。
解答・解説
正解はbです
問われていること
病歴・身体所見という「検査」の結果から尤度比を求め、それによって肺炎である確率が診察前(検査前確率)より上がったのか下がったのかを判断する問題である。尤度比の意味と、検査前確率から検査後確率を求める手順を理解していれば、検査前確率の具体的な値がわからなくても答えが出せる。
該当項目を数える
5項目それぞれについて本例を照らし合わせる。 ・「気管支喘息がない」:生来健康で喘息の既往はない → 該当 ・「体温>37.8℃」:38.5℃ → 該当 ・「心拍数>100/分」:104/分 → 該当 ・「呼吸音が減弱している」:右前胸部で減弱 → 該当 ・「coarse crackles(水泡音)を聴取する」:聴取しない → 非該当 該当するのは4項目であり、表から尤度比は8.2となる。
尤度比から検査後確率へ
確率とオッズは次のように変換できる。 ・オッズ = 確率 ÷(1 − 確率) ・確率 = オッズ ÷(1 + オッズ) そして、ベイズの定理から 検査後オッズ = 検査前オッズ × 尤度比 が成り立つ。尤度比が1より大きければ検査後オッズは検査前オッズより大きくなる。オッズは確率が大きいほど大きくなる(確率とオッズは一対一に対応し、同じ向きに増減する)ため、検査後オッズが大きくなれば検査後確率も必ず大きくなる。
具体例で確かめる
・検査前確率20% → 検査前オッズ0.25 → ×8.2で2.05 → 検査後確率 2.05÷3.05 ≒ 67% ・検査前確率50% → 検査前オッズ1 → ×8.2で8.2 → 検査後確率 8.2÷9.2 ≒ 89% ・検査前確率90% → 検査前オッズ9 → ×8.2で73.8 → 検査後確率 73.8÷74.8 ≒ 99% どの値から出発しても、検査後確率は検査前確率より高くなる。上昇の「幅」は検査前確率によって変わるが、上昇するという「向き」は検査前確率に左右されない。 なお、尤度比は確率そのものの比(検査後確率÷検査前確率)ではなく、オッズの比である点に注意する。例えば検査前確率が50%のとき、確率を8.2倍すると410%となり、確率として成り立たない。
選択肢考察
- ×a. 低くなった。
検査後確率が検査前確率より低くなるのは尤度比が1未満の場合である。本例では5項目中4項目に該当し、尤度比は8.2と1を大きく上回るため、確率が下がることはない。仮に該当項目が0〜1個(尤度比0.3)であれば、この選択肢が当てはまった。
- ○b. 高くなった。
喘息の既往なし、体温38.5℃、心拍数104/分、呼吸音減弱の4項目に該当し、尤度比は8.2である。検査後オッズ=検査前オッズ×8.2となり、オッズが大きくなれば確率も大きくなるので、検査後確率は検査前確率より高くなる。たとえば検査前確率が20%なら約67%、50%なら約89%に上昇する。
- ×c. 変化しなかった。
確率が変化しないのは尤度比がちょうど1の場合で、その結果が疾患の有無を区別する情報をもたないことを意味する。表では該当項目数が2〜3個のときがこれに当たるが、本例は4項目に該当し尤度比8.2であるから当てはまらない。
- ×d. 診察前の確率による。
検査前確率によって変わるのは、検査後確率の具体的な値や上昇の幅である。しかし尤度比が1より大きい限り、検査前確率がどんな値であっても検査後確率は必ず上昇する。変化の向きを問う本問では、検査前確率の値に依存しない。
- ×e. 評価できない。
検査前確率が与えられていないため、検査後確率の具体的な数値は計算できない。しかし尤度比8.2がわかれば、確率が上がるか下がるかという方向は判断できる。したがって「評価できない」は誤りである。
感度・特異度と尤度比
・感度:疾患のある人のうち検査が陽性となる割合 ・特異度:疾患のない人のうち検査が陰性となる割合 ・陽性尤度比 = 感度 ÷(1 − 特異度):疾患のある人がない人に比べて何倍陽性になりやすいか(真陽性率÷偽陽性率) ・陰性尤度比 =(1 − 感度)÷ 特異度:疾患のある人がない人に比べて何倍陰性になりやすいか(偽陰性率÷真陰性率) 本問の表のように、所見の組み合わせや該当数ごとに尤度比を割り当てる方法(層別尤度比)もあり、臨床予測ルールでよく用いられる。
尤度比の目安
・10以上:確定診断に強く役立つ ・5〜10:中等度に確率を上げる ・1:確率を変えない(診断的価値なし) ・0.1〜0.2:中等度に確率を下げる ・0.1以下:除外診断に強く役立つ
ベイズの定理の実践
①検査前確率を見積もる(有病率、年齢・症状などの臨床情報から) ②オッズに変換する ③尤度比を掛けて検査後オッズを求める ④確率に戻す 複数の独立した検査を順に行う場合は、前の検査後確率を次の検査前確率として同じ手順を繰り返す。
検査前確率の影響
同じ尤度比でも、検査前確率が中程度(おおむね30〜70%)のときに確率の変化幅が最も大きい。検査前確率が極めて低い、あるいは極めて高い場合は、検査結果によって判断が変わりにくい。これが「検査前確率の見積もりが重要である」と言われる理由である。
POINT
・検査後オッズ = 検査前オッズ × 尤度比(確率の比ではなくオッズの比である)。 ・尤度比 > 1 → 検査後確率は上昇、尤度比 = 1 → 不変、尤度比 < 1 → 低下。変化の向きは検査前確率に依存しない。 ・検査前確率が不明でも、変化の向きは尤度比だけで判定できる。具体的な値の計算には検査前確率が必要である。 ・陽性尤度比 = 感度 ÷(1 − 特異度)、陰性尤度比 =(1 − 感度)÷ 特異度。
