お酒が招く病、招かない病―NADHで読み解くアルコールの全身障害
第106回医師国家試験 H問題 第19問
国試問題にチャレンジ
過度の飲酒習慣が発症リスクとなる可能性が低いのはどれか。
- a.脚気
- b.糖尿病
- c.高尿酸血症
- d.慢性閉塞性肺疾患〈COPD〉
- e.高トリグリセリド血症
対話形式の解説
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医学生
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ドクターまとめ
過度の飲酒は、ビタミンB1欠乏による脚気、ATP消費による尿酸産生増加と乳酸による排泄低下からの高尿酸血症、NADH/NAD⁺比上昇による脂肪酸合成亢進からの高トリグリセリド血症、慢性膵炎やインスリン抵抗性を介した糖尿病など、多彩な疾患のリスクとなります。一方、COPDの最大の危険因子は喫煙であり、飲酒は確立した危険因子ではなく、両者の合併は喫煙を介した見かけ上の関連にすぎません。アルコール代謝の鍵がNADH/NAD⁺比の上昇にあると理解すれば、低血糖やケトアシドーシス、脂肪肝まで一貫して説明できます。意識障害の飲酒者にはブドウ糖とともにビタミンB1を投与するなど、こうした病態理解は救急や内科の現場で直接役立ちます。
解答・解説
正解はdです
過度の飲酒が引き起こす全身の障害について、どれがアルコールと直接関係し、どれが関係の薄い疾患かを見分ける問題である。 飲酒による障害は、大きく次のように整理できる。 1. 栄養障害:飲酒が食事の代わりになることによる摂取不足、消化管からの吸収障害、肝臓での貯蔵・活性化の低下が重なり、ビタミンB1(チアミン)、葉酸などが欠乏する。 2. 代謝異常:エタノールの肝臓での分解は、NAD⁺をNADHに変える反応であり、細胞内のNADH/NAD⁺比が上昇する。これが脂肪酸合成の亢進(高トリグリセリド血症・脂肪肝)、乳酸の増加(尿酸排泄の低下)、糖新生の抑制(低血糖)などを招く。また、代謝の過程でATPが消費されプリン体の分解が進む(尿酸産生の増加)。 3. 臓器障害:アルコール性肝障害(脂肪肝→肝炎→肝硬変)、急性・慢性膵炎、心筋症、末梢神経障害など。慢性膵炎は膵性糖尿病の原因となる。 選択肢のうち、脚気(1)、高尿酸血症・高トリグリセリド血症(2)、糖尿病(2・3)はいずれも過度の飲酒で発症リスクが高まる。一方、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の最大の危険因子は喫煙であり、飲酒そのものは確立した危険因子ではない。したがって「発症リスクとなる可能性が低い」のはCOPDである。
選択肢考察
- ×a. 脚気
飲酒と関連する。脚気はビタミンB1(チアミン)欠乏症で、多発神経炎(下肢のしびれ、腱反射低下)や、高拍出性心不全による浮腫(湿性脚気)を呈する。大量飲酒者では、食事量の減少、腸管からのチアミン吸収障害、肝臓での貯蔵・活性化の低下が重なりチアミンが欠乏しやすい。さらにアルコールの代謝や糖質の代謝にはチアミンを補酵素とする酵素が関わるため、需要も増す。同じビタミンB1欠乏から、意識障害・眼球運動障害・失調性歩行を呈するウェルニッケ脳症や、その後遺症としてのコルサコフ症候群も生じる。
- ×b. 糖尿病
飲酒と関連する。過度の飲酒はいくつかの経路で糖代謝を悪化させる。①アルコール性慢性膵炎で膵島(ランゲルハンス島)が破壊されるとインスリン分泌が低下し、膵性糖尿病(二次性糖尿病)となる。②肝障害や肥満(アルコール自体が1gあたり約7 kcalの高エネルギーで、つまみによる過食も伴いやすい)がインスリン抵抗性を増大させる。疫学的にも、大量飲酒は2型糖尿病の発症リスクを高めることが示されている。
- ×c. 高尿酸血症
飲酒と関連する。アルコールは酒の種類にかかわらず血清尿酸値を上げる。①エタノールの代謝(アセテートからアセチルCoAを作る段階など)でATPが大量に消費され、生じたAMPなどのプリンヌクレオチドが分解されて尿酸産生が増える。②NADH/NAD⁺比の上昇により血中乳酸が増え、乳酸が腎尿細管で尿酸の排泄を競合的に妨げる。これに加え、ビールなどプリン体を多く含む酒では、飲料由来のプリン体負荷も上乗せされる。飲酒は痛風発作の誘因としても重要である。
- ○d. 慢性閉塞性肺疾患〈COPD〉
COPDは、タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入することで生じる肺の炎症性疾患で、完全には元に戻らない進行性の気流閉塞を特徴とする。最大の危険因子は喫煙であり、ほかに大気汚染、職業性の粉塵・化学物質、α1-アンチトリプシン欠損症(日本ではまれ)などが知られる。飲酒はCOPDの確立した危険因子ではないため、選択肢の中で過度の飲酒が発症リスクとなる可能性が最も低い。なお、大量飲酒者は喫煙者であることが多いため両者が合併することはあるが、それは喫煙を介した関連である。
- ×e. 高トリグリセリド血症
飲酒と関連する。エタノールの代謝で肝細胞内のNADHが増えると、脂肪酸のβ酸化が抑制され、脂肪酸合成とグリセロール3-リン酸の産生が促進される。その結果、肝臓でトリグリセリド(中性脂肪)の合成が高まり、VLDL(超低比重リポ蛋白)として血中への分泌が増加する。肝臓内に蓄積すればアルコール性脂肪肝となる。著しい高トリグリセリド血症は急性膵炎の原因にもなる。
アルコールの代謝
エタノールは主に肝臓でアルコール脱水素酵素(ADH)によりアセトアルデヒドに、さらにアルデヒド脱水素酵素(ALDH)により酢酸に分解される。大量飲酒時にはミクロソームエタノール酸化系(MEOS、主にCYP2E1)も働き、常習飲酒ではこの系が誘導される。ADH・ALDHの反応はいずれもNAD⁺をNADHに変えるため、NADH/NAD⁺比が上昇し、次のような代謝変化が起こる。 ・ピルビン酸→乳酸の反応が進む:乳酸アシドーシス傾向、尿酸排泄低下 ・糖新生の抑制:低栄養状態の飲酒で低血糖 ・脂肪酸酸化の抑制と合成亢進:脂肪肝、高トリグリセリド血症 ・ケトン体の増加:アルコール性ケトアシドーシス
過度の飲酒による主な健康障害
・消化器:アルコール性肝障害(脂肪肝、肝炎、肝線維症、肝硬変)、肝細胞癌、急性・慢性膵炎、食道癌(特にALDH2の活性が低い人)、マロリー・ワイス症候群 ・代謝:高尿酸血症・痛風、脂質異常症(高トリグリセリド血症)、糖尿病、低血糖、低マグネシウム血症など ・循環器:高血圧、アルコール性心筋症、心房細動(いわゆるholiday heart) ・神経・精神:ウェルニッケ脳症、コルサコフ症候群、末梢神経障害、小脳変性、アルコール依存症、離脱症状(振戦せん妄など) ・栄養:ビタミンB1欠乏(脚気)、葉酸欠乏(大球性貧血)
飲酒量の目安
日本酒1合(180 mL)は純アルコール約20 gに相当する。「生活習慣病のリスクを高める飲酒量」は1日平均純アルコール摂取量で男性40 g以上、女性20 g以上とされている。アルコール性肝障害の診断では、1日平均純エタノール60 g以上(日本酒約3合以上)の長期飲酒を常習飲酒家、100 g以上(日本酒約5合以上)を大酒家と呼ぶことがある。
COPDの危険因子の整理
外因:喫煙(最重要。受動喫煙を含む)、大気汚染、職業性粉塵・化学物質、バイオマス燃料の煙 内因:α1-アンチトリプシン欠損症などの遺伝素因、小児期の呼吸器感染、気道過敏性
POINT
・過度の飲酒は、脚気(ビタミンB1欠乏)、糖尿病(慢性膵炎・インスリン抵抗性)、高尿酸血症(ATP消費による産生増加と乳酸による排泄低下)、高トリグリセリド血症(NADH上昇によるVLDL合成亢進)のリスクとなる。 ・COPDの最大の危険因子は喫煙であり、飲酒は直接の危険因子ではない。 ・アルコール代謝の鍵はNADH/NAD⁺比の上昇である。 ・ビタミンB1欠乏は脚気だけでなくウェルニッケ脳症も起こす。
